外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第50話:ご褒美はなんですか?

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腕の中で、私はどれくらいの時間、涙を流していただろうか。
ようやく嗚咽が収まる頃には、窓の外はすっかり夕闇に包まれ、部屋の中はランプの柔らかな光だけが私たちを照らしていた。
彼の胸に顔を埋めたまま、私は今日の出来事をぼんやりと思い返していた。王宮の壮麗な広間、貴族たちの視線、そして、蘇った世界樹が放った神々しいまでの輝き。その全てが、まるで遠い世界の物語のように感じられた。
「……落ち着いたか」
頭上から、アシュレイ様の穏やかな声が降ってきた。
「はい。……申し訳ありません、アシュレイ様のお洋服を、濡らしてしまいました」
私が彼の胸元から顔を上げると、上質な軍服の生地は、私の涙でしっとりと濡れていた。
すると、彼は気にも留めない様子で、小さく笑った。
「構わない。君の涙で濡れるのなら、本望だ」
彼はそう言うと、私の頬に残っていた涙の跡を、もう一度、その大きな親指で優しく拭ってくれた。その仕草は、どこまでも慈愛に満ちていた。
彼は、私をソファへと導くと、その隣に深く腰を下ろした。そして、改めて、私と真剣に向き合った。その紫の瞳には、今日一日の激闘を終えた戦士のような、深い満足感と、そして私に対する計り知れないほどの感謝の色が浮かんでいる。
「リナリア」
彼の声は、静かだったが、その奥には確かな熱が込められていた。
「今日の君の功績は、言葉では言い尽くせないほどに大きい。君は、ただ世界樹を蘇らせただけではない。王宮に巣食う古い因習と、愚かな者たちの悪意を、君自身の力で打ち破ったのだ」
「……私一人の力では、ありません。アシュレイ様が、道を示してくださったからです」
「いいや」と彼は首を振る。「私が用意したのは、ただの舞台だ。その舞台の上で、見事な舞を披露したのは、君自身だ。君の勇気と、その清らかな力がなければ、今日の勝利はあり得なかった」
彼は、私の手を、祈るように両手で包み込んだ。
「君は、私を、そしてこの国を救ってくれた。だから、君には、最高の褒美を受け取る権利がある」
「褒美……?」
私は、きょとんとして聞き返した。
「そうだ。君が望むものなら、何でも与えよう。遠慮はいらない。これは、君がその手で勝ち取った、正当な権利なのだから」
彼のその言葉に、私は戸惑いを隠せない。
私にとって、この公爵邸での穏やかな日々こそが、望外の幸せだった。これ以上、何を望めというのだろう。
私のそんな葛藤を見透かしたように、アシュレイ様は悪戯っぽく微笑んだ。
「例えば、そうだな。私の領地の一つでも、君に与えようか。北の地には、美しい湖と森が広がる、豊かな土地がある。君がそこの領主になるのもいいだろう」
「りょ、領地ですって!?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。彼の提案のスケールが、私の想像を遥かに超えている。
「それとも、宝石の方が好みか? 西の山脈には、まだ手をつけていないダイヤモンドの鉱山がある。あの鉱山一つあれば、君は三代先まで遊んで暮らせるだろうな」
「こ、鉱山……」
もはや、めまいがしそうだった。
「あるいは、もっと別のものがいいか。君だけの図書館を建てさせてもいい。世界中の希少な本を集めさせよう。君が望むなら、国そのものを……いや、それはさすがに、国王陛下が許してくださらないか」
彼は、本気とも冗談ともつかない口調で、次から次へと、常識外れの提案をしていく。その一つ一つが、彼が私に抱いている感謝の気持ちの、大きさの表れなのだと分かった。
私は、恐縮しながらも、その温かい心遣いが、くすぐったいように嬉しかった。
「さあ、言ってくれ、リナリア」
彼は、私の返事を促すように、その紫の瞳でまっすぐに私を見つめた。
