クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第22話 可愛い嫉妬

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クラスメイトとの遭遇という名の嵐が過ぎ去り、俺たちのテーブルにはひとまずの平穏が戻ってきた。
とはいえ、数メートル先には健太たちが座っている。時々、こちらをチラチラと窺うような視線を感じるたびに、俺と雫はびくりと肩を震わせた。まるで、猛獣の檻の前で食事をしているような気分だ。
そんな緊張感も、二人で共有すれば不思議と連帯感に変わる。俺たちは時折、テーブルの下でこっそりと手話を交わし、「やばいね」「心臓に悪い」などと笑い合った。

「そろそろ、行こうか」
長居は危険だと判断した俺がそう手話で伝えると、雫もこくりと頷いた。
俺は伝票を手に、席を立つ。
「ここで待ってて。会計してくるから」
そう言い残し、俺はレジカウンターへと向かった。雫は小さな声にならない声で「うん」と頷き、少し不安そうに俺の背中を見送っている。

レジにいたのは、にこやかで感じのいい、同い年くらいの女性店員だった。
「お会計、ご一緒でよろしいですか?」
「はい、お願いします」
俺が伝票を渡すと、彼女は手際よくレジを打ち始めた。
「フルーツタルト、いかがでしたか?」
「あ、はい。すごく美味しかったです。連れも、喜んでました」
俺がそう答えると、店員さんは「わあ、よかったです!」と、花が咲くように笑った。
「あれ、今日の一番人気なんですよ。またぜひ、食べに来てくださいね」
「はい、また来ます」
「ありがとうございましたー」

ほんの数十秒の、他愛ないやり取りだった。
社交辞令のようなものだ。俺も、ただ愛想よく返しただけ。
会計を終え、俺は自分の席へと戻った。雫は、俺が戻ってくるのをじっと待っていたようだった。
「お待たせ。行こうか」
俺が声をかけると、彼女はこくりと頷き、静かに椅子を引いて立ち上がった。

……ん?
なんだか、様子がおかしい。
さっきまで、ハプニングを一緒に乗り越えて少し楽しそうにしていたのに。今の彼女の表情は、どこか硬い。口をきゅっと一文字に結び、少しだけ眉間に皺が寄っている。
まるで、少しだけ不機嫌な猫のようだ。
俺、何かしただろうか。

「どうしたの? 具合でも悪い?」
俺が手話で尋ねる。
彼女は、ぷい、とそっぽを向いてしまった。そして、ふるふると首を横に振るだけ。
これは、明らかに何かあった時の反応だ。
俺は首を傾げながら、自分の行動を必死に振り返る。レジでの会計。店員さんとの会話。
……まさか。

俺がそんなことを考えていると、不意に、ズボンの裾を、ちょんちょん、と遠慮がちに引っ張られた。
視線を下ろすと、雫が俯いたまま、その指先で俺の服を小さく摘んでいる。
「ん?」
俺が彼女の顔を覗き込もうとすると、彼女は慌てて顔を背け、今度はテーブルの下で、俺の膝をツンツン、と指で突いてきた。
その仕草は、まるで「こっちを見て」と訴えかけているようだった。

俺は健太たちに気づかれないように、さりげなく身をかがめ、テーブルの下を覗き込んだ。
薄暗いテーブルの下。そこは、俺たち二人だけの世界だ。
雫が、真剣な、そして少しだけ拗ねたような顔で、俺を見上げていた。
そして、その小さな手が、ゆっくりと形を作る。

人差し指を立て、相手を指すように、くるりと回す。
『誰?』

たった一言。
でも、その一言に、彼女の全ての感情が込められていた。
その潤んだ瞳は、雄弁に語っていた。「さっき、あなたが笑顔で話していた、あの女の人は誰なの?」と。

その瞬間、俺の頭の中に、パズルがはまる音がした。
ああ、そうか。
そういうことか。

俺は、込み上げてくる笑いを必死で堪えた。
ダメだ。ここで笑ったら、絶対に機嫌を損ねてしまう。
でも、どうしようもなく、愛おしさが爆発しそうだった。

嫉妬。
月宮雫が、俺に、嫉妬してくれている。
いつもクールで、感情を表に出すのが苦手な彼女が。
俺が他の女の子と話しただけで、やきもちを焼いてくれているのだ。

こんなに嬉しいことがあるだろうか。
こんなに可愛いことがあるだろうか。
俺は、今すぐ彼女を抱きしめて、頭をわしゃわしゃと撫で回したい衝動に駆られた。もちろん、そんなことはできるはずもない。

俺は、彼女を安心させるように、優しく微笑みかけた。
そして、テーブルの下で、ゆっくりと、丁寧に、手話で返事をする。
『お店の人だよ』
俺はレジの方を親指で指し示した。
『初めて会った人。話したのも、初めて』

俺の言葉を読み取ると、彼女の表情が少しだけ和らいだ。でも、まだどこか納得いかない顔をしている。
それだけじゃ、足りないんだな。
俺は、自分の気持ちを、もっとはっきりと伝えることにした。

俺は、彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
そして、心を込めて、言葉を紡いだ。
『俺は』
自分の胸を指差す。
『雫といる時が、一番楽しい』
頬を、優しく撫でるように。
『好きだ』

俺の、不意打ちの告白にも似た言葉。
それを読み取った瞬間、雫の時間が、また止まった。
大きく見開かれた瞳が、信じられない、というように揺れている。
そして、次の瞬間。
彼女の顔が、ぼん、と音を立てて真っ赤に染まった。さっきの比じゃない。今までで一番の赤さだ。

彼女は「あうあう」と声にならない悲鳴を上げ、慌ててテーブルの下から手を引っ込めた。そして、両手で顔を覆い、完全に沈黙してしまった。
その狼狽えぶりが、俺の言葉が彼女の心のど真ん中に突き刺さったことを証明していた。

「おーい、二人ともー。まだ帰んねえのー?」
遠くの席から、健太の暢気な声が飛んでくる。
俺はハッとして、慌てて背筋を伸ばした。
「お、おう! 今帰るとこだ!」
俺が大声で返事をすると、隣で固まっていた雫も、びくりと肩を震わせて我に返ったようだった。

俺たちは、何事もなかったかのように平静を装い、カフェを出た。
駅までの帰り道。
雫は、まだ顔の赤みが引かないのか、ずっと俯いたままだった。
でも、俺の服の裾を、今度は離さないように、ぎゅっと、小さな力で握りしめている。
その温かさが、どうしようもなく愛おしかった。

可愛い嫉妬。
それは、初めてのデートを締めくくる、最高に甘いデザートになった。
クールな君が見せる、俺だけへの独占欲。
その可愛さに、俺はもう、完全に骨抜きにされていた。
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