クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第23話 球技大会の作戦会議

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初めてのデートと、可愛い嫉妬事件。
あの甘酸っぱい週末が明けた月曜日の朝、俺は覚悟を決めて教室のドアを開けた。案の定、待ち構えていたかのように席にいた健太が、ニヤニヤと悪魔のような笑みを浮かべて手招きをしてくる。

「よお、航くんよぉ」
「……なんだよ」
「土曜日は、ずいぶんと楽しそうだったじゃねえか。なあ?」
ねっとりとした口調で、健太が俺の肩に腕を回してくる。俺はげんなりしながら、それを振り払った。
「だから言っただろ。勉強会のお礼だって」
「へーえ。お礼ねえ。テーブルの下でこそこそ手ぇ動かしてたのも、お礼の一環か?」

ギクリ。
俺の心臓が、大きく跳ねた。見られていた。あのテーブルの下でのやり取りまで、この男のイーグルアイは捉えていたというのか。
「な、何のことだよ。貧乏ゆすりだ」
「無理があんだろ」
健太は腹を抱えて笑っている。俺は顔から火が出るのを必死でこらえた。
遠くの席で、雫が心配そうにこちらを窺っている。彼女と目が合うと、先週末の出来事がフラッシュバックして、お互いに顔が赤くなるのが分かった。俺たちは慌てて視線を逸らす。その初々しい反応が、健太の好奇心をさらに煽っていることには気づかなかった。

そんな俺たちの気まずい空気を吹き飛ばすように、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。
担任教師が教壇に立ち、いくつかの連絡事項を伝えた後、にこやかに告げた。
「えー、それから来週の金曜日だが、クラス対抗の球技大会を行うことになった」

その一言で、教室の空気が一変した。
「よっしゃあ!」とガッツポーズをする運動部の男子たち。
「えー、まじかよー」と面倒くさそうに嘆く文化部の生徒たち。
悲喜こもごもの声が、教室のあちこちから上がる。

「種目については、クラスで一つ決めてもらう。昼休みまでに学級委員はまとめておくように」
その言葉を皮切りに、教室は一気に騒がしくなった。
「やっぱサッカーだろ!」
「バスケがいい!」
「女子も参加しやすいやつにしてよー」

俺は、その喧騒の中で、真っ先に雫のことを考えていた。
ちらりと彼女の方を見ると、案の定、彼女は小さくなって固まっていた。その表情は不安に曇り、血の気が引いているようにさえ見える。
体育の授業を思い出す。彼女は運動が極端に苦手だった。特に球技になると、飛んでくるボールを怖がり、いつもコートの隅で申し訳なさそうにしていた。
球技大会は、彼女にとって苦痛以外の何物でもないだろう。

結局、多数決の結果、男女混合で参加しやすいという理由で、俺たちのクラスの種目はドッジボールに決定した。
その決定を聞いた瞬間、雫の肩がびくりと震えたのを、俺は見逃さなかった。

昼休み。俺は健太からの食堂の誘いを断り、いつもの図書室へ向かった。
閲覧席に着くと、雫は浮かない顔で待っていた。その手元には、開かれたまま全く読み進められていない様子の文庫本が置かれている。

「やっぱり、気にしてる?」
俺が手話で尋ねると、彼女はこくりと小さく頷いた。そして、ノートに弱々しい文字を走らせる。
『私、運動、本当にダメなんです。ボールも怖いし、きっとみんなの足を引っ張っちゃう』
その文字は、彼女の不安を映すかのように少しだけ震えていた。
彼女はノートを見せた後、胸の前で小さく手を合わせる。
『ごめんなさい』
その姿が、あまりにも健気で、儚げで。俺は胸が締め付けられるのを感じた。

俺は、彼女を安心させたくて、テーブルにぐっと身を乗り出した。
そして、彼女の目を真っ直ぐに見つめ、力強く、はっきりと手話で伝えた。
「大丈夫。雫は、何も心配しなくていい」
俺の言葉に、彼女は不安そうに瞳を揺らす。
俺は続けた。
「俺が、絶対に守るから」

