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第四十三話 正義と正義の衝突
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「レオン……どうしてあなたがここに……」
私は目の前の光景が信じられず、呆然と呟いた。
黄金の髪、空色の瞳。そしてその手に輝く聖剣。
魔王を討伐した英雄、勇者レオン。かつて誰よりも信頼し、背中を預け合った仲間が、今、敵として私たちの前に立ちはだかっていた。
「迎えに来たと言ったはずだ、アリア」
レオンの声は穏やかだった。けれどその青い瞳は、私の隣に立つカイザーを鋭く、そして寸分も揺るがぬ決意を持って見据えている。
「竜に誑かされ、囚われていると聞いた。友人として君を助け出すのは当然の務めだ」
「違うの、レオン!私は……!」
「アリア。君は何も言わなくていい」
彼は私の言葉を優しく遮った。
「君が竜に何を吹き込まれ、どんな術をかけられているのかは分からない。だが、心配はいらない。私が必ず君をあの忌まわしい呪縛から解き放ってみせる」
彼の言葉はどこまでも善意に満ちていた。
そしてその善意こそが、何よりも厄介で、そして悲しいことだった。
アルフォンス王子のように私欲や功名心で動いているのではない。彼は純粋に私を「救う」という彼自身の正義を信じきっているのだ。
だからこそ、対話の余地はない。
「……下がらぬか。人間の勇者よ」
私の隣でカイザーが、地を這うような低い声を発した。
その声には王国騎士団を相手にした時のような怒りや侮蔑はなかった。代わりにあったのは、同等の力を持つ者に対する静かで冷たい警戒心。
「ここは貴様のような者が足を踏み入れていい場所ではない。アリアは俺が保護している。貴様の助けなど必要ない」
「保護、だと?」
レオンの口元に初めて嘲りの笑みが浮かんだ。
「攫っておいて保護とは、随分と都合のいい言い草だな、終焉の黒竜。お前がこの大陸でどれほどの厄災として語り継がれてきたか、知らぬわけではあるまい」
「人間の勝手な妄想ぞ。俺は一度として自らの意思で人間を害したことはない」
「だが、その力そのものが脅威なのだ。聖女をその傍らに置くことなど断じて許されることではない」
二人の視線が空中で激しく火花を散らす。
一人は愛する者を守るという正義。
もう一人は友を救うという正見。
どちらも彼らにとっては譲ることのできない、絶対の信念。
二つの正義は決して交わることはない。
「……ならば、力づくで道を拓くまで」
レオンが聖剣を中段に構え直す。
剣の切っ先から聖なる光が溢れ出し、白銀の刃が太陽のように輝き始めた。その威圧感はアルフォンス王子など比べるべくもない。本物の英雄だけが持つ純粋な闘気。
カイザーも無言のまま、その右手に黒い雷を纏わせる。
バチバチ、と。
空間が二人の凄まじい魔力に耐えきれず、悲鳴を上げるように軋み始めた。
テラスの床に亀裂が走る。
空が再び鉛色に曇っていく。
「やめて……!」
私は二人の間に割って入ろうとして叫んだ。
「やめてください、二人とも!戦う必要なんて、ない!」
だが私の声は、二人の高まりきった闘気の前ではあまりにも無力だった。
「アリア、下がっていろ」
カイザーの厳しい声。
「君のためだ、アリア。少しだけ我慢してくれ」
レオンの悲痛な声。
二人の意識は、完全にお互いだけに向いている。
そして。
先に動いたのはレオンだった。
「―――聖光斬!」
彼の体が一瞬にして光の粒子と化す。
次の瞬間、彼はカイザーの目の前に音もなく出現していた。振り下ろされる聖剣はもはや剣ではなく、光そのものの斬撃。
それはあらゆる闇を切り裂き、浄化するという勇者のみに許された必殺の剣技。
だがカイザーは、その神速の斬撃をこともなげに左手だけで受け止めていた。
黒い雷を纏ったただの掌が、伝説の聖剣の刃を寸前でぴたりと止めている。
キィィィィンッ!
