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第37話:王宮への準備① ドレス選び
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実家からの手紙を破り捨て、アシュレイ様が私の最後の呪縛を断ち切ってくれたことで、私の心は完全に吹っ切れていた。王宮への謁見は、もはや恐怖の対象ではなく、私の新しい人生の門出を祝うための、華々しい舞台のように思えた。
「リナリア。準備はいいか」
書斎で最終的な打ち合わせを終えたアシュレイ様が、私の部屋を訪れた。その声には、これから戦場に赴く騎士のような、心地よい緊張感が含まれている。
「はい。いつでも」
私が力強く頷くと、彼は満足そうに微笑んだ。
「その意気だ。だが、その前に、君には戦いのための『鎧』を身に着けてもらわなければな」
「鎧、ですか?」
私が不思議そうに首を傾げると、彼は悪戯っぽく笑った。
「ああ。君の場合は、ドレスという名の、な」
彼はそう言うと、メイド長のマーサさんを部屋に呼び入れた。マーサさんの後ろからは、数人の侍女たちが、大きな包みをいくつも抱えて入ってくる。
「これは……?」
「君が、王宮で誰よりも輝くためのものだ」
アシュレイ様の合図で、侍女たちが包みを解くと、そこから現れたのは、息をのむほどに美しい、数着のドレスだった。
私が謁見のために着る予定だった瑠璃色のドレスも素晴らしいものだったが、今、目の前に広げられたドレスたちは、それとはまた違う次元の、芸術品と呼ぶべきものだった。
光の加減で七色に輝く、月の光を織り込んだかのようなシルクのドレス。
何千もの小さな真珠を、夜空の星々のように縫い付けた、純白のドレス。
深紅のベルベットに、黄金の刺繍で伝説の鳥の姿を描いた、情熱的なドレス。
どれも、王侯貴族の中でも最高位の者だけが袖を通すことを許されるような、最高級の逸品ばかりだった。
「すごい……」
私は、そのあまりの美しさに、ただ呆然と立ち尽くす。
「これらは全て、王家御用達のデザイナーに、私の名を使い、極秘裏に作らせたものだ。君の瞳の色、髪の色、そして君の持つ清らかな雰囲気を伝え、それに合わせてデザインさせた」
アシュレイ様は、まるで自分の作品を披露するかのように、少しだけ誇らしげに言った。
「さあ、リナリア。君が、一番気に入ったものを選ぶといい。今日の君は、この国の誰よりも美しくなければならないのだから」
彼のその言葉に、私は戸惑いながらも、ドレスの一つ一つをゆっくりと見て回った。どのドレスも、甲乙つけがたいほどに素晴らしく、選ぶことなどできそうにない。
「私には、選べません……。どれも、素敵すぎて……」
私が困り果ててそう言うと、アシュレイ様は楽しそうに笑った。
「では、私が君に一番似合うと思うものを、選んでもいいか?」
「はい。お願いします」
彼は少しの間、ドレスと私の顔を交互に見比べ、思案していた。そして、やがて一着のドレスを手に取る。
それは、純白のドレスだった。
何千もの小さな真珠が、天の川のように流麗な曲線を描いて縫い付けられている。スカートの部分は、幾重にも重なった柔らかなチュールでできており、まるで雲の上に立っているかのように軽やかだ。
「……これだ」
彼の紫の瞳が、確信に満ちた光を宿した。
「君の清らかさと、そしてこれから君が手にするであろう『聖女』としての気高さを、最もよく表している」
そのドレスは、確かに美しかった。けれど、純白という色は、花嫁の色でもある。私がこれほどのドレスを着ても良いのだろうかと、一瞬、躊躇いが心をよぎった。
そんな私の心を読んだかのように、マーサさんが優しく微笑んだ。
「リナリア様。アシュレイ様のお見立てに、間違いはございませんわ。このドレスは、まるでリナリア様のために生まれてきたかのようです」
その言葉に背中を押され、私はこくりと頷いた。
マーサさんと侍女たちに手伝われ、私はその純白のドレスに袖を通した。
驚くほど軽く、そして肌触りの良い生地が、私の身体を優しく包み込む。まるで、光そのものを纏っているかのようだった。
