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第13話 バレないように、慎重に
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健太の鋭い指摘は、俺の浮かれた心に冷や水を浴びせるには十分すぎた。
あの日以来、俺は教室で雫に視線を送ることに、一種の緊張感を覚えるようになっていた。
ちらり、と彼女の方を見る。すると、必ず視界の端に健太の背中が入る。まるで、俺の行動を監視しているかのように。もちろん、彼の席は俺の隣なのだから当たり前なのだが、一度意識してしまうともうダメだった。
健太の存在が、俺と雫の間に立ちはだかる、見えない壁のように感じられた。
俺の態度の変化は、すぐに雫にも伝わったらしい。
休み時間に目が合っても、俺がすぐに逸らしてしまう。授業中に交わしていた秘密の会話も、めっきりと回数が減ってしまった。
昼休み。いつもの図書室の席に着くと、雫は心配そうな顔で俺を見つめ、ノートにペンを走らせた。
『航くん、何かあった? 最近、あまり話してくれないから』
その少し震えた文字に、胸がちくりと痛んだ。俺のせいで、彼女を不安にさせてしまっている。
俺は正直に話すことにした。隠し事はしたくなかった。
『ごめん。実は、健太に少しバレそうになったんだ』
俺がそう書くと、雫の瞳が不安そうに揺れた。
『俺たちがよく視線を交わしてるって。だから、少し警戒してた。不安にさせてごめん』
俺の言葉を読み終えると、彼女はほっとしたように息をついた。そして、ふるふると首を横に振る。
『ううん、航くんが謝ることじゃないよ。私も、少し浮かれてたかも』
彼女はそう書くと、少しの間、何かを考えるように顎に指を当てた。そして、次の瞬間。
彼女の顔に、いたずらっぽい、小悪魔のような笑みが浮かんだ。
『じゃあ、これからはもっと上手にやらないとね』
その文字を見て、俺は目を丸くした。てっきり、しばらくは自粛しようという話になると思っていたからだ。
雫は楽しそうに、次々とノートに新しい作戦を書き連ねていく。
『作戦①:視線を合わせるのは一瞬だけ』
『作戦②:私が先に準備ができたら、ペンをくるっと回して合図する』
『作戦③:航くんがOKなら、咳払いを一つ。それで会話スタート!』
そこには、まるでスパイ映画の打ち合わせのような、緻密で可愛らしいルールが並んでいた。落ち込むどころか、この状況をゲームのように楽しもうとしている。
その前向きな姿勢と、大胆な発想に、俺は思わず笑ってしまった。そうだ。これでいい。こんなことで、俺たちの楽しみを諦める必要なんてないのだ。
『了解、ボス』
俺がそう書いて敬礼のポーズをすると、彼女は満足そうににこりと笑った。
俺たちの絆は、この逆境によってさらに強固な「共犯関係」へと進化を遂げたのだ。
午後の授業。舞台は整った。
相変わらず、古典教師の抑揚のない声が教室に響いている。絶好の作戦決行日和だった。
俺は平静を装いながら、横目で雫の様子を窺う。
すると、彼女が持っていたシャープペンが、くるり、と指先で器用に一回転した。
――合図だ。
俺は心の中で快哉を叫び、周囲の様子を慎重に確認する。
先生は黒板に夢中。クラスメイトたちも、ほとんどが眠気と戦っている。
そして、隣の健太は……頬杖をつき、船を漕ぎ始めていた。完璧なタイミングだ。
俺は計画通り、喉の調子を整えるように、ごほん、と一つ咳払いをした。
それが、会話開始のゴングだった。
雫が、一瞬だけこちらを見る。その瞳が「準備はいい?」と問いかけていた。
俺も一瞬だけ視線を返し、頷く。
そこからは、息を飲むような連携プレーだった。
彼女が、机の下で小さく指を動かす。
『この授業』『眠いね』
俺は、先生がこちらを向く気配がないことを確認し、素早く返す。
『本当に』『限界』
彼女が、くすりと笑う気配がした。そして、教科書の影に隠した指で続ける。
『終わったら』『図書室で』『昨日のドラマの話』『聞かせて』
俺は力強く、しかし小さく頷き、OKサインを送った。
たった数十秒のやり取り。でも、その間、俺の心臓はかつてないほど激しく高鳴っていた。
先生にバレるかもしれない。健太が目を覚ますかもしれない。
そのスリルが、他愛ない会話を、この世で最も刺激的で甘美なエンターテイメントに変えていた。
会話を終えた後、俺たちはもう一度だけ、一瞬だけ視線を交わした。
お互いの目には、作戦を成功させた共犯者同士の、満足げな笑みが浮かんでいる。
障害があるからこそ、燃え上がる。
俺たちの秘密の会話は、新しいルールというスパイスを得て、さらに味わいを増していた。
このドキドキを、この高揚感を、俺は雫とだけ分かち合っている。
健太の鋭い視線も、今では俺たちの絆を深めるための、ただの障害物でしかなかった。
