外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第19話:小さな修復① 傷ついた小鳥

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夢のように幸せだった初めての街歩きを終え、私たちは夕暮れの光が差し込む馬車に揺られていた。
私の膝の上には、アシュレイ様が買ってくれたお菓子やリボンの入った小さな箱がいくつか乗っている。大きな荷物は、後ろをついてきているもう一台の馬車に全て積まれているらしかった。
窓の外を流れる景色を眺めながら、私は今日一日の出来事を反芻していた。賑やかな街並み、美味しいケーキ、そして、私の存在そのものが喜びなのだと言ってくれたアシュレイ様の言葉。その一つ一つが、私の心の中で温かい光を放っていた。
ふと隣を見ると、アシュレイ様は私に気づかれないように、静かに私の横顔を見つめていた。その紫の瞳に宿る深い愛情の色に気づいてしまい、私の心臓はきゅっと甘い音を立てる。
「……何か、私の顔についていますか?」
私は恥ずかしくなって、そう尋ねるのが精一杯だった。
すると、彼は悪戯っぽく微笑んだ。
「ああ。幸せ、と書いてある」
「も、もう! からかわないでください!」
私が顔を真っ赤にして抗議すると、彼は楽しそうに喉の奥で小さく笑った。その笑い声が、馬車の中の空気をさらに甘くする。
もう、彼にからかわれることにも、少しだけ慣れてきていた。それが、なんだかとても嬉しかった。

公爵邸に到着すると、マーサさんを始めとする使用人たちが出迎えてくれた。たくさんの荷物を見て驚くかと思ったが、彼らは心得たもので、てきぱきと馬車から荷物を運び出していく。その様子から、アシュレイ様がこうして大量の買い物をしてくるのは、初めてではないのかもしれない、と思った。
「リナリア様、お帰りなさいませ。お楽しみになられましたか」
マーサさんが、優しい笑みを浮かべて私に尋ねる。
「はい! とても……とても、楽しかったです」
私が心からの笑顔で答えると、マーサさんは自分のことのように嬉しそうに頷いた。
アシュレイ様は、執事が差し出した報告書にいくつか目を通していたが、すぐにそれを終えると私に向き直った。
「夕食までまだ少し時間がある。少し、庭を散歩しないか。今日の思い出を、もう少しだけ語り合いたい」
「はい、喜んで!」
私は少しも疲れを感じていなかった。むしろ、心は高揚したままだった。彼ともっと一緒にいたい、もっとお話がしたい。そんな気持ちが、自然と湧き上がってきた。

私たちは連れ立って、夕日に染まる庭園へと足を踏み出した。昼間とは違う、赤と金の光に照らされた花々は、どこか幻想的で、息をのむほどに美しかった。
「あの服飾店、君が気に入ったのなら、また今度行こう。季節が変われば、新しいデザインのものが入荷するはずだ」
「あのケーキも、よかったらパティシエにレシピを再現させてみようか」
アシュレイ様は、私が喜んだものを全て覚えていてくれたようだった。その記憶力の良さと、どこまでも私を甘やかそうとする姿勢に、私はくすぐったいような気持ちになる。
「ありがとうございます。でも、本当に、もう十分すぎるくらいです」
私がそう言うと、彼は少しだけ不満そうに眉を寄せた。その表情さえも、今の私には愛おしく感じられた。

