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第49話:公爵邸への帰還
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国王陛下による宣言の後、王宮の中庭は祝賀の雰囲気に満ちていた。
貴族たちは、もはや私を「エルフィールド家の出来損ない」などとは見なしていない。彼らは競うように私に近づき、聖女様、国の宝、と最大限の賛辞を贈ってきた。その変わり身の見事さには、もはや何の感情も湧かなかった。
アシュレイ様は、そんな彼らに対する完璧な防波堤となりながら、私をエスコートしてくれた。彼の隣にいれば、どんな美辞麗句も悪意ある囁きも、私に届く前に霧散してしまう。
私たちは、国王陛下に改めて感謝と忠誠を述べると、数多の貴族たちに見送られながら、ようやく王宮を後にした。
壮麗な馬車の中は、再び静寂に包まれた。
けれど、行きとは全く違う、穏やかで温かい空気が満ちている。私は窓の外に流れていく王都の景色を、どこか夢見心地で眺めていた。
全てが終わったのだ。
私の人生で、最も長く、そして最も重要な一日が。
張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れるのを感じた。全身から力が抜け、私はソファの背もたれに深く身体を預ける。
「……疲れたか」
隣に座るアシュレイ様が、労るような優しい声で尋ねた。
「はい。少しだけ」
私が正直に答えると、彼は私の肩をそっと抱き寄せた。私は何の抵抗もなく、彼の逞しい肩に、こてんと頭を預ける。彼の纏う清廉な香りと、確かな体温が、私の疲れた心を優しく包み込んでくれた。
「よく、頑張ったな。リナリア」
彼の声は、心からの賞賛と、そして深い安堵に満ちていた。
「今日の君は、本当に見事だった。どんな宝石よりも気高く、どんな星よりも美しく輝いていた」
そのあまりにも甘い言葉に、私の頬が熱くなる。
「……アシュレイ様が、いてくださったからです」
「いいや。君自身の力だ」
彼は、私の言葉を穏やかに、しかしきっぱりと否定した。
「君が、自分自身の価値を信じ、勇気を出して一歩を踏み出したからこそ、今日の勝利がある。私は、ただその隣で、君がその輝きを存分に発揮できるよう、少しだけ手伝ったに過ぎない」
彼は、私の功績を、決して自分のものだとは言わなかった。その誠実さが、私の胸を熱くする。
「国王陛下の宣言、聞いたな」
彼は、話題を変えるように言った。
「君はもう、エルフィールド家の者ではない。王家の庇護を受ける、特別な存在だ。これでもう、君の父親や姉が、君に何かを強制することは二度とできなくなった」
「はい……」
「そして、王家の養女となるということは、君が私と結婚するための、身分的な障害が全て取り除かれたということでもある」
その直接的な言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。
「え……っ!?」
「陛下も、なかなかに粋な計らいをしてくださる」
彼は、楽しそうに喉の奥で笑った。そして、私の耳元で、とろけるように甘い声で囁く。
「これで、君を名実ともに私のものにする準備が、また一つ整ったわけだ」
私は、もう顔を上げることができなかった。耳まで真っ赤になっているのが、自分でも分かる。ただ、彼の肩に顔を埋めることしかできない。そんな私の様子を見て、彼はまた、愛おしそうに小さく笑った。
やがて、馬車は公爵邸の前に到着した。
扉が開かれ、私たちが姿を現した瞬間。
玄関ホールに整列していた、マーサさんを始めとする全ての使用人たちから、温かい拍手が湧き起こった。
「「「お帰りなさいませ、アシュレイ様、リナリア様!」」」
彼らの声は、喜びと、そして心からの敬意に満ちていた。その瞳には、私を疑うような色は欠片もなく、ただ、自分たちの新たな主の一人を迎える、誇らしげな光が宿っている。
「リナリア様! ご無事で……そして、なんと素晴らしいご活躍!」
マーサさんが、目に涙を浮かべながら、私の手を取った。
「屋敷中の者たちが、吉報を今か今かと待っておりました。あなた様は、我々アイゼンベルク家の、そしてこの国の誇りでございます!」
その言葉に、他の使用人たちも、力強く頷いている。
