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三十二話 覚醒、聖なる盾
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時間が凍りついたようだった。
首筋に突きつけられた剣の冷たさが、私の思考を麻痺させる。アルフォンス王子の腕が鉄の枷のように私の体に食い込み、息が苦しい。
「動くなと言っているのが聞こえんのか!化け物め!」
王子はヒステリックに叫んだ。カイザーがほんのわずかに身じろぎしただけで、彼の体は恐怖に震えている。
カイザーは動かなかった。
ただその場に立ち尽くしたまま、全ての色を失った虚無の瞳で私たちを見つめている。その瞳の奥でどれほど凄まじい怒りの嵐が吹き荒れているのか、私には想像もつかなかった。
彼が本気になれば、私が人質になっていようと関係ない。
瞬きする間に王子の心臓だけを正確に貫くことなど、彼にとっては造作もないことだろう。
だが、彼はそれをしない。
私の甘い願い。「誰にも死んでほしくない」という身勝手な誓い。
その言葉が今、彼を縛り付けているのだ。
「ごめ……なさい……」
私は声にならない声で呟いた。
私のせいで。私のせいで彼を窮地に追い込んでしまった。
「はは……ははははは!」
王子の狂ったような笑い声が響き渡る。
「どうだ、化け物!手も足も出まい!聖女は私のものだ!お前のような穢れた存在が触れていいものではないのだ!」
彼は勝利を確信していた。私が彼の意のままになる、ただの道具だと信じて疑っていない。
「さあ、アリア!共に帰るぞ!そして、この化け物に正義の裁きを下してやるのだ!」
彼はそう言うと、私の体を無理やり引きずり、手負いのワイバーンの方へと向かおうとした。
やめて。
行きたくない。
あなたの元へなど、二度と。
私の心は必死に抵抗を叫んでいた。けれど、恐怖に縛られた体はぴくりとも動かない。
その時だった。
私の脳裏に、カイザーの声が静かに響いた。
それはテレパシーのようなものだろうか。直接私の心に語りかけてくる彼の声。
『―――アリア』
その声は驚くほど穏やかだった。
『……すまない。お前との約束は守れそうにない』
え……?
『今から、俺はあの男を殺す』
その冷徹な宣告。
『案ずるな。お前には指一本触れさせん。瞬きする間に全てを終わらせてやる。だから……』
彼の言葉が私の心の中でゆっくりと反響する。
殺す。
彼が私のために人を殺す。
だめ。
それだけは絶対にだめだ。
私のせいで彼に人殺しの罪を背負わせてはいけない。彼のその優しい手を血で汚させてはいけない。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
その強烈な拒絶の感情。
それが引き金になった。
私の体の奥底でずっと堰き止められていた何かが、決壊した。
それは怒りでも悲しみでもない。
ただ純粋な、「守りたい」という強烈な祈り。
大切な、たった一人の愛する人を守りたい。
その祈りが私の魂と共鳴し、体の中を巡る聖なる力を爆発的に増幅させた。
「―――っ!」
私の体から金色の光が迸った。
それは今まで私が訓練で扱っていたような制御された光ではない。太陽そのものが私の体の中から爆ぜたかのような、圧倒的な光の奔流だった。
「ぐあっ!?」
私を捕らえていたアルフォンス王子がその光に弾き飛ばされ、悲鳴を上げて後方へと転がっていく。
首筋に突きつけられていた剣も、カランと乾いた音を立てて床に落ちた。
光は私を中心にドーム状に広がっていく。
それは攻撃的な力ではなかった。
ただ、どこまでも温かく慈愛に満ちた守りの光。
あらゆる悪意を、あらゆる害意を、その内側に入れることを決して許さない絶対的な聖域。
聖なる盾。
光のドームは一瞬にしてテラス全体を覆い尽くし、そしてゆっくりとその輝きを収束させていった。
光が消えた時、私はその場に呆然と立ち尽くしていた。
体の奥から力がごっそりと抜け落ちたようなひどい虚脱感。けれど、不思議と心は穏やかだった。
「……アリア」
カイザーが私の名前を呼ぶ。その声には驚愕と、そして安堵の色が滲んでいた。
私は彼の方を振り返った。
そして、その後方で床に倒れていたアルフォE>フォンス王子が、ゆらりと立ち上がるのが見えた。
彼は光に弾き飛ばされた衝撃で頭でも打ったのだろうか。その瞳はもはや正気の光を失い、どす黒い憎悪だけでぎらぎらと輝いていた。
「……よくも、よくも……この私を……!」
王子は床に落ちていた剣を再び拾い上げた。
そして彼は、カイザーではなく私に向かって一直線に突進してきた。
その顔はもはや人間のものではなかった。嫉妬と憎悪と屈辱に顔を歪ませた、醜い鬼の形相。
「お前さえいなければ……! お前さえいなければ、私はこんな惨めな思いをしなくて済んだのだ!」
彼の凶刃が、私の心臓めがけて真っ直ぐに迫ってくる。
それはあまりにも突然の出来事だった。
カイザーも、そして私自身も反応することができなかった。
ああ、死ぬ。
そう思った。
けれど不思議と恐怖はなかった。
カイザーを守れた。
彼に人殺しの罪を背負わせずに済んだ。
それだけで私の心は満たされていた。