バレないように、慎重に。
でも、大胆に。
俺たちの秘密の世界は、誰にも邪魔させるわけにはいかないのだ。
あの日以来、俺は教室で雫に視線を送ることに、一種の緊張感を覚えるようになっていた。
ちらり、と彼女の方を見る。すると、必ず視界の端に健太の背中が入る。まるで、俺の行動を監視しているかのように。もちろん、彼の席は俺の隣なのだから当たり前なのだが、一度意識してしまうともうダメだった。
健太の存在が、俺と雫の間に立ちはだかる、見えない壁のように感じられた。
俺の態度の変化は、すぐに雫にも伝わったらしい。
休み時間に目が合っても、俺がすぐに逸らしてしまう。授業中に交わしていた秘密の会話も、めっきりと回数が減ってしまった。
昼休み。いつもの図書室の席に着くと、雫は心配そうな顔で俺を見つめ、ノートにペンを走らせた。
『航くん、何かあった? 最近、あまり話してくれないから』
その少し震えた文字に、胸がちくりと痛んだ。俺のせいで、彼女を不安にさせてしまっている。
俺は正直に話すことにした。隠し事はしたくなかった。
『ごめん。実は、健太に少しバレそうになったんだ』
俺がそう書くと、雫の瞳が不安そうに揺れた。
『俺たちがよく視線を交わしてるって。だから、少し警戒してた。不安にさせてごめん』
俺の言葉を読み終えると、彼女はほっとしたように息をついた。そして、ふるふると首を横に振る。
『ううん、航くんが謝ることじゃないよ。私も、少し浮かれてたかも』
彼女はそう書くと、少しの間、何かを考えるように顎に指を当てた。そして、次の瞬間。
彼女の顔に、いたずらっぽい、小悪魔のような笑みが浮かんだ。
『じゃあ、これからはもっと上手にやらないとね』
その文字を見て、俺は目を丸くした。てっきり、しばらくは自粛しようという話になると思っていたからだ。
雫は楽しそうに、次々とノートに新しい作戦を書き連ねていく。
『作戦①:視線を合わせるのは一瞬だけ』
『作戦②:私が先に準備ができたら、ペンをくるっと回して合図する』
『作戦③:航くんがOKなら、咳払いを一つ。それで会話スタート!』
そこには、まるでスパイ映画の打ち合わせのような、緻密で可愛らしいルールが並んでいた。落ち込むどころか、この状況をゲームのように楽しもうとしている。
その前向きな姿勢と、大胆な発想に、俺は思わず笑ってしまった。そうだ。これでいい。こんなことで、俺たちの楽しみを諦める必要なんてないのだ。
『了解、ボス』
俺がそう書いて敬礼のポーズをすると、彼女は満足そうににこりと笑った。
俺たちの絆は、この逆境によってさらに強固な「共犯関係」へと進化を遂げたのだ。
午後の授業。舞台は整った。
相変わらず、古典教師の抑揚のない声が教室に響いている。絶好の作戦決行日和だった。
俺は平静を装いながら、横目で雫の様子を窺う。
すると、彼女が持っていたシャープペンが、くるり、と指先で器用に一回転した。
――合図だ。
俺は心の中で快哉を叫び、周囲の様子を慎重に確認する。
先生は黒板に夢中。クラスメイトたちも、ほとんどが眠気と戦っている。
そして、隣の健太は……頬杖をつき、船を漕ぎ始めていた。完璧なタイミングだ。
俺は計画通り、喉の調子を整えるように、ごほん、と一つ咳払いをした。
それが、会話開始のゴングだった。
雫が、一瞬だけこちらを見る。その瞳が「準備はいい?」と問いかけていた。
俺も一瞬だけ視線を返し、頷く。
そこからは、息を飲むような連携プレーだった。
彼女が、机の下で小さく指を動かす。
『この授業』『眠いね』
俺は、先生がこちらを向く気配がないことを確認し、素早く返す。
『本当に』『限界』
彼女が、くすりと笑う気配がした。そして、教科書の影に隠した指で続ける。
『終わったら』『図書室で』『昨日のドラマの話』『聞かせて』
俺は力強く、しかし小さく頷き、OKサインを送った。
たった数十秒のやり取り。でも、その間、俺の心臓はかつてないほど激しく高鳴っていた。
先生にバレるかもしれない。健太が目を覚ますかもしれない。
そのスリルが、他愛ない会話を、この世で最も刺激的で甘美なエンターテイメントに変えていた。
会話を終えた後、俺たちはもう一度だけ、一瞬だけ視線を交わした。
お互いの目には、作戦を成功させた共犯者同士の、満足げな笑みが浮かんでいる。
障害があるからこそ、燃え上がる。
俺たちの秘密の会話は、新しいルールというスパイスを得て、さらに味わいを増していた。
このドキドキを、この高揚感を、俺は雫とだけ分かち合っている。
健太の鋭い視線も、今では俺たちの絆を深めるための、ただの障害物でしかなかった。
バレないように、慎重に。
でも、大胆に。
俺たちの秘密の世界は、誰にも邪魔させるわけにはいかないのだ。
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