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第53話:壊れたティアラの修復
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アシュレイ様という最強の相談役を得て、私は机の上に広げられた手紙の山と改めて向き合った。
一つ一つの手紙に込められた切実な想い。それを私自身の心で感じ取り、最初のお仕事を決める。その責任の重さに、私の背筋は自然と伸びた。
「慌てる必要はない。ゆっくり一枚ずつ読んでいくといい」
隣の椅子に腰掛けたアシュレイ様が、穏やかな声で私を促してくれた。
私はこくりと頷くと、一番上にあった手紙をそっと手に取った。
差出人は、初老の侯爵夫人、エレオノーラ・フォン・ヴァレンシュタインと記されている。ヴァレンシュタイン家は古くから続く由緒正しい家柄だが、近年は財政が傾き、かつての栄華は失われつつあるとマーサさんから聞いたことがあった。
私は、その美しい、しかしどこか震えているようにも見える筆跡で綴られた手紙をゆっくりと読み始めた。
『聖女リナリア様
初めまして。突然のお手紙、お許しくださいまし。
わたくしは、エレオノーラ・フォン・ヴァレンシュタインと申します。
聖女様が王宮にて世界樹様を蘇らせたという奇跡の報せ、この老いた身にも希望の光のように届きました。
誠に厚かましいお願いとは存じますが、わたくしにも一つだけ、聖女様のお力をお借りしたい儀がございます。
我がヴァレンシュタイン家に、代々伝わる一つのティアラがございます。
それは百年前に建国の英雄王が、我が家の初代当主の妻、すなわちわたくしの曽祖母にあたる女性に、その功績を讃えて下賜されたという、大変名誉ある品でございます。
しかし、そのティアラは五十年前の火災の折に、一部が焼け落ち、宝石もいくつか失われてしまいました。以来、我が家の金庫の奥深くで眠ったままとなっております。
わたくしには、今年十八歳になる孫娘がおります。
その娘が来月、初めての夜会(デビュタント)を迎えることになりました。
傾きかけた我が家には、孫娘に新しいドレスや宝飾品を買い与える余裕もございません。せめてあの子の晴れの日に、先祖代々のティアラを本来の美しい姿で着けさせてやりたい。それが、この老婆の最後の願いなのでございます。
どうか、聖女様。
我が家のささやかな、しかし大切な誇りを、あなた様のお力で修復していただけないでしょうか。
もちろん、謝礼は十分にさせていただきます。……と言いましても、今の我が家にはお恥ずかしながら金銭的な余裕はございません。ですが、我が家に伝わる古代魔法に関する古文書の数々を、全てお譲りすることをお約束いたします。
どうか、この老婆の願いをお聞き届けくださいますよう、心よりお願い申し上げます。
敬具
エレオノーラ・フォン・ヴァレンシュタイン』
読み終えた時、私の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
手紙から伝わってくるのは、自分の家の格を上げたいというような下世話な欲望ではなかった。
ただひたすらに、愛する孫娘の晴れの舞台を先祖から受け継いだ誇りで飾ってやりたいという、祖母の深く、そして温かい愛情だった。
「……アシュレイ様」
私が涙声で彼を見上げると、彼もまた静かな、そして優しい目で私を見つめていた。
「この方の、お力になりたいです。私、この依頼をお受けしたいです」
私のその言葉に、アシュレイ様はゆっくりと、そして力強く頷いた。
「……ああ。君がそう言うだろうと思っていた」
彼はその手紙を手に取ると、もう一度その文面に目を通した。
「このエレオノーラ夫人は、社交界でも気骨のあるご婦人として知られている。夫君を亡くした後も女手一つで傾きかけた家を守り、その清廉な人柄は多くの者から尊敬されている」
彼は私に安心させるように、そう付け加えた。
「それに、謝礼として提示されている古文書も興味深い。アイゼンベルク家の書庫にもない希少なものが含まれているかもしれん。……リナリア、君の最初の仕事として、これ以上のものはないだろう」