私はそっと目を閉じた。
そして、訪れるであろう最後の瞬間を静かに待った。
首筋に突きつけられた剣の冷たさが、私の思考を麻痺させる。アルフォンス王子の腕が鉄の枷のように私の体に食い込み、息が苦しい。
「動くなと言っているのが聞こえんのか!化け物め!」
王子はヒステリックに叫んだ。カイザーがほんのわずかに身じろぎしただけで、彼の体は恐怖に震えている。
カイザーは動かなかった。
ただその場に立ち尽くしたまま、全ての色を失った虚無の瞳で私たちを見つめている。その瞳の奥でどれほど凄まじい怒りの嵐が吹き荒れているのか、私には想像もつかなかった。
彼が本気になれば、私が人質になっていようと関係ない。
瞬きする間に王子の心臓だけを正確に貫くことなど、彼にとっては造作もないことだろう。
だが、彼はそれをしない。
私の甘い願い。「誰にも死んでほしくない」という身勝手な誓い。
その言葉が今、彼を縛り付けているのだ。
「ごめ……なさい……」
私は声にならない声で呟いた。
私のせいで。私のせいで彼を窮地に追い込んでしまった。
「はは……ははははは!」
王子の狂ったような笑い声が響き渡る。
「どうだ、化け物!手も足も出まい!聖女は私のものだ!お前のような穢れた存在が触れていいものではないのだ!」
彼は勝利を確信していた。私が彼の意のままになる、ただの道具だと信じて疑っていない。
「さあ、アリア!共に帰るぞ!そして、この化け物に正義の裁きを下してやるのだ!」
彼はそう言うと、私の体を無理やり引きずり、手負いのワイバーンの方へと向かおうとした。
やめて。
行きたくない。
あなたの元へなど、二度と。
私の心は必死に抵抗を叫んでいた。けれど、恐怖に縛られた体はぴくりとも動かない。
その時だった。
私の脳裏に、カイザーの声が静かに響いた。
それはテレパシーのようなものだろうか。直接私の心に語りかけてくる彼の声。
『―――アリア』
その声は驚くほど穏やかだった。
『……すまない。お前との約束は守れそうにない』
え……?
『今から、俺はあの男を殺す』
その冷徹な宣告。
『案ずるな。お前には指一本触れさせん。瞬きする間に全てを終わらせてやる。だから……』
彼の言葉が私の心の中でゆっくりと反響する。
殺す。
彼が私のために人を殺す。
だめ。
それだけは絶対にだめだ。
私のせいで彼に人殺しの罪を背負わせてはいけない。彼のその優しい手を血で汚させてはいけない。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
その強烈な拒絶の感情。
それが引き金になった。
私の体の奥底でずっと堰き止められていた何かが、決壊した。
それは怒りでも悲しみでもない。
ただ純粋な、「守りたい」という強烈な祈り。
大切な、たった一人の愛する人を守りたい。
その祈りが私の魂と共鳴し、体の中を巡る聖なる力を爆発的に増幅させた。
「―――っ!」
私の体から金色の光が迸った。
それは今まで私が訓練で扱っていたような制御された光ではない。太陽そのものが私の体の中から爆ぜたかのような、圧倒的な光の奔流だった。
「ぐあっ!?」
私を捕らえていたアルフォンス王子がその光に弾き飛ばされ、悲鳴を上げて後方へと転がっていく。
首筋に突きつけられていた剣も、カランと乾いた音を立てて床に落ちた。
光は私を中心にドーム状に広がっていく。
それは攻撃的な力ではなかった。
ただ、どこまでも温かく慈愛に満ちた守りの光。
あらゆる悪意を、あらゆる害意を、その内側に入れることを決して許さない絶対的な聖域。
聖なる盾。
光のドームは一瞬にしてテラス全体を覆い尽くし、そしてゆっくりとその輝きを収束させていった。
光が消えた時、私はその場に呆然と立ち尽くしていた。
体の奥から力がごっそりと抜け落ちたようなひどい虚脱感。けれど、不思議と心は穏やかだった。
「……アリア」
カイザーが私の名前を呼ぶ。その声には驚愕と、そして安堵の色が滲んでいた。
私は彼の方を振り返った。
そして、その後方で床に倒れていたアルフォE>フォンス王子が、ゆらりと立ち上がるのが見えた。
彼は光に弾き飛ばされた衝撃で頭でも打ったのだろうか。その瞳はもはや正気の光を失い、どす黒い憎悪だけでぎらぎらと輝いていた。
「……よくも、よくも……この私を……!」
王子は床に落ちていた剣を再び拾い上げた。
そして彼は、カイザーではなく私に向かって一直線に突進してきた。
その顔はもはや人間のものではなかった。嫉妬と憎悪と屈辱に顔を歪ませた、醜い鬼の形相。
「お前さえいなければ……! お前さえいなければ、私はこんな惨めな思いをしなくて済んだのだ!」
彼の凶刃が、私の心臓めがけて真っ直ぐに迫ってくる。
それはあまりにも突然の出来事だった。
カイザーも、そして私自身も反応することができなかった。
ああ、死ぬ。
そう思った。
けれど不思議と恐怖はなかった。
カイザーを守れた。
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それだけで私の心は満たされていた。
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