外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第51話:新たな依頼の打診

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王宮での謁見を終えてから、数日が過ぎた。
まるで嵐のような非日常が過ぎ去り、公爵邸には再び穏やかな時間が流れていた。けれど、その日常は、以前とは明らかに質が違っていた。
私の立場は、一夜にして劇的に変わった。
『聖女』。
『国の宝』。
そんな、私にはあまりにも不釣り合いな称号が、いつの間にか私の肩書きになっていた。屋敷の使用人たちは、以前にも増して私に敬意を払ってくれるようになり、その扱いの丁寧さには、未だに慣れずに恐縮してしまうこともしばしばだった。
けれど、そんな私の戸惑いを、アシュレイ様はいつも隣で優しく解きほぐしてくれた。
「君は、その称号に値するだけのことをしたのだ。もっと、胸を張ればいい」
彼のその言葉が、私の心の支えだった。
私は、相変わらず『癒やしの時間』を続け、蘇った花壇の世話をし、図書室で彼と語らう。その穏やかな日々が、何よりも愛おしかった。この幸せが、私の新しい現実なのだと、少しずつ実感できるようになっていた。

変化の兆しは、静かに、しかし確実に訪れた。
ある日の朝、執事長のセバスチャンさんが、山のように積まれた手紙を前に、珍しく困惑した表情で眉をひそめていた。
公爵邸に、毎日多くの手紙が届くのは珍しいことではない。アシュレイ様は国務にも深く関わっているし、広大な領地の運営もしている。だが、今日の郵便物の量は、明らかに異常だった。
しかも、その差出人のほとんどが、これまでアイゼンベルク家とはさほど付き合いのなかった、国内の様々な貴族たちからだった。侯爵家、伯爵家、中には地方の男爵家からのものまである。
「セバスチャンさん、どうかしましたか?」
朝食を終え、廊下を歩いていた私が声をかけると、彼ははっとしたように顔を上げた。
「ああ、リナリア様。いえ、これは……」
彼は言葉を濁したが、その視線が手紙の山に向けられていることで、原因がそこにあることは明らかだった。
その日の午後、アシュレイ様の書斎で、その謎は解き明かされた。
「……ということで、閣下。これが、本日午前中に届いたものだけでございます」
セバスチャンさんは、アシュレイ様の机の上に、仕分けされた手紙の束をいくつも置いた。その全てが、同じ種類の内容だという。
アシュレイ様は、その中の一通を手に取り、静かに目を通した。そして、読み終える頃には、その眉間には深い皺が刻まれていた。
「……なるほどな。こうなることは、予想していたが」
彼は、苦々しげに呟いた。
「アシュレイ様、何か?」
隣でお茶を淹れていた私が心配そうに尋ねると、彼は溜息交じりに、その手紙を私に見せてくれた。
「君に、直接関係のあることだ」
私はおずおずと、その手紙を受け取った。差出人は、東方の領地を治める、高名な侯爵家の当主だった。
その内容は、非常に丁寧な言葉で綴られてはいたが、要約すればこうだった。
『聖女リナリア様の、万物を修復するという奇跡のお力、聞き及んでおります。つきましては、我が家に代々伝わるも、五十年前に戦で砕けてしまった、伝説の魔導鎧を、是非ともお力で修復していただけないでしょうか。もちろん、謝礼はいくらでもお支払いいたします』
「魔導鎧……」
「それだけではない」
アシュレイ様は、別の手紙を指さした。
「こちらの子爵家からは、先祖が愛用していたが、今はもう音の出ない名器ストラディバリウスの修復依頼だ。あちらの伯爵家からは、家宝である古代魔法文明時代のティアラを、と」
彼の言葉通り、机の上に積まれた手紙の全てが、私への『修復依頼』だった。
壊れてしまった先祖代々の家宝、失われた伝説の武具、音色をなくした楽器。その一つ一つが、持ち主である貴族たちにとっては、お金には代えがたい大切な宝物なのだろう。