私は、胸がいっぱいになった。
ここは、もう完全に、私の帰るべき場所なのだ。
「ただいま、戻りました。マーサさん」
私は、涙声になるのを必死でこらえ、精一杯の笑顔でそう答えた。
その時、アシュレイ様が、私の腰をそっと抱き、群衆から引き離すようにして、そっと囁いた。
「疲れているだろう。少し、私の部屋で休むといい」
有無を言わさぬ、しかしどこまでも優しいその声に、私はこくりと頷いた。
二人きりになったアシュレイ様の私室は、しんと静まり返っていた。
彼は、私が部屋に入るなり、背後で静かに扉に鍵をかけた。カチャリ、という小さな音が、やけに大きく響く。
私が驚いて振り返ると、彼はそれまでの完璧な公爵の仮面を、完全に脱ぎ捨てていた。
その紫の瞳には、今日一日の緊張から解放された深い安堵と、私に対するどうしようもないほどの愛おしさが、燃えるように宿っている。
彼は、何も言わずに、私の方へと歩み寄ってきた。
そして、次の瞬間。
私の身体は、強い力で、しかし決して乱暴ではない腕で、固く、固く抱きしめられていた。
「……っ!」
彼の胸に顔を埋める形になり、私は息をのんだ。彼の心臓が、どくん、どくんと、まるで嵐のように激しく脈打っているのが、私の身体にまで伝わってくる。
「……よく、頑張った」
私の髪に顔を埋め、彼は、絞り出すような声で言った。
「本当に、よく……。君を、あのような場所に立たせてしまって、すまなかった。私の心臓は、終始張り裂けそうだった」
その声は、震えていた。
彼もまた、私と同じように、あるいはそれ以上に、この一日を戦っていたのだ。その事実が、私の胸を締め付ける。
彼の腕の中で、私の心の中で張り詰めていた最後の糸が、ぷつりと切れた。
堰を切ったように、涙が溢れ出してきた。
それは、悲しみや恐怖の涙ではない。
全てを乗り越え、愛する人の腕の中に戻ってくることができた、純粋な安堵の涙だった。
私は、彼の背中に腕を回し、子供のように声を上げて泣いた。
「怖かったです……! でも、アシュレイ様が、アシュレイ様が隣にいてくださったから……!」
「ああ、分かっている。君は、本当に強かった」
彼は、私の背中を、まるで壊れ物を扱うかのように、優しく、何度も撫でてくれた。
その温かい手のひらが、私の涙と不安の全てを、吸い取ってくれるようだった。
どれくらいの時間、そうしていただろうか。
ようやく泣き止んだ私の顔を、彼はそっと覗き込んだ。そして、その大きな親指で、私の涙の跡を、慈しむように優しく拭ってくれる。
「君はもう、泣く必要はないんだ」
彼は、穏やかに、しかし力強く言った。
「君の未来には、もう涙は似合わない。これからは、笑顔だけが、君を飾るべきなのだから」
その言葉は、何よりも心強い、愛の誓いだった。
大きな試練を乗り越え、私たちの絆は、もはや誰にも断ち切ることのできない、深く、そして確かなものになっていた。
私は、彼の腕の中で、心からの安堵と共に、静かに目を閉じた。
これから始まる、穏やかで、甘い日々。
その輝かしい未来を予感させる、温かい幸福感だけが、私たちの間を、静かに満たしていた。
貴族たちは、もはや私を「エルフィールド家の出来損ない」などとは見なしていない。彼らは競うように私に近づき、聖女様、国の宝、と最大限の賛辞を贈ってきた。その変わり身の見事さには、もはや何の感情も湧かなかった。
アシュレイ様は、そんな彼らに対する完璧な防波堤となりながら、私をエスコートしてくれた。彼の隣にいれば、どんな美辞麗句も悪意ある囁きも、私に届く前に霧散してしまう。
私たちは、国王陛下に改めて感謝と忠誠を述べると、数多の貴族たちに見送られながら、ようやく王宮を後にした。
壮麗な馬車の中は、再び静寂に包まれた。
けれど、行きとは全く違う、穏やかで温かい空気が満ちている。私は窓の外に流れていく王都の景色を、どこか夢見心地で眺めていた。
全てが終わったのだ。
私の人生で、最も長く、そして最も重要な一日が。
張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れるのを感じた。全身から力が抜け、私はソファの背もたれに深く身体を預ける。
「……疲れたか」
隣に座るアシュレイ様が、労るような優しい声で尋ねた。
「はい。少しだけ」