そして、大きな姿見の前に立った時。
私は、息をするのも忘れてしまった。
鏡の中にいたのは、私が全く知らない、一人の貴婦人だった。
純白のドレスは、私の肌の色を透き通るように白く見せ、栗色の髪とのコントラストを際立たせている。ドレスに縫い付けられた無数の真珠が、動くたびに上品な光を放ち、私自身が内側から輝いているかのような錯覚さえ覚えた。
それは、もう「出来損ない」でも、「虐げられた少女」でもない。
誇り高く、気品に満ちた、一人の美しい女性の姿だった。
「……ああ」
私の背後から、アシュレイ様の感嘆のため息が聞こえた。
「やはり、私の目に狂いはなかった。……美しい、リナリア。君は、月の女神そのものだ」
彼の心からの賛辞は、魔法の言葉のように私の心に染み渡り、私の頬を、そして首筋までを、ほんのりと薔薇色に染め上げた。
「ありがとうございます……」
私は、照れくささと、そして今まで感じたことのないほどの高揚感で、胸がいっぱいだった。
このドレスが、私の鎧。
これほどの美しい鎧を身に着けたのだ。もう、何も恐れることはない。
「仕上げと行こう」
アシュレイ様はそう言うと、小さな宝石箱を開けた。その中から現れたのは、彼の母親の形見である、美しいティアラだった。銀細工の台座に、大粒のダイヤモンドと、彼の瞳の色と同じ紫水晶が、繊細なデザインで嵌め込まれている。
「これは、アイゼンベルク公爵家に代々伝わるものだ。本来は、公爵夫人のみが身に着けることを許される」
彼はそう言うと、私の前に跪き、そのティアラを、私の頭にそっと乗せてくれた。
ひんやりとした、心地よい重み。
「今日だけ、君にこれを貸そう。……未来の、私の花嫁に」
耳元で囁かれた、とろけるように甘い言葉。
私の心臓は、今にも張り裂けてしまいそうなくらい、大きく、そして幸せな音を立てていた。
鏡に映る私は、もはや完璧だった。
ドレス、ティアラ、そしてアシュレイ様から与えられた、揺るぎない自信と愛情。
その全てが、私を、今日の謁見の主役へと、完全に作り変えてくれていた。
私は、鏡の中の自分に向かって、強く、そして誇らしげに微笑んだ。
さあ、始めよう。
私の、そして私たちの、反撃の舞台を。
「リナリア。準備はいいか」
書斎で最終的な打ち合わせを終えたアシュレイ様が、私の部屋を訪れた。その声には、これから戦場に赴く騎士のような、心地よい緊張感が含まれている。
「はい。いつでも」
私が力強く頷くと、彼は満足そうに微笑んだ。
「その意気だ。だが、その前に、君には戦いのための『鎧』を身に着けてもらわなければな」
「鎧、ですか?」
私が不思議そうに首を傾げると、彼は悪戯っぽく笑った。
「ああ。君の場合は、ドレスという名の、な」
彼はそう言うと、メイド長のマーサさんを部屋に呼び入れた。マーサさんの後ろからは、数人の侍女たちが、大きな包みをいくつも抱えて入ってくる。
「これは……?」
「君が、王宮で誰よりも輝くためのものだ」
アシュレイ様の合図で、侍女たちが包みを解くと、そこから現れたのは、息をのむほどに美しい、数着のドレスだった。
私が謁見のために着る予定だった瑠璃色のドレスも素晴らしいものだったが、今、目の前に広げられたドレスたちは、それとはまた違う次元の、芸術品と呼ぶべきものだった。
光の加減で七色に輝く、月の光を織り込んだかのようなシルクのドレス。
何千もの小さな真珠を、夜空の星々のように縫い付けた、純白のドレス。
深紅のベルベットに、黄金の刺繍で伝説の鳥の姿を描いた、情熱的なドレス。
どれも、王侯貴族の中でも最高位の者だけが袖を通すことを許されるような、最高級の逸品ばかりだった。
「すごい……」
私は、そのあまりの美しさに、ただ呆然と立ち尽くす。
「これらは全て、王家御用達のデザイナーに、私の名を使い、極秘裏に作らせたものだ。君の瞳の色、髪の色、そして君の持つ清らかな雰囲気を伝え、それに合わせてデザインさせた」
アシュレイ様は、まるで自分の作品を披露するかのように、少しだけ誇らしげに言った。
