ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第四十一話 拭えない不安

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私が次に目を覚したのは、それから丸一日が経った後のことだった。
聖力を完全に使い果たした体は鉛のように重く、気だるい。けれど、あの時のような魂が削れる疲労感はなかった。むしろ体の奥底から清らかな力がゆっくりと満ちてくるような、不思議な感覚があった。
「……気がついたか」
すぐそばから穏やかな声がした。
見上げると、カイザーがベッドの傍らの椅子に腰掛け、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。その手には濡れた布が握られている。彼がずっと私を看病してくれていたのだろう。その目の下にはかすかに隈ができていた。
「カイザー様……ずっと?」
「お前が眠っている間、少し熱が出た。今はもう下がったようだな」
彼はそう言って、慣れた手つきで私の額に手を当てる。ひんやりとした大きな手のひらが心地よかった。
「すみません、ご心配を……」
「謝るな。お前はよく戦った」
彼の言葉は、私の心をじんわりと温かくした。
私はゆっくりと体を起こした。まだ少しふらつくけれど、動けないほどではない。
「……敵は」
「逃げた。だが、深手は負わせたはずだ。しばらくは動けんだろう」
カイザーの答えは冷静だったが、その表情は晴れやかではなかった。
部屋には重い沈묵が落ちた。
あの異端審問官。気配もなく現れ、神代の呪具を使いこなした影の刺客。彼女の存在は私たちの心に、拭い去ることのできない大きな不安の影を落としていた。
しばらくして、カイザーが静かに口を開いた。
「……アリア。話がある」
その声はいつになく真剣だった。私は黙って頷いた。

場所を移したのは彼の書斎だった。
カイザーは大きな机の上に、一枚の古びた羊皮紙を広げた。そこには複雑な紋様を持つ、あの竜縛りの呪具の魔法陣が正確に描き写されている。
「今回の襲撃で、いくつかのことが明らかになった」
彼はペン先で魔法陣の中心を指し示した。
「第一に、敵は我々の想像を遥かに超える危険な遺物(アーティファクト)を所持している。竜縛りの呪具はその最たるものだ。あれがある限り、俺は絶対的な強者ではいられない」
その言葉は私にとって衝撃だった。
世界最強の竜である彼が、自らの口で弱点を認めたのだ。
「第二に、この城の結界は万能ではないということだ。侵入者は気配を遮断する特殊な魔道具を用いて、俺の感知網を潜り抜けた。つまり、この城はもはや絶対安全な聖域ではない」
彼の言葉の一つ一つが、私たちの置かれた状況の深刻さを浮き彫りにしていく。
今まではこの城にさえいれば大丈夫だという、漠然とした安心感があった。だが、その安全神話は完全に崩れ去ったのだ。
「そして、第三に」
カイザーは一度言葉を区切ると、真っ直ぐに私の瞳を見つめた。
「敵の真の狙いは俺ではなく、お前だということだ」
彼の瞳には深い後悔と自責の念が滲んでいた。
「俺はお前を守るためにここに連れてきた。だが、その結果、かえってお前を危険の中心に据えてしまったのかもしれん」
「そんなことはありません!」
私は思わず声を上げていた。
「カイザー様が私を救ってくださらなければ、私はもうとっくに命を奪われていました! あなたが私に生きる場所と戦う力を与えてくれたんです!」
私の必死の訴えに、カイザーは少しだけ驚いたように目を見開いた。そして、その表情をふっと緩めた。
「……そうだな。お前はもう、ただ守られるだけのか弱い少女ではなかったな」
彼はどこか誇らしげにそう言った。
「ならば話は早い。今後の対策を共に考えよう。パートナーとして」
パートナー。
その言葉が私の胸を熱くした。
私は力強く頷いた。
「まず守りを固める。結界をさらに多層化し、物理的な侵入だけでなく気配の遮断や空間転移をも防ぐ、新たな防衛術式を構築する」
彼は羊皮紙の上に、新たな魔法陣を淀みなく描き加えていく。
「だが、それだけでは不十分だ。守っているだけではいずれジリ貧になる。こちらからも打って出る必要がある」
「打って出る……ですか?」
「そうだ。敵の正体を探る。黒幕である教皇が一体何を企んでいるのか。その真の目的を突き止め、先手を打つ」
彼の言葉に私は息を呑んだ。
それはもはや逃げるのではなく、この戦いを終わらせに行くという宣言だった。
「ですが、どうやって……?」
「手掛かりはあの異端審問官だ。お前の光の矢は確かに奴を捉えた。聖なる光は奴のような闇の存在にとって、容易には消せぬ痕跡を残すはずだ。その痕跡を辿れば、奴らの本拠地が分かるかもしれん」
彼の瞳に狩人のような鋭い光が宿る。
「そして、アリア」
彼は再び私に向き直った。
「お前の新たな役割だ。お前はただの攻撃役(アタッカー)ではない。俺が万が一、再び竜縛りの呪具で封じられた時、それを破壊できる唯一の『切り札(ジョーカー)』だ」
切り札。
その言葉の重みに、私の身が引き締まる。
「そのためには今の力では足りん。攻撃魔法だけでなく、より強力な浄化の力、そして結界そのものを補助し強化するような聖魔法の技術も身につけてもらう」
それはあまりにも過酷で壮大な要求だった。
けれど、私の心に迷いはなかった。
「はい。やります。私にできることなら何でも」
私の即答。
それを聞いて、カイザーは満足そうに深く頷いた。
「……頼もしいな」
彼はそう言うと、私の手をそっと握った。
「不安か?」
「……少しだけ」
私は正直に答えた。
「でも、あなたと一緒なら怖くありません」
私の言葉にカイ-ザーは柔らかく微笑んだ。
「俺もだ。お前がいるから、俺はこの永い時の中で初めて未来というものを見据えることができる」
拭えない不安。
けれど、それ以上に確かな絆が私たちを結びつけていた。
私たちはただの保護者と被保護者ではない。
共に戦い、背中を預け合う唯一無二のパートナーなのだ。
私たちは握り合った手の温もりを確かめるように、しばらく言葉もなく見つめ合っていた。
新たな戦いの幕開けを、静かに、しかし確かに予感しながら。
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