聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ

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070. アレクシスの決意

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辺境に訪れた実りの季節は、アレクシス・フォン・ヴァルテンベルクの執務室にも、具体的な成果として次々と報告をもたらしていた。畑からの初物の収穫量は、彼の最も楽観的な予測すら上回り、その品質も驚くほど高い。リリアーナが指導した保存技術によって、冬の間の食糧備蓄にも大きな目途が立った。砦の加工場で生み出される特産品――ジャム、ハーブティー、雑穀ビスケット――は、騎士団や村人たちの間で絶大な人気を博し、少量ながら試験的に外部へ流通させたところ、予想以上の高値で取引される可能性まで示唆されていた。

「……クラインフェルト嬢の計画は、まさに辺境の希望そのものですな」
報告を終えたゲルハルト副団長が、抑えきれない興奮と感嘆を込めて言った。彼の言葉は、辺境領全体の空気を代弁しているかのようだった。

アレクシスは、黙って報告書に目を通していたが、その内容は彼の心を静かに、しかし深く揺さぶっていた。リリアーナ・フォン・クラインフェルト。追放されてきた、ただの令嬢。それが、わずか半年余りの間に、この不毛と諦めに覆われていた辺境の地を、根底から変えようとしている。それは、彼女の持つ不思議な「力」だけによるものではない。彼女自身の知識、情熱、そして何よりも、人々を惹きつけ、まとめ上げる、その類稀なる人間性によるものだ。

彼は、窓の外に目をやった。緑豊かになった畑と、活気づく村。そして、その中心で、泥まみれになりながらも、太陽のように明るい笑顔を振りまいているであろう、彼女の姿。

(……もはや、彼女なしでは、この辺境は成り立たない……)

その認識は、領主としてのアレクシスにとって、喜ばしいものであると同時に、無視できない重みを持っていた。彼女は、辺境にとってかけがえのない「宝」だ。そして、その宝は、外部からの悪意ある者たちに、常に狙われている。王都からの刺客は撃退したが、それで終わりではないだろう。エドガーとマリアが、このまま引き下がるとは思えない。他の国や勢力が、彼女の力の噂を嗅ぎつけ、接触を図ってくる可能性もある。

今の「庇護下にある」という宣言だけでは、彼女を守り切れないのではないか。その不安が、アレクシスの胸をよぎる。彼女の優しさ、無防備さ。それは美徳であると同時に、致命的な弱点にもなりうる。自分が常にそばにいて、盾となり、剣となって、彼女を守らなければならないのではないか。

(……守りたい……)

その想いは、もはや疑いようのない、彼の本心だった。領主としての責務を超えた、個人的で、切実な願い。彼女の笑顔を、彼女が築き上げたこの温かい場所を、何があっても守り抜きたい。

だが、どうすれば?
今の関係――領主と、庇護下にある元令嬢――では、限界がある。公私ともに、彼女を自分の最も近くに置き、誰にも手出しさせないようにするためには……。

アレクシスの脳裏に、一つの可能性が浮かんだ。それは、彼がこれまで考えないようにしてきた、しかし、最も確実で、そして彼自身の心の奥底が渇望しているかもしれない選択肢。

彼女を、妻として迎える。

その考えが浮かんだ瞬間、アレクシスの心臓が大きく跳ねた。馬鹿な、と思った。自分のような、心を凍てつかせ、人を信じることを恐れる男が、誰かを妻に迎えるなど。しかも、相手は、王都を追放され、複雑な立場にあるリリアーナだ。身分の違いも、これまでの経緯も、障害はあまりにも大きい。

それに、彼女は、自分のような男を……受け入れてくれるのだろうか? 彼は、彼女に対して、不器用な気遣いしか示せていない。時には冷たく突き放し、傷つけてしまったかもしれない。彼女が自分に向けてくれる信頼や尊敬は感じていたが、それが男女間の愛情に繋がるものなのかどうか、彼には全く自信がなかった。

過去のトラウマが、再び彼の心を締め付ける。家族からの裏切り、母の死の謎、信じた者に裏切られることへの恐怖。愛するという感情そのものが、彼にとっては未知であり、恐ろしいものだった。リリアーナに拒絶されること、あるいは、もし受け入れられたとしても、自分が彼女を幸せにできるのか、という不安。

しかし、彼は同時に、リリアーナとならば、違うのかもしれない、とも感じていた。彼女の作るものが、彼の隠された傷を癒すように。彼女の存在そのものが、彼の凍てついた心を溶かし始めているように。彼女となら、自分も変われるのかもしれない。人を愛し、信じ、温かい家庭というものを、築けるのかもしれない。

(……彼女と共に、生きていきたい……)

その想いは、もはやごまかしようのない、彼の魂からの叫びだった。辺境の未来を共に築き、喜びも困難も分かち合い、互いを支え合って生きていく。それは、彼がこれまで想像もしなかった、しかし、心の底から求めていた幸福の形なのかもしれない。

決意は、固まった。

アレクシス・フォン・ヴァルテンベルクは、リリアーナ・フォン・クラインフェルトを、妻として迎え入れることを決めた。それは、彼女を守るための最善の策であり、辺境の未来を盤石にするための布石であり、そして何よりも、彼自身の心が求める、唯一の道だった。

もちろん、実現には多くの困難が伴うだろう。彼女自身の気持ち、周囲の反応、そして何よりも、王都からのさらなる反発。しかし、彼はもう迷わない。覚悟は決まったのだ。

彼は、机の上に置かれていた、リリアーナが届けたハーブティーのカップを手に取った。まだほんのりと温かい。その香りを深く吸い込み、ゆっくりと一口飲む。心に沁みる優しい味が、彼の決意を後押ししてくれるようだった。

問題は、どうやって彼女に伝えるかだ。不器用で、言葉足らずな自分が、どうすればこの想いを、誤解なく、誠実に彼女に届けられるだろうか。プロポーズなど、考えたこともない。

(……だが、これも、私が乗り越えるべき壁なのだろう)

アレクシスは、カップを置き、窓の外に広がる、緑豊かな辺境の大地を、改めて見つめた。彼の瞳には、もはや以前のような迷いや葛藤の色はなく、ただひたすらに強く、そして穏やかな光が宿っていた。それは、愛するものを守り、共に未来を歩むことを決意した男の顔つきだった。

氷の辺境伯の決意。それは、彼自身の人生における、そして辺境領の歴史における、大きな転換点となるだろう。その決意が、どのような形で実行に移され、そしてリリアーナに受け止められるのか。辺境の空の下で、新たな愛の物語が、静かに、しかし力強く、その幕を開けようとしていた。
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