「さあ、リナリア。君が、一番気に入ったものを選ぶといい。今日の君は、この国の誰よりも美しくなければならないのだから」
彼のその言葉に、私は戸惑いながらも、ドレスの一つ一つをゆっくりと見て回った。どのドレスも、甲乙つけがたいほどに素晴らしく、選ぶことなどできそうにない。
「私には、選べません……。どれも、素敵すぎて……」
私が困り果ててそう言うと、アシュレイ様は楽しそうに笑った。
「では、私が君に一番似合うと思うものを、選んでもいいか?」
「はい。お願いします」
彼は少しの間、ドレスと私の顔を交互に見比べ、思案していた。そして、やがて一着のドレスを手に取る。
それは、純白のドレスだった。
何千もの小さな真珠が、天の川のように流麗な曲線を描いて縫い付けられている。スカートの部分は、幾重にも重なった柔らかなチュールでできており、まるで雲の上に立っているかのように軽やかだ。
「……これだ」
彼の紫の瞳が、確信に満ちた光を宿した。
「君の清らかさと、そしてこれから君が手にするであろう『聖女』としての気高さを、最もよく表している」
そのドレスは、確かに美しかった。けれど、純白という色は、花嫁の色でもある。私がこれほどのドレスを着ても良いのだろうかと、一瞬、躊躇いが心をよぎった。
そんな私の心を読んだかのように、マーサさんが優しく微笑んだ。
「リナリア様。アシュレイ様のお見立てに、間違いはございませんわ。このドレスは、まるでリナリア様のために生まれてきたかのようです」
その言葉に背中を押され、私はこくりと頷いた。
マーサさんと侍女たちに手伝われ、私はその純白のドレスに袖を通した。
驚くほど軽く、そして肌触りの良い生地が、私の身体を優しく包み込む。まるで、光そのものを纏っているかのようだった。
そして、大きな姿見の前に立った時。
私は、息をするのも忘れてしまった。
鏡の中にいたのは、私が全く知らない、一人の貴婦人だった。
純白のドレスは、私の肌の色を透き通るように白く見せ、栗色の髪とのコントラストを際立たせている。ドレスに縫い付けられた無数の真珠が、動くたびに上品な光を放ち、私自身が内側から輝いているかのような錯覚さえ覚えた。
それは、もう「出来損ない」でも、「虐げられた少女」でもない。
誇り高く、気品に満ちた、一人の美しい女性の姿だった。
「……ああ」
私の背後から、アシュレイ様の感嘆のため息が聞こえた。
「やはり、私の目に狂いはなかった。……美しい、リナリア。君は、月の女神そのものだ」
彼の心からの賛辞は、魔法の言葉のように私の心に染み渡り、私の頬を、そして首筋までを、ほんのりと薔薇色に染め上げた。
「ありがとうございます……」
私は、照れくささと、そして今まで感じたことのないほどの高揚感で、胸がいっぱいだった。
このドレスが、私の鎧。
これほどの美しい鎧を身に着けたのだ。もう、何も恐れることはない。
「仕上げと行こう」
アシュレイ様はそう言うと、小さな宝石箱を開けた。その中から現れたのは、彼の母親の形見である、美しいティアラだった。銀細工の台座に、大粒のダイヤモンドと、彼の瞳の色と同じ紫水晶が、繊細なデザインで嵌め込まれている。
「これは、アイゼンベルク公爵家に代々伝わるものだ。本来は、公爵夫人のみが身に着けることを許される」
彼はそう言うと、私の前に跪き、そのティアラを、私の頭にそっと乗せてくれた。
ひんやりとした、心地よい重み。
「今日だけ、君にこれを貸そう。……未来の、私の花嫁に」
耳元で囁かれた、とろけるように甘い言葉。
私の心臓は、今にも張り裂けてしまいそうなくらい、大きく、そして幸せな音を立てていた。
鏡に映る私は、もはや完璧だった。
ドレス、ティアラ、そしてアシュレイ様から与えられた、揺るぎない自信と愛情。
その全てが、私を、今日の謁見の主役へと、完全に作り変えてくれていた。
私は、鏡の中の自分に向かって、強く、そして誇らしげに微笑んだ。
さあ、始めよう。
私の、そして私たちの、反撃の舞台を。
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