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第二十九話 蹂躙
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戦いは、あまりにも一方的だった。
それは戦いと呼ぶことすらおこがましい、絶対的な強者によるただの蹂躙。
カイザーが竜の姿を現した瞬間、リンドバーグ王国が誇る聖女奪還騎士団は、その存在意義を根底から覆された。彼らが信じていた「正義」は、神話の具現を前にして脆くも崩れ去ったのだ。
恐怖は規律を破壊する。
あれほど統率の取れていたワイバーン部隊は、竜王の威圧感だけで完全に崩壊した。主人を振り落とし、同士討ちを始め、ただ逃げ惑うだけの獣の群れへと成り下がる。
騎士たちも同じだった。
彼らの剣も魔法も、この絶対的な存在の前では赤子が振り回す玩具に等しい。ある者は武器を捨てて命乞いをし、ある者は恐怖のあまり発狂したように虚空に向かって魔法を乱射する。
その地獄のような光景を、カイザーはただ静かに見下ろしていた。
その黄金の瞳に宿るのは、怒りではない。侮蔑ですらない。
それは、完全なる「無関心」だった。
足元で騒ぐ、取るに足らない虫けら。彼にとって騎士団とは、その程度の存在でしかなかったのだ。
彼が一度、翼を羽ばたかせる。
それだけで暴風が巻き起こった。騎士たちの体は木の葉のように宙を舞い、なす術もなく雲海の底へと叩き落とされていく。
彼が一度、咆哮を上げる。
それだけで大気そのものが武器と化す。衝撃波は騎士たちの鎧を紙屑のように歪ませ、その意識を容赦なく刈り取っていく。
殺しはしない。
彼の攻撃には常に手心が加えられていた。それは彼らの命に価値があるからではない。ただ、このちっぽけな虫けらたちの血で、愛する少女が住まう城を汚したくない。そのただ一点のために。
蹂躙は数分で終わった。
空には一人の騎士も一頭のワイバーンも残っていなかった。ただ、破壊された武具の残骸や引き千切られた旗指物が、風に乗って虚しく舞っているだけ。
残されたのは、恐怖のあまり腰を抜かし、白銀のワイバーンにしがみついているアルフォンス王子、ただ一人。
カイザーは、その哀れな存在にゆっくりと顔を近づけた。
「……ひぃ」
王子の口から、空気の漏れるような音がした。
竜は何も言わない。
ただ、その燃え盛る黄金の瞳で、王子の魂の奥底をじっと覗き込む。
お前は、何者だ。
お前は、何を成した。
お前は、何のためにここにいる。
その瞳は、王子という存在の空虚な本質を根源から問い質しているようだった。
王家に生まれたというだけの幸運。
民衆に傅かれるというだけの傲慢。
そして、自分より弱い者を虐げるというだけのちっぽけな自尊心。
その全てが、この絶対的な存在の前では何の価値も持たない。
「あ……あ……」
王子は何かを言おうとして、ただ口をパクパクとさせるだけだった。その瞳から光が失われていく。彼の虚飾にまみれた心が、完全に破壊される瞬間だった。
やがて竜は、興味を失ったようにふいと顔を背けた。
もう用はない、とでも言うように。
その「無関心」という名の最大級の侮辱。
それがアルフォンス王子の心を折る、最後の引き金となった。
「あああああああああああっ!」
王子は意味不明の絶叫を上げると、狂ったようにワイバーンを蹴りつけ、その場から逃げ去っていった。その姿はもはや一国の王子としての威厳など欠片も残してはいなかった。
嵐が過ぎ去った。
テラスに戻ったカイザーは、人型に戻ると何事もなかったかのように静かに佇んでいた。
その圧倒的な力。
その底知れぬ孤独。
そして、そのどうしようもないほどの優しさ。
私は彼の全てをこの胸に焼き付けながら、ただその腕の中で泣きじゃくることしかできなかった。
蹂躙。
それは王国騎士団に向けられたものであると同時に、私自身の甘い考えを打ち砕くものでもあったのかもしれない。
この竜の隣に立つということは、こういうことなのだ。
世界の理不尽や人間の愚かさと、常に向き合い続けるということ。
その覚悟が、私にはまだ足りていなかった。
