聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ

文字の大きさ
77 / 105

072. 「私の妻になってほしい」

しおりを挟む
リリアーナの涙と、それに続く「迷惑なんかじゃありません」という言葉。そして、彼女が向けた、これまでに見たことのないほど輝かしい笑顔。アレクシスは、その光景を前にして、完全に思考が停止していた。時間が止まったかのように感じられた。

(……迷惑、ではない……? ということは……?)

彼の心臓が、期待と不安で激しく脈打つ。彼女は、自分の突拍子もない、不器用極まりない申し出を、拒絶しなかった。それどころか、涙を流し、そして……笑ってくれた。それは、肯定的な意味だと解釈して良いのだろうか?

「……では……」
アレクシスは、かすれた声で、かろうじて言葉を紡いだ。「……貴官は……私の、申し出を……受け入れて、くれる、ということか……?」
彼は、自分の声が震えているのを感じた。氷の辺境伯として、これほどまでに自分の感情を制御できなくなったのは、初めてのことだった。

リリアーナは、まだ涙の跡が残る頬で、しかし満面の笑みを浮かべて、力強く頷いた。
「はい……! 喜んで……!」
その声は、喜びと感動で震えていたが、そこには一片の迷いもなかった。彼女の心は、もうずっと前から決まっていたのだ。この不器用で、孤独で、しかし誰よりも強く、優しい人のそばにいたい、と。彼と共に、この愛する辺境で生きていきたい、と。

「……!」
アレクシスの全身を、これまで経験したことのないような、激しい感情の波が襲った。安堵、歓喜、そして信じられないほどの幸福感。それは、まるで凍てついていた大地に、一度に春が訪れたかのような、圧倒的な感覚だった。彼の心の奥底に、温かい光が溢れ出し、長年彼を縛り付けていた氷の鎧が、音を立てて砕け散っていくような気さえした。

彼は、衝動的にリリアーナを抱きしめたいと思った。しかし、長年の習慣と、まだ残るわずかな理性が、それを押しとどめた。代わりに、彼は、震える手で、そっと彼女の肩に触れた。
「……本当、か……? 本当に、私のような男で……いいのか……?」
彼の声には、まだ信じられないという響きと、そして自分自身への自信のなさが滲んでいた。

リリアーナは、彼のその言葉に、胸がきゅっとなった。彼は、まだ自分の価値を、そして自分が愛される資格があることを、信じきれていないのかもしれない。彼女は、彼の手に自分の手をそっと重ねた。
「辺境伯様だから、です」
彼女は、真っ直ぐに彼の目を見つめて言った。
「わたくしは、あなたの強さも、厳しさも、そして……その奥にある優しさも、孤独も、知っています。あなたが、どれほどこの辺境を愛し、守ろうとしてこられたかも。わたくしは、そんなあなたの隣で、あなたを支えたい。共に、この辺境の未来を築いていきたいのです。あなたでなければ、嫌なのです」
彼女の言葉は、飾り気がなく、しかし心からの真実だった。それは、どんな美しい詩よりも、アレクシスの心を深く打った。

「リリアーナ……」
アレクシスは、初めて、彼女の名前を、ためらいなく呼んだ。それは、彼の心からの呼びかけだった。彼は、重ねられたリリアーナの小さな手を、強く、しかし優しく握り返した。その手の温かさが、彼の心に確かな安らぎを与えてくれた。

彼は、もう一度、深く息を吸い込んだ。そして、今度こそ、迷いなく、彼の本当の想いを言葉にした。それは、もはや不器用な問いかけではない。彼の魂からの、真摯な願いだった。

「リリアーナ・フォン・クラインフェルト。改めて、お願いしたい。私の妻に、なってほしい」

その言葉は、夜の静寂の中に、はっきりと、そして温かく響き渡った。彼の瞳には、もう迷いはなく、ただひたすらに、リリアーナへの深い愛情と、彼女と共に未来を歩むという揺るぎない決意が映し出されていた。

リリアーナは、彼のその真剣な眼差しと、力強い言葉に、再び涙が込み上げてくるのを感じた。しかし、それは幸福の涙だった。彼女は、最高の笑顔で、そして人生で最も大切な言葉を、彼に返した。

「はい……! アレクシス様……! 喜んで……!」

その瞬間、二人の心は、完全に一つになった。言葉にしなくても、互いの想いが痛いほど伝わってくる。辺境の美しい夜空の下で、氷の辺境伯と追放された令嬢は、身分も過去も乗り越えて、確かな愛の誓いを交わしたのだった。

隣で見守っていたフェンは、二人の様子を静かに見つめ、やがて満足げにふぅ、と息をついた。シーは、いつの間にかリリアーナの肩からアレクシスの肩へと飛び移り(アレクシスは少し驚いたが)、彼の頬にすり、と頭を擦り付けていた。まるで、祝福しているかのように。

アレクシスは、柄にもなく、顔が熱くなるのを感じていた。しかし、それは決して不快なものではなく、むしろ心地よい温かさだった。彼は、リリアーナの手を握りしめたまま、彼女をそっと自分の方へと引き寄せた。そして、ためらいがちに、しかし確かに、彼女の額に、優しい口づけを落とした。

それは、彼の初めて見せる、明確な愛情表現だった。リリアーナは、驚きと喜びで顔を真っ赤にしながらも、彼の胸に顔をうずめた。彼の鼓動が、力強く、そして温かく伝わってくる。

辺境の夜空の下で、二つの孤独だった魂が、ようやく一つに結ばれた。これから先、多くの困難が待ち受けているだろう。王都からの圧力、辺境の厳しい現実。しかし、二人で手を取り合えば、きっと乗り越えていける。そんな確かな希望が、彼らの胸には満ち溢れていた。「私の妻になってほしい」――その言葉は、二人の未来を照らす、何よりも明るい光となったのだった。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』

ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています この物語は完結しました。 前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。 「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」 そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。 そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。 現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】 あらすじ 「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」 ​聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。 彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。 ​しかし、エリーナはめげなかった。 実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ! ​北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。 すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。 ​「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」 ​とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。 以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。 ​最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

処理中です...