ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第四十二話 勇者レオン

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リンドバーグ王国の王都は、深い絶望の霧に包まれていた。
聖女奪還騎士団の壊滅的敗北。そして次期国王であるアルフォンス王子の精神崩壊。その二つの報せは王国の誇りと希望を一夜にして打ち砕いた。民衆の間には「終焉の黒竜」への恐怖と、聖女を失ったことへの不安が暗い影を落としている。
王城の空気は鉛のように重かった。
国王は玉座の間で憔悴しきった顔でため息をついていた。大臣たちは有効な打開策を何一つ提示できず、ただ無力に俯くだけ。教皇に一任したはずの「竜討伐」も、先日「失敗した」というあまりにも素っ気ない報告があったきり、何の音沙汰もなかった。
打つ手がない。
王国は建国以来、最大の危機に瀕していた。
そんな八方塞がりの状況を打ち破るべく、国王は最後の切り札に頼る決断を下した。
それは王国最強の戦士。魔王を討ち滅ぼした生ける伝説。
勇者、レオン・ハルトを召喚することだった。

玉座の間に静かな足音が響く。
現れたのは、黄金の髪を短く刈り込み、空の色を映したような真っ直ぐな青い瞳を持つ青年だった。その身に纏うのは華美な装飾のない実用的な白銀の鎧。背にはかつて魔王を切り裂いたという伝説の聖剣が静かな輝きを放っている。
彼がその場に現れただけで、淀んでいた謁見の間の空気がぴんと張り詰めた。
「お呼びにより、参上いたしました。陛下」
レオンは国王の前に静かに跪いた。その声は若々しくも、戦場を幾度となく潜り抜けてきた者だけが持つ落ち着きと重みを備えていた。
「おお、レオンか。よくぞ参った」
国王は、その姿を見てわずかに安堵の色を浮かべた。まるで溺れる者が掴んだ最後の藁のように。
「事情は聞いているな」
「はい。アルフォンス王子殿下のこと、そして騎士団の皆様のこと……誠に残念に思います」
レオンの声には偽りのない悔しさが滲んでいた。彼は王子や騎士たちとも面識があったのだ。
国王は玉座から身を乗り出すようにして、レオンに懇願した。
「レオンよ! そなたにしか頼めぬ! どうか我が国の、いや、この大陸の危機を救ってはくれぬか! あの邪悪なる竜を討ち滅ぼし、聖女アリアを我らの元へと取り返してほしいのだ!」
その悲痛な叫び。
謁見の間にいる全ての者たちの視線が、レオン一人に集中する。
だが、レオンはすぐには答えなかった。
彼は静かに伏せていた顔を上げた。その青い瞳は国王の目を真っ直ぐに見つめ返している。
「陛下。お受けする前にいくつかお伺いしたいことがございます」
「……なんだ」
「敗走された騎士の方々から話を伺いました。黒竜の城からアリアの声が聞こえた、と。彼女は自らの意思でそこにいると、そう語ったというのはまことでしょうか」
その問いに、国王はぐっと言葉を詰まらせた。大臣たちも気まずそうに顔を逸らす。
「……それは竜が聖女様の声を真似た妖術に決まっておる! 現にアルフォンスもそう言っていたではないか!」
「王子殿下は今、正常な判断ができる状態ではございません。私が聞きたいのは憶測ではなく事実です」
レオンのどこまでも冷静な声。それはこの場の誰もが目を背けようとしていた不都合な真実を容赦なく抉り出す。
「……確かに声は聞こえた、と報告にはある。だが、聖女様が自らの意思であのような化け物と共にいるなどありえんことだ! やはり洗脳されているとしか……」
「では、それを確かめねばなりますまい」
レオンは静かに、しかしきっぱりと言い切った。
「私は教会や王家の皆様が言う『聖女アリア』を救いに行くのではありません。私が救いに行くのは、かつて共に死線を潜り抜け、背中を預け合った私の唯一無二の友人、『アリア』です」
その言葉には誰にも揺るがすことのできない、固い固い決意が込められていた。
「彼女が本当に助けを求めているのか。それとも何か我々の知らない事情があるのか。それをこの目で確かめ、この耳で聞き、そして私の魂で判断いたします」
彼はゆっくりと立ち上がった。
「その上で、もし彼女が邪悪なる竜の脅威に晒されていると判断したならば、我が命に代えても彼女を救い出してみせましょう。この聖剣にかけて」
背負った聖剣が彼の決意に呼応するように、ぱち、と聖なる火花を散らした。
そのあまりにも勇ましく、そして揺るぎない姿。
国王はもはや何も言えなかった。ただ圧倒され、頷くことしかできない。
「……分かった。全てそなたに任せる」
「はっ。ありがたき幸せ」
レオンはもう一度深く頭を下げると、静かに謁見の間を後にした。

一人、城の廊下を歩きながら、レオンはかつての日々を思い出していた。
魔王討伐の旅。
いつも一歩後ろで控えめに微笑んでいた心優しい少女。
彼女の祈りがどれほど自分たちの心を支え、傷を癒してくれたことか。彼女がいなければ魔王を討伐することなど到底できなかっただろう。
そんな彼女が国から冷遇されているという噂は彼の耳にも届いていた。だが近衛騎士団長という立場が彼を縛り付けていた。国の秩序を守るという新たな正義が、彼から友を守るという個人的な正義を遠ざけてしまった。
後悔がなかったと言えば嘘になる。
だからこそ、彼は今度こそ彼女を救い出したかった。
たとえそれがどれほど困難な道であろうとも。
彼は大軍を率いるつもりは毛頭なかった。アルフォンス王子の失敗が、それが無意味であることを何よりも雄弁に物語っている。
行くのは自分一人だけ。
それが最も危険で、そして最も確実な方法だと彼は信じていた。

その数日後。
天空城の結界が再び揺れた。
それは騎士団の総攻撃のような面での衝撃ではない。
また、異端審問官の潜入のような隠密なものでもない。
キィィン、という甲高い音と共に、結界のただ一点が、まるで鋭い錐でこじ開けられるかのような鋭利な衝撃だった。
「……!」
地下の訓練場でカイザーと共に結界の強化魔法を試していた私は、その異常な振動にはっと顔を上げた。
カイザーの表情も険しい。
「この魔力……ただ者ではないな」
私たちは顔を見合わせると、すぐさまテラスへと向かった。
荒れ狂う雲海を背に、そこに一人の男が立っていた。
黄金の髪が風に靡いている。
その手には鞘から抜き放たれた白銀に輝く聖剣が握られていた。剣の切っ先からまだ聖なる力が陽炎のように立ち上っている。彼がその剣の力でカイザーの結界を一点突破したのだ。
その顔を私は忘れるはずもなかった。
共に笑い、共に泣き、共に戦ったかけがえのない仲間。
「……レオン」
私の、か細い声が風に震えた。
彼は私と、そして私の隣に立つカイザーの姿を、その真っ直ぐな青い瞳で静かに捉えた。
そして彼は言った。
まるで久しぶりに会った友人に語りかけるかのように、穏やかな声で。
「アリア。迎えに来た」
その声が嵐の前の静けさを切り裂いた。
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