彼の温かい胸の中で、私はもう一度、強く、強く誓った。
二度と、彼を一人で戦わせはしない、と。
それは戦いと呼ぶことすらおこがましい、絶対的な強者によるただの蹂躙。
カイザーが竜の姿を現した瞬間、リンドバーグ王国が誇る聖女奪還騎士団は、その存在意義を根底から覆された。彼らが信じていた「正義」は、神話の具現を前にして脆くも崩れ去ったのだ。
恐怖は規律を破壊する。
あれほど統率の取れていたワイバーン部隊は、竜王の威圧感だけで完全に崩壊した。主人を振り落とし、同士討ちを始め、ただ逃げ惑うだけの獣の群れへと成り下がる。
騎士たちも同じだった。
彼らの剣も魔法も、この絶対的な存在の前では赤子が振り回す玩具に等しい。ある者は武器を捨てて命乞いをし、ある者は恐怖のあまり発狂したように虚空に向かって魔法を乱射する。
その地獄のような光景を、カイザーはただ静かに見下ろしていた。
その黄金の瞳に宿るのは、怒りではない。侮蔑ですらない。
それは、完全なる「無関心」だった。
足元で騒ぐ、取るに足らない虫けら。彼にとって騎士団とは、その程度の存在でしかなかったのだ。
彼が一度、翼を羽ばたかせる。
それだけで暴風が巻き起こった。騎士たちの体は木の葉のように宙を舞い、なす術もなく雲海の底へと叩き落とされていく。
彼が一度、咆哮を上げる。
それだけで大気そのものが武器と化す。衝撃波は騎士たちの鎧を紙屑のように歪ませ、その意識を容赦なく刈り取っていく。
殺しはしない。
彼の攻撃には常に手心が加えられていた。それは彼らの命に価値があるからではない。ただ、このちっぽけな虫けらたちの血で、愛する少女が住まう城を汚したくない。そのただ一点のために。
蹂躙は数分で終わった。
空には一人の騎士も一頭のワイバーンも残っていなかった。ただ、破壊された武具の残骸や引き千切られた旗指物が、風に乗って虚しく舞っているだけ。
残されたのは、恐怖のあまり腰を抜かし、白銀のワイバーンにしがみついているアルフォンス王子、ただ一人。
カイザーは、その哀れな存在にゆっくりと顔を近づけた。
「……ひぃ」
王子の口から、空気の漏れるような音がした。
竜は何も言わない。
ただ、その燃え盛る黄金の瞳で、王子の魂の奥底をじっと覗き込む。
お前は、何者だ。
お前は、何を成した。
お前は、何のためにここにいる。
その瞳は、王子という存在の空虚な本質を根源から問い質しているようだった。
王家に生まれたというだけの幸運。
民衆に傅かれるというだけの傲慢。
そして、自分より弱い者を虐げるというだけのちっぽけな自尊心。
その全てが、この絶対的な存在の前では何の価値も持たない。
「あ……あ……」
王子は何かを言おうとして、ただ口をパクパクとさせるだけだった。その瞳から光が失われていく。彼の虚飾にまみれた心が、完全に破壊される瞬間だった。
やがて竜は、興味を失ったようにふいと顔を背けた。
もう用はない、とでも言うように。
その「無関心」という名の最大級の侮辱。
それがアルフォンス王子の心を折る、最後の引き金となった。
「あああああああああああっ!」
王子は意味不明の絶叫を上げると、狂ったようにワイバーンを蹴りつけ、その場から逃げ去っていった。その姿はもはや一国の王子としての威厳など欠片も残してはいなかった。
嵐が過ぎ去った。
テラスに戻ったカイザーは、人型に戻ると何事もなかったかのように静かに佇んでいた。
その圧倒的な力。
その底知れぬ孤独。
そして、そのどうしようもないほどの優しさ。
私は彼の全てをこの胸に焼き付けながら、ただその腕の中で泣きじゃくることしかできなかった。
蹂躙。
それは王国騎士団に向けられたものであると同時に、私自身の甘い考えを打ち砕くものでもあったのかもしれない。
この竜の隣に立つということは、こういうことなのだ。
世界の理不尽や人間の愚かさと、常に向き合い続けるということ。
その覚悟が、私にはまだ足りていなかった。
彼の温かい胸の中で、私はもう一度、強く、強く誓った。
二度と、彼を一人で戦わせはしない、と。
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