外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第38話:王宮への準備② 作法の練習

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純白のドレスと、アイゼンベルク公爵家伝来のティアラを身に着けた私は、まるで生まれ変わったかのような気分だった。外見がこれほどまでに人の内面に影響を与えるものだとは、思ってもみなかった。鏡に映る自分の姿は、まだどこか見慣れないけれど、不思議と背筋が伸び、胸を張って立つことができる。
「素晴らしいですわ、リナリア様。まるで物語に出てくるお姫様のようです」
マーサさんは、心からの賛辞を贈ってくれた。その目には、我が子の晴れ姿を見る母親のような、温かい光が宿っている。
しかし、アシュレイ様は満足そうに頷きながらも、すぐに表情を引き締めた。
「外見の準備は整った。だが、リナリア。謁見で最も重要なのは、その立ち居振る舞いだ」
「立ち居振る舞い……ですか?」
「そうだ。君がどれほど美しく着飾っていても、その所作に品がなければ、宮廷の者たちはすぐに見下してくるだろう。彼らは、人の些細な隙を突くことにかけては、天才的なのだからな」
彼の言葉には、社交界という名の戦場を知り尽くした者だけが持つ、鋭い洞察力が含まれていた。
実家にいた頃、私は貴族令嬢として最低限の作法しか教えられてこなかった。どうせお前が社交の場に出ることはないのだから、と。本格的な宮廷作法など、全く知らなかった。
私の不安を察したように、アシュレイ様は穏やかに微笑んだ。
「心配はいらない。君には、最高の師がついている」
彼がそう言うと、マーサさんが一歩前に進み出た。
「このマーサが、リナリア様に、王宮での立ち居振る舞いの全てを、手取り足取りお教えいたします」
その声は、いつもの優しいメイド長のものではなく、厳格で、一切の妥協を許さない『師』としての響きを持っていた。
マーサさんは、若い頃、王妃様の侍女として長年仕えた経験があり、宮廷作法に関しては、王国内でも右に出る者はいないと言われているほどの達人なのだという。
「謁見まで、時間はあまりありません。ですが、リナリア様なら、必ずや習得できると信じておりますわ」
マーサさんの力強い言葉に、私はごくりと喉を鳴らし、覚悟を決めた。

それから、謁見までの数時間、私の特訓は始まった。
場所は、公爵邸で最も広い大広間。アシュレイ様は、国王陛下の代理として、玉座に見立てた椅子にどっしりと腰を下ろし、私の練習を見守っている。
「まずは、歩き方からでございます、リナリア様」
マーサさんの厳しい声が、広いホールに響き渡る。
「背筋を伸ばし、顎を引いて。視線は常にまっすぐ前へ。一歩一歩、床を滑るように、音を立てずに歩くのです」
私は言われた通りにやってみようとするが、慣れないドレスの裾さばきに苦戦し、ぎこちない動きになってしまう。
「違います! もっと、身体の軸を意識して!」
マーサさんの叱咤が飛ぶ。
次はお辞儀の練習。貴族の階級によって、頭を下げる角度や時間、スカートの裾の持ち方まで、細かく決められている。
「国王陛下に対しては、最敬礼。背中は曲げず、腰から折るように。視線は、ご自分のつま先へ」
「第二王子殿下には、敬礼。少しだけ浅く、しかし敬意を込めて」
「そして、あなた様を蔑むであろうご令嬢方には、軽く会釈するだけで結構です。決して、卑屈になってはなりません。あなた様は、アイゼンベルク公爵閣下のお客人。その誇りを、忘れないでください」
マーサさんの言葉は、ただ作法を教えるだけでなく、私の精神的な支柱を築こうとしてくれていた。
私は汗を滲ませながら、何度も何度も練習を繰り返した。
最初は、アシュレイ様の前で失敗するのが恥ずかしくて、顔が熱くなるばかりだった。けれど、彼の視線が、決して私を嘲笑したり、見下したりするものではなく、ただひたすらに温かく、励ますようなものであることに気づいてからは、私の心は不思議と落ち着いていった。
彼は、私が努力する姿を、ただ信じて見守ってくれている。
その信頼に応えたい。その一心で、私は必死にマーサさんの教えを吸収していった。

驚いたことに、私は、自分が思っていた以上に、その作法を早く身につけることができた。
虐げられてきた日々の中で、私は常に人の顔色を窺い、相手が何を求めているのかを瞬時に察知する能力が、無意識のうちに研ぎ澄まされていたのかもしれない。マーサさんが求める完璧な動きを、私の身体はスポンジのように吸収していった。
数時間後には、私の立ち居振る舞いは、まるで別人のように洗練されていた。
音もなく滑るように歩き、水が流れるように優雅にお辞儀をする。その姿は、長年、厳しい教育を受けてきた高位の貴族令嬢と比べても、何ら遜色のないものだった。
「……素晴らしい」
玉座の椅子に座っていたアシュレイ様が、思わず感嘆の声を漏らした。
「まさか、これほど短時間で、完璧に習得するとは。君は、本当に私を驚かせてくれる」
その心からの賛辞に、私の頬は嬉しさで緩んだ。
特訓を終えたマーサさんも、満足げな、そして少しだけ寂しそうな顔で、私の前に立った。
「……リナリア様。もう、私が教えることは何もございません」
彼女はそう言うと、私の手を取り、その上に自分の手を重ねた。
「あとは、ご自分を信じるだけでございます。あなた様は、もはや誰にも蔑まれるような存在ではございません。堂々と、胸を張って、あの場所へお臨みください。このマーサ、そして屋敷の者一同、ここであなた様のご武運を、心よりお祈りしております」
その温かい言葉に、私の目にはうっすらと涙が浮かんだ。
「はい……! マーサさん、ありがとうございました」
私は、心からの感謝を込めて、深く、そして完璧なお辞儀をした。
それを見て、マーサさんは、そして玉座の椅子から立ち上がったアシュレイ様も、誇らしげに、そして優しく微笑んでくれた。

全ての準備は、整った。
外見も、作法も、そして何より、私の心も。
私はもう、かつての私ではない。
アシュレイ様の愛情を一身に受け、マーサさんの厳しい指導を乗り越え、そして何より、自分自身の力を信じることができる、新しい私。
私は、アシュレイ様と共に、玄関ホールへと向かった。
そこには、王宮へと向かうための、アイゼンベルク公爵家の紋章が輝く、壮麗な馬車が停まっていた。
アシュレイ様が、優雅に私に手を差し伸べる。
「行こうか、リナリア。君の舞台へ」
「はい、アシュレイ様」
私は、その手を、迷いなく、しっかりと握った。
馬車が、ゆっくりと動き出す。
その先にあるのが、どんな困難な道のりであろうとも、もう何も怖くはない。
私の隣には、世界で一番頼りになるパートナーがいてくれるのだから。
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