聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ

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071. 不器用すぎるプロポーズ

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リリアーナを妻に迎える――その決意を固めてからというもの、アレクシスの日常は、表面上は変わらないように見えて、その内実は大きく変化していた。彼は依然として冷静沈着な辺境伯として振る舞い、領内の政務や軍務を滞りなくこなしていたが、その思考の大部分は、「どうやってリリアーナに想いを伝えるか」という、彼にとって人生最大の難問に占められていた。

プロポーズ。その言葉を考えるだけで、彼の額には冷や汗が滲んだ。貴族社会における求婚の儀礼や手順は知識としては知っている。しかし、心からの想いを、自分の言葉で、特定の女性に伝えるなど、彼にとっては未知の領域であり、想像を絶するほどの困難を伴う作業に思えた。

(……まず、何を言うべきか……?)

彼は、執務の合間に、あるいは眠れぬ夜に、来る日も来る日も、そのことばかりを考えていた。
「クラインフェルト嬢、貴官を私の妻として迎えたい」――いや、これではあまりにも事務的すぎる。まるで命令のようだ。
「リリアーナ……いや、クラインフェルト嬢。貴官のことが……その……好ましい、と思っている。だから、結婚してほしい」――これでは、あまりにも曖昧で、想いの強さが伝わらないのではないか。
「貴官を守りたい。そのために、最も確実な方法は、貴官が私の妻となることだ。同意してもらいたい」――これでは、まるで政略結婚の申し出のようだ。彼女を、自分の都合のために利用しているように聞こえてしまうかもしれない。

考えれば考えるほど、袋小路に迷い込んでいく。どうすれば、自分の真剣な想いを、誤解なく、誠実に伝えられるのか。どうすれば、彼女を不安にさせず、喜んで受け入れてもらえるのか。不器用で、言葉足らずで、感情表現が苦手な彼にとって、それは複雑な戦術を練るよりも、はるかに難しい問題だった。

彼は、側近であるゲルハルト副団長に、それとなく相談してみようかとも考えた。しかし、恋愛ごとに関して、あの実直な騎士が的確な助言をくれるとは到底思えず、結局、一人で悶々と悩み続けるしかなかった。

そんなアレクシスの内心の葛藤など露知らず、リリアーナは、春から初夏へと移り変わる辺境の日々を、穏やかに、そして充実して過ごしていた。畑の作物は順調に育ち、特産品作りも軌道に乗り、村人たちとの絆も深まっている。アレクシスとの関係も、以前のような緊張感は和らぎ、彼が時折見せる不器用な気遣いや、信頼を示す言葉に、彼女の心は温かいもので満たされていた。彼への想いは募る一方だったが、身分の違いや彼の複雑な心情を思うと、自分から何かを期待するようなことはできず、ただ現状の穏やかな関係が続くことを願っていた。

アレクシスは、そんなリリアーナの様子を遠くから見守りながら、ますます焦りを募らせていた。彼女の笑顔を見るたびに、彼女を自分のものにしたいという想いは強くなる。しかし、同時に、もし拒絶されたら、今のこの穏やかな関係すら壊れてしまうのではないか、という恐怖も大きくなる。

(……だが、いつまでもこうしてはいられない……)

王都の脅威は、依然として存在している。いつ、新たな刺客が送り込まれてくるか分からない。彼女を確実に守るためには、そして、彼女と共に辺境の未来を築いていくためには、一刻も早く、彼女との関係を確かなものにしなければならない。

そして、ある月明かりの美しい夜、アレクシスはついに覚悟を決めた。完璧な言葉など、用意できないかもしれない。不器用で、格好悪くてもいい。ただ、自分の正直な気持ちを、彼女に伝えるのだ、と。

彼は、その夜、リリアーナへのお届け物のハーブティーを、自ら受け取りに行った。いつもは側近に任せているそれを、彼自身が受け取りに来たことに、リリアーナは驚き、緊張した。
「へ、辺境伯様……! わざわざ……」
「……いや、ちょうど通りかかっただけだ」
アレクシスは、ぶっきらぼうに答えたが、その声はわずかに上擦っていたかもしれない。

