クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第12話 親友の鋭い視線

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月宮雫という、俺だけの秘密。
彼女との二重の繋がりは、俺の日常をすっかり甘い色に染め上げていた。
教室では視線で、指先で、秘密の言葉を交わす。家に帰れば、メッセージアプリで夜が更けるまで語り合う。
その全てが満ち足りていて、俺は完全に浮かれていた。世界は俺と雫のために回っている。本気でそう思っていたくらいだ。

だが、そんな俺の浮かれきった日常を、鋭い視線で見つめる男がいた。

「よお航。お前、最近スマホ見てニヤニヤしすぎじゃね?」

昼休み。俺が雫から送られてきたソラの動画を見て頬を緩ませていると、隣の席から呆れたような声が飛んできた。声の主は、親友の鈴木健太だ。

「な、何でもねえよ」
俺は慌ててスマホをポケットにしまい、弁当の蓋を開けた。心臓が少しだけ速くなる。
「嘘つけ。今の顔、完全に恋する乙女だったぞ」
「んなわけあるか。面白い動画見てただけだよ」
「ふーん」

健太は疑わしげな目を俺に向けたまま、自分の唐揚げを一つ口に放り込んだ。その視線が、やけに探るようで居心地が悪い。
俺は気づかないふりをして、卵焼きを口に運んだ。
気のせいだ。きっと、いつもの軽口だろう。そう自分に言い聞かせた。

しかし、健太の観察眼は、俺が思っている以上に鋭かった。

午後の授業中。古典の教師が退屈な解説を続けている。
俺は、先生の目を盗んで、窓際の席に座る雫に視線を送った。彼女もこちらに気づき、目が合う。
俺は机の下で、小さく指を動かした。
『眠い』
すると彼女は、くすりと笑って小さく頷き、こっそりと欠伸をする真似をしてみせた。その仕草が可愛くて、俺は思わず口元が緩む。
そんなささやかなやり取りに夢中になっていた俺は、すぐ隣から突き刺さるような視線が送られていることに、全く気づいていなかった。

授業が終わり、休み時間になった途端だった。
健太が俺の机にガタンと椅子を近づけ、低い声で囁いてきた。

「なあ航」
「なんだよ」
「お前さ、月宮さんのこと見すぎじゃね?」

そのストレートな一言に、俺の心臓はどくんと大きく跳ねた。
全身の血が、一気に顔に集まってくるのが分かる。
「は? な、何言ってんだよ。見てねーし」
「嘘つけ。今だって見てただろ。てか、最近ずっとだ。休み時間になるたびに、お前の視線は月宮さんにロックオンされてんぞ」

図星だった。完全に、図星だった。
俺は動揺を隠せないまま、意味もなく教科書をパラパラとめくる。
「気のせいだって。たまたまそっちに目がいっただけだ」
「へえ、たまたまねえ」

健太は全く信じていない目で、ニヤニヤと笑っている。その顔が、今は悪魔のように見えた。
まずい。こいつは本気で疑っている。
俺たちの秘密が、この男に暴かれようとしていた。

「大体、俺が月宮さんと話したこともねえのに、何があるってんだよ」
俺は最後の抵抗とばかりに、最もらしい言い訳を口にした。そうだ。俺と雫が会話しているところを、誰も見たことがないはずだ。
だが、健太は俺の言葉を鼻で笑った。

「話してるのを見たことはない、な。でも、お前らが視線で何かを伝え合ってるのは、見てて分かる」
「……は?」
「言葉だけが会話じゃねえだろ。お前ら、目で会話してんじゃねえのってくらい、頻繁に視線交わしてる。しかも、その後どっちかが絶対ニヤけてんだよな」

見られていた。
俺たちが思っている以上に、この男は俺たちのことを見ていたのだ。
背中に、冷たい汗が流れる。
健太はサッカー部のエースで、常にフィールド全体を見渡す視野の広さが武器だ。その能力が、こんなところで発揮されるなんて聞いていない。

俺が言葉に詰まっていると、健太は追い打ちをかけるように言った。
「お前ら、なんかあるだろ? 正直に言えよ。応援するぜ?」
その言葉に、悪意がないのは分かっていた。健太は純粋な好奇心と、親友としての親切心から、俺たちの関係を気にしているだけだ。
でも、言えない。
これは、俺と雫だけの秘密なのだ。手話という特別な言葉で繋がっている、誰にも踏み込ませたくない聖域なのだ。

俺は最後まで、シラを切り通すことに決めた。
「だから、何もないって。お前の勘違いだよ」
「……ふーん。まあ、いいけどさ」
健太は俺の頑なな態度を見て、それ以上は追及してこなかった。だが、その目は「お見通しだぞ」と雄弁に語っていた。
彼は椅子を自分の席に戻しながら、最後にぽつりと呟いた。

「お前、めちゃくちゃ分かりやすいから、気をつけろよ」

その忠告は、俺の胸に深く突き刺さった。
健太が去った後も、俺はしばらく動けなかった。心臓がまだバクバクと音を立てている。
俺は、浮かれすぎていた。
二人だけの世界に夢中になるあまり、周りが見えていなかったのだ。俺たちのささやかなやり取りは、傍から見れば不自然極まりない行動だったのかもしれない。

ふと視線を感じて顔を上げると、遠くの席で、雫が心配そうにこちらを見ていた。俺が健太と真剣な顔で話しているのを、気にしていたのだろう。
俺は彼女を安心させるように、小さく笑って見せた。そして、誰にも見えないように、机の下で『大丈夫』と指を動かす。
彼女は、こくりと頷いたが、その表情はまだ少しだけ不安そうだった。

健太にバレかけたことで、俺の頭は少しだけ冷静になった。
この秘密の関係がもたらす甘美なスリルと、それを守り抜くことの難しさを、改めて思い知らされた。
そして同時に、俺の心の中には新しい感情が芽生えていた。
誰にも、邪魔されたくない。
健太にさえ、俺と彼女の間に踏み込ませたくない。
この特別な関係を、俺だけの宝物にしておきたい。
それは、子供じみた独占欲にも似た、強い強い願いだった。
これからは、もっと慎重にならなければ。俺は固く、そう心に誓った。
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