彼らにとって、私の出現は、まさに最後の希望に見えたに違いない。
けれど、アシュレイ様の表情は、晴れないままだった。
「……彼らに悪気がないのは分かっている。だが、気に食わん」
彼は、低い声で言った。
「君は、便利な道具ではない。彼らの個人的な感傷を満たすために、その貴重な力を使わせるなど、私は許すわけにはいかない」
その言葉は、私のことを心から案じてくれているからこそのものだと、痛いほど分かった。彼は、私が王宮で政治の道具にされそうになったように、今度は貴族たちの私利私欲のために利用されることを、何よりも警戒しているのだ。
私は、黙って手紙の山を見つめていた。
複雑な気持ちだった。
自分に、そんな大役が務まるのだろうか。伝説の鎧や、名器のヴァイオリン。そんな、国宝級のものを、本当に私が直せるのだろうか。その不安が、まず心をよぎった。
しかし、それと同時に。
私の心の奥底で、これまで感じたことのない種類の、温かい感情が芽生えているのにも気づいていた。
誰かに、求められている。
私のこの力が、誰かの役に立てるかもしれない。誰かの、哀しみを、喜びへと変えることができるかもしれない。
それは、アシュレイ様の呪いを癒やすのとは、また違う種類の使命感だった。
かつては「出来損ない」と蔑まれ、誰からも必要とされていなかった私が、今、こんなにも多くの人々から、助けを求められている。
その事実が、私の胸を、静かな、しかし確かな喜びで満たした。
私は、ゆっくりと顔を上げた。そして、心配そうに私を見つめるアシュレイ様に向かって、自分の正直な気持ちを伝えることにした。
「……アシュレイ様」
「なんだ」
「もし、もしも、私にできることでしたら……。困っている方々の、お力になりたいです」
それは、私の心からの言葉だった。
私のその返事に、アシュレイ様は、少し驚いたように目を見開いた。そして、何かを深く考えるように、しばらくの間、黙り込んでしまった。
彼の心の中で、私を危険から遠ざけたいという過保護な気持ちと、私の自主性を尊重したいという愛情が、激しくせめぎ合っているのが、私には分かった。
やがて、彼は、一つの決断を下したように、大きく息を吐いた。
そして、私に向き直ると、どこまでも優しい、しかし力強い声で、告げた。
「……分かった。リナリア」
彼は、私の前に立つと、私の両肩に手を置いた。
「君が、そうしたいと願うのなら、私はそれを止めはしない。君のその優しさと強さを、私は誰よりも信じているからな」
その言葉に、私の胸は熱くなった。
「だが、条件がある」
彼は、真剣な瞳で私を見つめた。
「全ての依頼を受ける必要はない。君の力が、無限ではないことを、君自身が一番よく分かっているはずだ。君が、心から『助けてあげたい』と思ったものだけを、選びなさい。そして、決して、無理はしないこと」
「はい……」
「これらの依頼は、全て私が一度目を通し、君に危険が及ぶ可能性のあるものや、不純な動機が見え隠れするものは、私の判断で弾かせてもらう。君は、私が選別した安全な依頼の中から、自分の心に従って、受けるかどうかを決めればいい。……それで、いいか?」
それは、私を守るための、彼なりの最大限の譲歩と、愛情表現だった。
私は、胸がいっぱいになりながら、力強く、こくりと頷いた。
「はい! ありがとうございます、アシュレイ様!」
私のその返事を見て、彼は心から安堵したように、その整った貌を綻ばせた。
そして、私の頭を、優しく、慈しむように撫でてくれた。
穏やかな日常の中に、新しい風が吹き込んできた。
私の力が、アシュレイ様だけでなく、もっと多くの人々を幸せにできるかもしれない。
その新しい可能性に、私の心は、未来への確かな希望と、そして身が引き締まるような、新たな使命感に満ち溢れていくのだった。
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