その言葉は、何の計算もなく、心の底から自然に出てきたものだった。
俺のメッセージを受け取った彼女の瞳が、大きく見開かれる。そして、その潤んだ瞳の中に、小さな光が灯るのが見えた。
彼女は、まだ少しだけ不安そうだったが、それでも俺の言葉を信じるように、こくりと一度だけ頷いた。その表情が少しだけ和らいだのを見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。

放課後。俺は部活へ向かう健太を捕まえて、教室の隅に引きずって行った。
「なあ健太、ドッジボールの件なんだけどさ」
「おう、どうした? まさかお前、月宮さんのためにヒーローになるつもりか?」
健太は、俺の考えなど全てお見通しだと言わんばかりにニヤニヤしている。
もうこいつの前で取り繕うのは無駄だと悟った俺は、観念して本題に入った。
「月宮さん、運動が苦手で、ボールも怖いんだと。だから、なんとか……」
「なるほどな。まあ、女子はそういう子多いよな」
意外にも、健太は真剣な顔で頷いた。そして、俺の肩を力強く叩く。
「よし、任せとけ! 親友の恋路だ。俺が一肌脱いでやる」
「こ、恋路とかじゃねえよ!」
「はいはい。で、どうすりゃいいんだ? お姫様を守る作戦会議といくか」

健太はふざけた口調だったが、その目は真剣だった。
彼は教室の黒板の前に立つと、チョークを手に、ドッジボールのコートを描き始めた。
「基本フォーメーションはこうだ。俺と航、あとサッカー部のタカシとマサルで前衛を固める。俺たちで鉄壁のディフェンスラインを築き、敵の攻撃は全てここでシャットアウトする」
黒板には、屈強な男子メンバーが前線に並ぶ陣形が描かれていく。
「で、女子と運動苦手な男子は後衛だ。特に、月宮さんはここ」
健太がチョークで指し示したのは、コートの一番後ろの隅。敵の攻撃が最も届きにくい、安全地帯だった。
「もし、打ち漏らしたボールが後衛に飛んできたら、どうする?」
俺が尋ねると、健太は自信満々に胸を張った。
「その時は、俺か航が身を挺してカットする。たとえ顔面で受けようとも、月宮さんにはボール一本当てさせねえ。名付けて、『プリンセス雫・絶対防衛ライン』だ!」

ふざけきった作戦名に、俺は思わず吹き出してしまった。
「なんだよそれ」
「いい名前だろ? これならクラスの男子どもも燃えるぜ。『俺たちが月宮さんを守るんだ!』ってな」
健太の言う通りだった。彼のクラスでの影響力は絶大だ。彼がそう言えば、下心丸出しの男子たちも、喜んで雫の盾になるだろう。結果的に、雫の安全が確保されるなら、それに越したことはない。

「……サンキュ、健太」
俺が素直に礼を言うと、健太は「おうよ!」と快活に笑った。
「ただし、この作戦が成功したら、お前と月宮さんの関係、洗いざらい吐いてもらうからな」
その言葉に、俺は苦笑いを返すことしかできなかった。

その夜。俺は健太と考えた作戦を、雫にメッセージで伝えた。
『健太たちが作戦を考えてくれたから、安心して。雫は一番後ろにいればいい。ボールが飛んできたら、俺が全部取るから』
メッセージと一緒に、俺がぎこちなくガッツポーズをする短い動画も送ってみた。

すぐに、彼女から返信が来た。
『ありがとう。航くんがいてくれるなら、頑張れるかも』
そのメッセージに、一つのスタンプが添えられていた。
それは、小さなヒヨコが、ぶかぶかの鎧を着て、盾を構えながらブルブルと震えているスタンプだった。

その健気さと可愛らしさに、俺の心臓は完全に撃ち抜かれた。
俺はベッドの上でスマホを抱きしめ、声にならない叫びを上げた。
ああ、もう。
守る。絶対に、守り抜いてみせる。
俺は、ただの学校行事に過ぎなかった球技大会に向けて、人生で最も熱い闘志を燃やしていた。
全ては、あの震えるヒヨコ姫のために。
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