外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第52話:アシュレイの選別

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私が貴族たちからの依頼を受ける決意を固めた、その翌日から。
アシュレイ様の書斎は、さながら依頼を精査するための司令室のようになっていた。
机の上には山のように積まれた手紙が広げられ、アシュレイ様と執事長のセバスチャンさんが、一通一通その内容に鋭い目を通していく。
私はその様子を、少し離れたソファでお茶を飲みながら、どこか申し訳ないような、しかし興味深い気持ちで見守っていた。
「……この男爵家からの依頼は却下だ」
アシュレイ様が低い声で言った。その手には、美しい花の絵が描かれた便箋が握られている。
「閣下、なぜですかな? 先祖代々の美しい絵皿が割れてしまったとのこと。リナリア様のお力であれば、容易いことかと」
セバスチャンさんが不思議そうに尋ねる。
「手紙の文面をよく見てみろ、セバスチャン」
アシュレイ様は、やれやれとでも言うように息をついた。
「『謝礼は望みのままに』。ここまではいい。だが、その後の文言だ。『つきましては、我が家の晩餐会へ是非とも聖女様をご招待したく……』。下心が透けて見える」
「……なるほど」
セバスチャンさんは納得したように頷いた。
「つまり、彼らの目的は絵皿の修復そのものではない。リナリア様を自らの晩餐会に招き、『聖女と懇意である』と他の貴族たちに自慢することが真の目的なのだ。……リナリアを利用して、自分の家の格を上げようという浅ましい魂胆、というわけですな」
「その通りだ。リナリアの優しさに付け込むような依頼は全て弾け。彼女の力を、そのような者たちのために使わせるわけにはいかん」
アシュレイ様の声は冷徹そのものだった。
私は、彼らのやりとりを聞きながら少しだけぞっとした。貴族の世界は私が想像しているよりもずっと複雑で、様々な思惑が渦巻いているのだ。もしアシュレイ様のこの選別がなければ、私は何も知らずに彼らの思惑に利用されてしまっていたかもしれない。
「次だ」
アシュレイ様は、破り捨てた手紙をゴミ箱に投げ入れると、次の手紙を手に取った。
「辺境伯からの依頼。『呪われた沼の浄化』? 馬鹿な。リナリナをそのような危険な場所に赴かせるわけにはいかんだろう。却下だ」
「侯爵夫人から。『亡き夫の形見の懐中時計を』。……ふむ。これは純粋な依頼のように見えるが……いや、待て。この夫人は最近、若い騎士との浮名の噂があったな。亡き夫への感傷に浸っている場合か。却下」
「子爵家から。『跡目争いで破られてしまった、家の系譜図を』。……家の内輪揉めにリナリアを巻き込むな。却下」
却下、却下、却下。
アシュレイ様の選別は、あまりにも厳格で容赦がなかった。
依頼主の人格、動機の純粋さ、依頼内容の安全性。その全てを、アイゼンベルク公爵家の諜報網を駆使して徹底的に調べ上げ、ほんの少しでも疑わしい点があれば、彼は迷うことなくその依頼を切り捨てていく。
その様は、まるで私の前に立ちはだかる最強の門番のようだった。
セバスチャンさんも、主君のその徹底ぶりに、感心と、そして少しばかりの呆れが混じったような表情を浮かべていた。
「閣下。その基準で選別なさると、リナリア様にお見せできる依頼がほとんどなくなってしまいますが……」
「構わん。むしろその方がいい。リナリアは何もしなくてもいいのだ。彼女が穏やかに、そして安全に過ごしてくれること。それが私の最優先事項なのだからな」
アシュレイ様はきっぱりと言い切った。その声には微塵の迷いもない。
私はソファの上で、自分の頬が熱くなるのを感じた。
彼の過保護ぶりは分かっていたつもりだった。けれど、こうして目の当たりにすると、その愛情の深さと徹底ぶりに胸がいっぱいになってしまう。
同時に、少しだけ申し訳ない気持ちにもなった。
本当に困っていて、助けを求めている人がいるかもしれないのに。彼の厳しすぎる選別が、その人たちの最後の望みを断ち切ってしまっているのではないか、と。
私は意を決して立ち上がった。
そして、真剣な顔で手紙を睨みつけているアシュレイ様のそばへと歩み寄った。
「……あの、アシュレイ様」
「なんだ、リナリア」
彼は手紙から顔を上げずに、ぶっきらぼうに答えた。その意識は完全に『門番』としての仕事に集中している。
「その……あまり厳しくしすぎないでくださいませんか」
私のその言葉に、アシュレイ様は、ようやく驚いたように顔を上げた。
「……何を言う。私は君のためにやっているのだぞ」
「はい、それは痛いほど分かっております。本当に感謝しております」
私は、彼の気持ちを傷つけないように慎重に言葉を選んだ。
「ですが、私は私の力を必要としてくださっている方々のお力になりたいのです。たとえその方の動機が少しだけ不純であったとしても。たとえその場所に少しだけ危険があったとしても」
「リナリア……」
「もちろん、アシュレイ様が私の身を案じてくださるのはとても嬉しいです。ですが、私はもう守られているだけの弱い存在ではありたくないのです」
私は彼の目をまっすぐに見つめた。
「私にも選ばせてください。私自身の目で手紙を読んで、その方の想いを感じて、私が本当に助けたいと思う依頼を、私自身の意思で選びたいのです」
それは、私のささやかな、しかし確かな自立宣言だった。
アシュレイ様は私のその言葉に虚を突かれたように、しばらく黙っていた。その紫の瞳の中で、過保護な守護者としての自分と私の成長を願う恋人としての自分が、激しく葛藤しているのが見て取れた。
やがて、彼は深く、深く息を吐いた。
そして、まるで降参したかのように、その肩の力をふっと抜いた。
「……分かった」
彼は観念したように言った。
「君は本当に……私が思っているよりも、ずっと強くなったのだな」
その声には寂しさと、そしてそれ以上の深い誇らしさが滲んでいた。
彼は机の上に広げられた手紙の山を、私の方へと押しやった。
「……では、門番の仕事は今日限りで廃業としよう。代わりに私は君の隣で助言をする、賢者の役目に徹することにする」
彼は悪戯っぽく片目をつぶってみせた。
「さあ、聖女リナリア様。あなたの最初の『お仕事』を、ご自分で、お選びなさい」
その言葉に、私の顔はぱっと輝いた。
「はい!」
私は力強く頷くと、少しだけ緊張しながら、机の上に広げられた、たくさんの人々の想いが詰まった手紙の山へと向き直った。
アシュレイ様という最強の門番から、最強の相談役へ。
彼に見守られながら、私の聖女としての本当の第一歩が、今、始まろうとしていた。
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