クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第30話 味方は最大の理解者

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「わかってるわよね?」
ラスボス――いや、雫のお姉さんから放たれた最終通告。その笑顔の裏に隠された絶対零度のプレッシャーに、俺の背筋は凍りついた。俺はもはや、鶏ガラのように細かく首を縦に振ることしかできない。

俺の情けない姿を見て、お姉さんは満足そうに一つ頷いた。そして、尋問の第二ラウンドを始める。
「で、航くん。あんた、うちの雫とはいつからそんな仲になったわけ? 手話、できるみたいだけど、どこで覚えたの?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問。俺はしどろもどろになりながらも、一つ一つ誠実に答えるしかなかった。
「えっと、クラスで彼女が手話を使っているのを見て、興味を持って……自分で、少しだけ勉強しました。まだ、簡単な挨拶くらいしか……」
「へえ、独学でねえ。殊勝な心がけじゃない」
お姉さんは腕を組み、面白そうに俺を観察している。その視線は、まるで希少生物を観察する研究者のようだ。居心地が悪すぎる。

俺が一方的に問い詰められている、その時だった。
今まで黙ってオロオロしていた雫が、ついに我慢の限界に達したらしい。
彼女は「もう!」というかのように、姉の腕を強く掴んだ。そして、必死の形相で、激しく指を動かし始めた。
『お姉ちゃん、やめて! 航くんをいじめないで!』

その手話は、いつも俺と交わす穏やかなものとは全く違っていた。
感情が指先からほとばしっている。怒りと、焦りと、そして俺を庇おうとする強い意志が、その動きに込められていた。
俺は、そんな雫の姿を初めて見た。
彼女は、俺のために怒ってくれているのだ。

お姉さんは、妹の剣幕に少し驚いたように目を丸くした。
だが、雫の猛抗議はまだ終わらない。彼女は、今度は俺がどれだけ素晴らしい人間であるかを、姉に向かって熱弁し始めたのだ。
『航くんは、すごく優しいの! 私のために、手話を覚えてくれた! 毎日、話してくれる! 航くんといると、私、すごく楽しいの!』
その必死な訴え。
一生懸命、俺の良いところを伝えようとしてくれる、その健気な姿。
俺は、胸が熱くなるのを止められなかった。感動と、愛おしさと、そして少しの申し訳なさで、胸がいっぱいになる。

妹の、見たこともない必死な様子を、お姉さんは黙って見ていた。
その表情から、からかうような色は完全に消えていた。そこにあるのは、純粋な驚きと、そして妹の成長を目の当たりにした姉の、優しい眼差しだった。
雫が全ての言葉を紡ぎ終えると、お姉さんはふう、と長い息を吐いた。

そして、俺に向き直ると、それまでの厳しい表情を崩し、少しだけ呆れたように、でも穏やかに微笑んだ。
「……だ、そうよ。あんた、うちの妹にベタ惚れされてんじゃない」
その言葉に、今度は雫が「ち、違う!」と顔を真っ赤にして姉の背中を叩いている。
お姉さんは、その妹の反応を満足そうに眺めると、最後にぽつりと言った。
「まあ、合格ってことにしておいてあげる」

その一言で、部屋を支配していた極度の緊張感がふっと霧散した。
俺は、全身の力が抜けていくのを感じた。なんとか、第一関門は突破できたらしい。

「ほら、あんたも食べなさいよ」
お姉さんは、先ほどテーブルに置いたコンビニの袋からアイスを二つ取り出した。一つは雫に、そしてもう一つを、俺にぽいと放ってよこす。
「あ、ありがとうございます……」
俺が恐縮しながら受け取ると、彼女は「いいのよ、妹が世話になってるみたいだし」と、ぶっきらぼうに言った。
そのツンデレな優しさに、俺はこの人が本当は良い人なのだと確信した。

アイスを食べながら、場の空気はすっかり和やかなものに変わっていた。
お姉さん――潮(うしお)さん、というらしい――は、今度は興味津々なゴシップ好きのお姉ちゃんモードに切り替わっていた。
「で、あんたたち、ぶっちゃけ付き合ってんの? どこまで進んでるわけ?」
「つ、付き合ってません!」
俺が慌てて否定すると、隣で雫も顔を真っ赤にして首を横に振っている。
「ふーん。じゃあ、夏祭りとか、一緒に行く約束くらいはしてるんでしょ?」
その鋭い指摘に、俺と雫は同時にびくりと体を震わせた。
俺たちが顔を見合わせていると、潮さんは「図星ね」とニヤリと笑った。

俺が正直に、夏祭りに一緒に行く約束をしていることを話すと、潮さんの目の色が、きらりと輝いた。
「マジで!? やるじゃない、航くん!」
彼女は俺の肩をバンと叩き、そして雫の方を向いてウィンクした。
「ふーん。なら、雫の浴' '浴衣姿、楽しみにしてなさいよ。このお姉ちゃんが、あんたが腰抜かすくらい可愛くコーディネートしてあげるから!」
その力強い宣言に、雫は恥ずかしそうに顔を覆ってしまった。
俺は、ただ「あ、ありがとうございます……」と返すことしかできなかったが、心の中ではガッツポーズが止まらなかった。
最大の敵だと思っていたラスボスは、今この瞬間、俺たちの恋を後押ししてくれる最強の味方へと変わったのだ。

結局その日、俺たちの宿題は最初の数ページしか進まなかった。
代わりに、潮さんも交えて三人でたくさん話をした。潮さんが雫の手話を時々「通訳」してくれたおかげで、会話はいつもよりずっとスムーズだった。
潮さんにからかわれて顔を真っ赤にしながらも、本当に楽しそうに笑う雫。
その笑顔を見ているだけで、俺も幸せな気持ちになった。
この温かい家族の雰囲気に触れて、俺は雫への想いを、そしてこの家族ごと大切にしたいという気持ちをさらに強くした。

帰り際、玄関まで見送りに来てくれた潮さんに「雫のこと、よろしくね」と、今度は優しい声で言われた。
俺は「はい!」と力強く頷き返した。
大きなものを得られた、最高の一日。
俺たちの夏休みは、最高のスタートを切ったのだった。
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