金属同士が擦れ合うよりももっと甲高い、耳を劈くような音が鳴り響いた。
衝撃波が嵐となって周囲に吹き荒れる。私は思わず腕で顔を庇った。
「……ほう。やるな」
カイザーが初めて感心したように呟いた。
「魔王を討ったという話は伊達ではないらしい」
「お前こそ」
レオンの顔にも驚愕の色が浮かんでいる。
「私の全力の一撃を片手で止めるとはな。噂以上の化け物だ」
二人の力が拮抗する。
聖なる光と終焉の雷。
白と黒。
二つの相反する絶対的な力が、テラスの中央で激しく、そして美しくぶつかり合っていた。
それはもはや人間と竜の戦いではない。
伝説と神話の衝突。
そのあまりにも次元の違う戦いを前にして、私はただ立ち尽くすことしかできなかった。
私の愛した人と。
私の信じた友が。
今、私の目の前で互いの全てを懸けて戦おうとしている。
こんな悲劇が他にあるだろうか。
涙が頬を伝うのも気づかないまま。
私はただその光景を見つめていた。
私は目の前の光景が信じられず、呆然と呟いた。
黄金の髪、空色の瞳。そしてその手に輝く聖剣。
魔王を討伐した英雄、勇者レオン。かつて誰よりも信頼し、背中を預け合った仲間が、今、敵として私たちの前に立ちはだかっていた。
「迎えに来たと言ったはずだ、アリア」
レオンの声は穏やかだった。けれどその青い瞳は、私の隣に立つカイザーを鋭く、そして寸分も揺るがぬ決意を持って見据えている。
「竜に誑かされ、囚われていると聞いた。友人として君を助け出すのは当然の務めだ」
「違うの、レオン!私は……!」
「アリア。君は何も言わなくていい」
彼は私の言葉を優しく遮った。
「君が竜に何を吹き込まれ、どんな術をかけられているのかは分からない。だが、心配はいらない。私が必ず君をあの忌まわしい呪縛から解き放ってみせる」
彼の言葉はどこまでも善意に満ちていた。
そしてその善意こそが、何よりも厄介で、そして悲しいことだった。
アルフォンス王子のように私欲や功名心で動いているのではない。彼は純粋に私を「救う」という彼自身の正義を信じきっているのだ。
だからこそ、対話の余地はない。
「……下がらぬか。人間の勇者よ」
私の隣でカイザーが、地を這うような低い声を発した。
その声には王国騎士団を相手にした時のような怒りや侮蔑はなかった。代わりにあったのは、同等の力を持つ者に対する静かで冷たい警戒心。
「ここは貴様のような者が足を踏み入れていい場所ではない。アリアは俺が保護している。貴様の助けなど必要ない」
「保護、だと?」
レオンの口元に初めて嘲りの笑みが浮かんだ。
「攫っておいて保護とは、随分と都合のいい言い草だな、終焉の黒竜。お前がこの大陸でどれほどの厄災として語り継がれてきたか、知らぬわけではあるまい」
「人間の勝手な妄想ぞ。俺は一度として自らの意思で人間を害したことはない」
「だが、その力そのものが脅威なのだ。聖女をその傍らに置くことなど断じて許されることではない」
二人の視線が空中で激しく火花を散らす。
一人は愛する者を守るという正義。
もう一人は友を救うという正見。
どちらも彼らにとっては譲ることのできない、絶対の信念。
二つの正義は決して交わることはない。
「……ならば、力づくで道を拓くまで」
レオンが聖剣を中段に構え直す。
剣の切っ先から聖なる光が溢れ出し、白銀の刃が太陽のように輝き始めた。その威圧感はアルフォンス王子など比べるべくもない。本物の英雄だけが持つ純粋な闘気。
カイザーも無言のまま、その右手に黒い雷を纏わせる。
バチバチ、と。
空間が二人の凄まじい魔力に耐えきれず、悲鳴を上げるように軋み始めた。
テラスの床に亀裂が走る。
空が再び鉛色に曇っていく。
「やめて……!」
私は二人の間に割って入ろうとして叫んだ。
「やめてください、二人とも!戦う必要なんて、ない!」
だが私の声は、二人の高まりきった闘気の前ではあまりにも無力だった。
「アリア、下がっていろ」
カイザーの厳しい声。
「君のためだ、アリア。少しだけ我慢してくれ」
レオンの悲痛な声。
二人の意識は、完全にお互いだけに向いている。
そして。
先に動いたのはレオンだった。
「―――聖光斬!」
彼の体が一瞬にして光の粒子と化す。
次の瞬間、彼はカイザーの目の前に音もなく出現していた。振り下ろされる聖剣はもはや剣ではなく、光そのものの斬撃。
それはあらゆる闇を切り裂き、浄化するという勇者のみに許された必殺の剣技。
だがカイザーは、その神速の斬撃をこともなげに左手だけで受け止めていた。
黒い雷を纏ったただの掌が、伝説の聖剣の刃を寸前でぴたりと止めている。
キィィィィンッ!
金属同士が擦れ合うよりももっと甲高い、耳を劈くような音が鳴り響いた。
衝撃波が嵐となって周囲に吹き荒れる。私は思わず腕で顔を庇った。
「……ほう。やるな」
カイザーが初めて感心したように呟いた。
「魔王を討ったという話は伊達ではないらしい」
「お前こそ」
レオンの顔にも驚愕の色が浮かんでいる。
「私の全力の一撃を片手で止めるとはな。噂以上の化け物だ」
二人の力が拮抗する。
聖なる光と終焉の雷。
白と黒。
二つの相反する絶対的な力が、テラスの中央で激しく、そして美しくぶつかり合っていた。
それはもはや人間と竜の戦いではない。
伝説と神話の衝突。
そのあまりにも次元の違う戦いを前にして、私はただ立ち尽くすことしかできなかった。
私の愛した人と。
私の信じた友が。
今、私の目の前で互いの全てを懸けて戦おうとしている。
こんな悲劇が他にあるだろうか。
涙が頬を伝うのも気づかないまま。
私はただその光景を見つめていた。
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