「君は、何が欲しい?」
その真剣な問いに、私は、ゆっくりと考え始めた。
領地も、宝石の鉱山も、私には分不相応だ。たくさんの本に囲まれる生活は、確かに魅力的かもしれない。
でも、本当に、私が欲しいものは、何だろう。
私の、一番の幸せは、何だろう。
私は、そっと目を閉じた。
脳裏に浮かんだのは、物や地位ではなかった。
それは、彼と共に過ごした、何気ない日々の記憶。
サンルームで、手を繋いで過ごす、穏やかな午後の時間。
庭の花壇で、一緒に土をいじりながら、他愛もない話をして笑い合ったこと。
図書室で、彼のお気に入りの物語を、その低い声で聞かせてもらったこと。
ただ、彼の隣にいるだけで、私の心は、どうしようもなく満たされていく。
そうだ。答えは、もうずっと前から、私の心の中にあったのだ。
私は、ゆっくりと目を開けた。
そして、少しだけ恥ずかしかったけれど、勇気を出して、自分の本当の気持ちを、彼に伝えることにした。
「……あの、アシュレイ様」
「ああ」
「私がいただく褒美は……もう、とっくに頂いてしまっております」
「……何?」
私のその言葉に、アシュレイ様は、心底不思議そうな顔をした。
私は、頬が熱くなるのを感じながら、精一杯の勇気を振り絞って、続けた。
「こうして、アシュレイ様のお傍にいられること。毎日、お顔を見て、お話ができること。……それが、私にとって、世界で一番の、最高の褒美なのです」
私は、そこまで一気に言うと、恥ずかしさのあまり、俯いてしまった。
「ですから……もう、これ以上、私が望むものなど、何もございません。ただ、これからも、こうしてアシュレイ様と一緒にいさせていただけるだけで……私は、世界で一番、幸せです」
私の、精一杯の告白。
その言葉が、部屋の静寂の中に、ぽつりと落ちた。
アシュレイ様は、何も言わなかった。
あまりの静けさに、何か失礼なことを言ってしまったのだろうかと、私は不安になって、おずおずと顔を上げた。
そして、彼の顔を見て、息をのんだ。
彼は、固まっていた。
まるで、時間が止められたかのように、微動だにせず、私を見つめていた。その紫の瞳は、これ以上ないほどに大きく見開かれ、信じられない、という驚愕と、そして……何か、とてつもなく尊いものに触れたかのような、深い感動の色に、揺らめいていた。
やがて、彼は、絞り出すような、かすれた声で、呟いた。
「……君は」
彼は、言葉を続けられないようだった。ゆっくりと、天を仰ぎ、深く、深く息を吐く。そして、まるで耐えきれないとでも言うように、片手で自分の顔を覆った。
「……君は、本当に、どこまで……私を、夢中にさせる気なんだ……」
その声は、喜びと、愛おしさと、そしてどうしようもないほどの感情がごちゃ混ぜになった、ほとんど悲鳴に近い響きを持っていた。
次の瞬間。
私の身体は、再び、彼の強い腕の中に、力いっぱい抱きしめられていた。
先ほどよりも、ずっと、ずっと強く。まるで、私の身体を、自分の中に溶かしてしまいたいとでも言うかのように。
「……アシュレイ様?」
私は、彼の突然の行動に、きょとんとしてしまう。
「ああ、駄目だ……もう、駄目だ……」
彼は、私の髪に顔を埋め、感極まったように、何度も何度も呟いた。
「これ以上、私をどうしたいんだ、リナリア……。君という存在そのものが、私にとっての、人生最高の褒美だというのに……」
その言葉の意味を、私はすぐには理解できなかった。
ただ、彼の腕の力が、彼の心臓の鼓動が、彼の私を呼ぶ声が、これ以上ないほどの愛情で満ち溢れていることだけは、痛いほどに伝わってきた。
私は、彼の腕の中で、なぜ彼がこれほどまでに喜んでくれているのか分からないまま、それでも、彼の幸せそうな気配に、自分の心も、温かく満たされていくのを感じていた。
大きな試練を乗り越えた夜。
私たちの心は、これ以上ないほどに、甘く、そして深く、結びついていた。
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