私が正直に答えると、彼は私の肩をそっと抱き寄せた。私は何の抵抗もなく、彼の逞しい肩に、こてんと頭を預ける。彼の纏う清廉な香りと、確かな体温が、私の疲れた心を優しく包み込んでくれた。
「よく、頑張ったな。リナリア」
彼の声は、心からの賞賛と、そして深い安堵に満ちていた。
「今日の君は、本当に見事だった。どんな宝石よりも気高く、どんな星よりも美しく輝いていた」
そのあまりにも甘い言葉に、私の頬が熱くなる。
「……アシュレイ様が、いてくださったからです」
「いいや。君自身の力だ」
彼は、私の言葉を穏やかに、しかしきっぱりと否定した。
「君が、自分自身の価値を信じ、勇気を出して一歩を踏み出したからこそ、今日の勝利がある。私は、ただその隣で、君がその輝きを存分に発揮できるよう、少しだけ手伝ったに過ぎない」
彼は、私の功績を、決して自分のものだとは言わなかった。その誠実さが、私の胸を熱くする。
「国王陛下の宣言、聞いたな」
彼は、話題を変えるように言った。
「君はもう、エルフィールド家の者ではない。王家の庇護を受ける、特別な存在だ。これでもう、君の父親や姉が、君に何かを強制することは二度とできなくなった」
「はい……」
「そして、王家の養女となるということは、君が私と結婚するための、身分的な障害が全て取り除かれたということでもある」
その直接的な言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。
「え……っ!?」
「陛下も、なかなかに粋な計らいをしてくださる」
彼は、楽しそうに喉の奥で笑った。そして、私の耳元で、とろけるように甘い声で囁く。
「これで、君を名実ともに私のものにする準備が、また一つ整ったわけだ」
私は、もう顔を上げることができなかった。耳まで真っ赤になっているのが、自分でも分かる。ただ、彼の肩に顔を埋めることしかできない。そんな私の様子を見て、彼はまた、愛おしそうに小さく笑った。
やがて、馬車は公爵邸の前に到着した。
扉が開かれ、私たちが姿を現した瞬間。
玄関ホールに整列していた、マーサさんを始めとする全ての使用人たちから、温かい拍手が湧き起こった。
「「「お帰りなさいませ、アシュレイ様、リナリア様!」」」
彼らの声は、喜びと、そして心からの敬意に満ちていた。その瞳には、私を疑うような色は欠片もなく、ただ、自分たちの新たな主の一人を迎える、誇らしげな光が宿っている。
「リナリア様! ご無事で……そして、なんと素晴らしいご活躍!」
マーサさんが、目に涙を浮かべながら、私の手を取った。
「屋敷中の者たちが、吉報を今か今かと待っておりました。あなた様は、我々アイゼンベルク家の、そしてこの国の誇りでございます!」
その言葉に、他の使用人たちも、力強く頷いている。
私は、胸がいっぱいになった。
ここは、もう完全に、私の帰るべき場所なのだ。
「ただいま、戻りました。マーサさん」
私は、涙声になるのを必死でこらえ、精一杯の笑顔でそう答えた。
その時、アシュレイ様が、私の腰をそっと抱き、群衆から引き離すようにして、そっと囁いた。
「疲れているだろう。少し、私の部屋で休むといい」
有無を言わさぬ、しかしどこまでも優しいその声に、私はこくりと頷いた。
二人きりになったアシュレイ様の私室は、しんと静まり返っていた。
彼は、私が部屋に入るなり、背後で静かに扉に鍵をかけた。カチャリ、という小さな音が、やけに大きく響く。
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その温かい手のひらが、私の涙と不安の全てを、吸い取ってくれるようだった。
どれくらいの時間、そうしていただろうか。
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「君はもう、泣く必要はないんだ」
彼は、穏やかに、しかし力強く言った。
「君の未来には、もう涙は似合わない。これからは、笑顔だけが、君を飾るべきなのだから」
その言葉は、何よりも心強い、愛の誓いだった。
大きな試練を乗り越え、私たちの絆は、もはや誰にも断ち切ることのできない、深く、そして確かなものになっていた。
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