そんな風に談笑しながら、私たちは庭園の奥にある薔薇のアーチをくぐった。
その時だった。
茂みの奥から、か細い鳴き声が聞こえてきたのは。
ぴい、ぴい、と、助けを求めるような、弱々しい声。
「……今の、何の音でしょう?」
私が足を止めると、アシュレイ様も耳を澄ませた。
「鳥の声、か。だが、様子がおかしいな」
私は声がする方へと、そっと近づいていった。アシュレイ様も、私の後から静かについてきてくれる。
声は、大きな樫の木の根元あたりから聞こえてくるようだった。葉が生い茂る茂みをそっとかき分けると、そこに、その声の主はいた。
一羽の、小さな雛鳥だった。
まだ産毛の残る、茶色い羽をした小鳥。おそらく、この樫の木の上にある巣から落ちてしまったのだろう。
そして、私はすぐに、その小鳥の異変に気づいた。
片方の翼が、だらりと垂れ下がり、不自然な角度に曲がっていたのだ。地面には、血の滲んだ羽が数本散らばっている。
小鳥は、苦しそうに身体を震わせ、時折、痛みに耐えるように小さな声で鳴いていた。
「まあ……なんて可哀想に」
私は思わず胸を押さえた。このまま放っておけば、この小さな命は、きっと夜の冷たさや、他の動物に襲われて、すぐに失われてしまうだろう。
どうにかして、助けてあげたい。
そう思った瞬間、私の頭に、自分の持つスキル【修復】のことが思い浮かんだ。
壊れたものを、元に戻す力。
これまで、無機物やアシュレイ様の呪いにしか使ったことはなかった。けれど、もし、この力が、この傷ついた翼にも使えるのだとしたら。
「……どうする、リナリア」
私の葛藤を見抜いたように、アシュレイ様が静かに尋ねた。彼の声は、私の決断を急かすことなく、ただ静かに寄り添ってくれていた。
生き物に、この力を使うのは少し怖い。もし、失敗してしまったら? この小さな命を、私のせいでさらに苦しめてしまったら?
そんな恐怖が、一瞬、私の心をよぎった。
けれど、目の前で苦しむ小鳥の姿が、その恐怖を打ち払った。
何もしなければ、この子は確実に死んでしまう。でも、私の力を使えば、助けられるかもしれない。たとえわずかな可能性でも、それに賭けてみたい。
「……やってみます」
私は、決意を込めてアシュレイ様を見上げた。
彼は、何も言わずに、ただ静かに頷いてくれた。その瞳には、私への絶対的な信頼が宿っていた。
私はゆっくりとしゃがみこむと、震える手で、そっと小鳥を包み込むように両手ですくい上げた。手のひらに伝わる、小さくて、温かくて、そしてあまりにもか弱い命の感触。
「大丈夫よ。怖くないからね」
私は小鳥に優しく語りかけながら、目を閉じて意識を集中させた。
スキル【修復】。
お願い。この子の翼を、元の姿に戻して。
私の内なる力が、淡い光となって手のひらから溢れ出す。その光は、小鳥の身体を優しく、慈しむように包み込んでいった。
生き物に対する初めての【修復】。私の力は、折れてしまった骨を繋ぎ、裂けてしまった皮膚を再生させ、傷ついた組織をあるべき姿へと戻していく。その過程が、不思議と私の心の中にイメージとして流れ込んできた。
やがて、私の手から放たれる光が、ゆっくりと収まっていく。
私は緊張しながら、そっと目を開けた。
手のひらの中の小鳥は、先ほどまで苦しそうに震えていたのが嘘のように、落ち着いていた。そして、だらりと垂れ下がっていた翼は、もう片方の翼と全く同じように、きちんと折り畳まれている。傷も、血の跡も、どこにも見当たらない。
「……治った」
思わず、安堵のため息が漏れた。
小鳥は、くりくりとした黒い瞳で私を見上げると、ちゅん、と一声、可愛らしく鳴いた。そして、私の指先を、その小さなくちばしで優しくつついた。まるで、お礼を言っているかのようだった。
温かいものが、胸の奥から込み上げてくる。
私はそっと両手を開いた。すると、小鳥は一度、私の指先にちょこんと留まった後、力強く羽ばたいた。
そして、あっという間に夕焼けの空へと舞い上がり、元気に飛び去っていった。私たちは、その小さな姿が空の茜色に溶けて見えなくなるまで、黙って見送っていた。
「……良かった」
心からの安堵と共に、私は呟いた。
アシュレイ様を癒やすのとは、また違う種類の喜びが、私の心を満たしていた。誰かに与えられた役割ではなく、私自身の意思で、一つの命を救うことができた。その事実が、私の心に、また一つ確かな自信の灯りをともしてくれた。
「君は、本当に優しいな」
すぐ隣から、深く、そして愛おしさに満ちた声がした。
振り返ると、アシュレイ様が、これまで見たこともないような、とろけるように甘い眼差しで私を見つめていた。
「君の力は、ただ壊れたものを直すだけの力ではない。君のその優しさそのものが、奇跡を起こすのだな」
彼はそう言うと、私の頬にそっと手を伸ばし、親指で優しく撫でた。
その温かい感触に、私の心臓が、また一つ、大きな音を立てた。
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