彼は、ハーブティーの入った水筒を受け取ると、それをすぐに飲むでもなく、手に持ったまま、リリアーナを見つめた。リリアーナは、彼の真剣な、そしてどこか緊張したような眼差しに、心臓が高鳴るのを感じた。何か、大切な話をされるのかもしれない、と。

「……クラインフェルト嬢」
アレクシスは、意を決して口を開いた。しかし、練習してきたはずの言葉は、彼の喉の奥でつかえてしまい、なかなか出てこない。彼の額には、うっすらと汗が滲んでいる。氷の辺境伯らしからぬ、その動揺した姿に、リリアーナはますます緊張を高めた。

「……その……貴官の、これまでの働きには、感謝している」
ようやく絞り出したのは、そんな当たり障りのない言葉だった。
「い、いえ……わたくしの方こそ、辺境伯様には……」
リリアーナも、しどろもどろに応える。

「……辺境の状況は、依然として厳しい。王都からの圧力も、今後さらに増すだろう」
アレクシスは、話題を変えるように言った。「貴官の身の安全を確保することは、最優先事項だ。そのために……」
彼は、そこで言葉を切った。これから口にする言葉の重さに、彼自身が耐えかねているかのようだった。

リリアーナは、固唾を飲んで、彼の次の言葉を待った。彼の真剣な表情から、何か重大な話であることは明らかだった。

「……その……最も、確実な……方法として……」
アレクシスは、視線を彷徨わせ、言葉を探す。彼の頬が、月明かりの下でも分かるほど、わずかに赤らんでいるように見えた。
「……わ、私と……け、結婚、という……選択肢も……あるのではないか、と……思うのだが……どう、だろうか……?」

それは、おそらく彼が考え得る限りで、最も遠回しで、自信なさげで、そして……不器用すぎるプロポーズの言葉だった。命令でもなく、要求でもなく、まるで相手の意向を窺うかのような、疑問形。氷の辺境伯の口から出たとは思えないほど、弱々しい響きさえ含んでいた。

リリアーナは、一瞬、自分の耳を疑った。
(……け、結婚……? わたくしと、辺境伯様が……?)
頭が真っ白になり、心臓が早鐘のように打つのを感じた。彼の言葉の意味を、すぐには理解できなかった。あまりにも突然で、予想外で、そして……信じられないほど嬉しい申し出だったからだ。

アレクシスは、リリアーナが絶句しているのを見て、さらに焦ったようだった。
「あ、いや……もちろん、これは強制ではない! 貴官の意思が、最も重要だ! もし、迷惑でなければ……いや、その……もし、貴官にも、その……少しでも、私に対して……いや、その……」
彼は、完全にしどろもどろになり、何を言っているのか自分でも分からなくなっているようだった。普段の冷静沈着な姿からは、想像もつかないほどの狼狽ぶり。

その姿を見て、リリアーナは、ようやく彼の言葉が本気であること、そして、彼がどれほどの勇気を振り絞って、この言葉を口にしたのかを理解した。そして、彼の不器用さ、言葉の裏にあるであろう真剣な想い、そして自分に向けられた戸惑いながらも温かい感情。それら全てが、愛おしくてたまらなくなった。

(……辺境伯様……)

彼女の目から、涙が溢れ落ちた。それは、悲しみの涙ではない。嬉しさと、感動と、そして彼への愛しさが入り混じった、温かい涙だった。

アレクシスは、リリアーナが泣き出したのを見て、完全にパニックになった。
「す、すまない! やはり、迷惑だったか! 今のは忘れてくれ! 私の、勝手な……!」
彼は、慌ててその場を取り繕おうとした。

しかし、リリアーナは、涙を流しながらも、首を横に振った。そして、震える声で、しかしはっきりと、彼女の答えを告げた。
「……いいえ……迷惑なんかじゃ……ありません……」

その言葉に、アレクシスは動きを止めた。彼は、信じられないという表情で、リリアーナの顔を見つめた。彼女は、涙で濡れた顔を上げ、彼に向かって、人生で一番美しい、幸せに満ちた笑顔を向けたのだった。

不器用すぎるプロポーズ。しかし、それは、飾り気のない、正直な想いが込められた、二人にとって忘れられない瞬間となった。氷の辺境伯の勇気と、リリアーナの温かい心が、ついに重なり合おうとしていた。
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