彼が私の選択を心から認めてくれた。
その事実が、私の胸を温かい喜びで満たした。
翌日、私たちはヴァレンシュタイン侯爵家の屋敷を訪れた。
屋敷は王都の少し外れにあり、かつては壮麗だったであろうその佇まいには、時の流れを感じさせる古びた雰囲気が漂っていた。
私たちを出迎えてくれたのは、エレオノーラ夫人本人だった。背筋はしゃんと伸びているが、その顔には深い皺が刻まれ、ドレスも上質ではあるが明らかに時代遅れのデザインのものだった。
彼女はアシュレイ様の姿を見て、深く、深くお辞儀をした。そして私の姿を認めると、その目に信じられないという驚きと、そして感謝の涙を浮かべた。
「まあ……聖女様、そして公爵閣下までもが直々に……。この老婆のために、なんともったいないことでございましょう」
「お気になさらないでください、夫人」
アシュレイ様が穏やかな声で言った。
「これはリナリアが、自らの意思で選んだことです」
その言葉に、エレオノーラ夫人はさらに感極まったようにハンカチで目元を押さえた。
応接室に通された私たちは、早速そのティアラを見せてもらうことになった。
夫人が震える手で、古びた宝石箱を開ける。
現れたのは、確かに美しい、しかし見るも無惨に壊れたティアラだった。
銀細工の台座は火災で焼けて黒く変色し、一部は熱で歪んでしまっている。本来そこにあったであろう宝石はいくつも抜け落ち、空虚な穴だけが残っていた。
けれど、その奥底に、かつての輝かしい栄光とヴァレンシュタイン家の誇りが今もなお息づいているのを、私は確かに感じた。
「……お預かりいたします」
私はそのティアラを、丁重に両手で受け取った。
そしてエレオノーラ夫人が固唾を飲んで見守る前で、私はそっと目を閉じた。
スキル【修復】。
このティアラを本来の、最も輝かしかった頃の姿に。愛する孫娘の未来を照らす希望の光に。
私の両手から温かい黄金色の光が溢れ出す。その光は壊れたティアラを、優しく、そして力強く包み込んでいった。
黒く焼けていた銀の台座はその輝きを取り戻し、歪んでいた部分は滑らかな曲線を描いて元の形へと戻っていく。
そして、抜け落ちていた宝石のあった場所には光の中から新しい宝石が、まるで生まれいずるかのように一つ、また一つと姿を現した。それはただ元に戻るだけではない。私の力がこのティアラが本来持っていた魔力を呼び覚まし、宝石そのものを再構成しているのだ。
やгаて、光が収まった時。
私の手のひらにあったのは、もはや壊れたティアラではなかった。
寸分の狂いもなく修復され、まるで作りたてのようにまばゆいばかりの輝きを放つ、完璧なティアラ。
その美しさは、おそらく百年前に英雄王から下賜された時よりも、さらに増しているだろう。
「まあ……!」
エレオノーラ夫人が息をのむ声が聞こえた。彼女は信じられないという表情で、そのティアラと私の顔を何度も見比べている。
私はその完璧なティアラを、彼女にそっと差し出した。
「……お約束、果たしました。エレオノーラ様」
私のその言葉に、彼女の目から大粒の涙が堰を切ったように溢れ出した。
「ありがとう……! ありがとうございます、聖女様……!」
彼女はティアラを受け取ると、それを胸に抱きしめ、子供のように声を上げて泣いた。
その姿を見て、私の胸も熱いものでいっぱいになった。
自分の力が、また一つ誰かの幸せを生み出すことができた。
その確かな実感と温かい喜びが、私の心をどこまでも、どこまでも満たしていくのだった。
聖女としての私の最初の一歩は、こうして大きな成功と共に静かに踏み出された。
一つ一つの手紙に込められた切実な想い。それを私自身の心で感じ取り、最初のお仕事を決める。その責任の重さに、私の背筋は自然と伸びた。
「慌てる必要はない。ゆっくり一枚ずつ読んでいくといい」
隣の椅子に腰掛けたアシュレイ様が、穏やかな声で私を促してくれた。
私はこくりと頷くと、一番上にあった手紙をそっと手に取った。
差出人は、初老の侯爵夫人、エレオノーラ・フォン・ヴァレンシュタインと記されている。ヴァレンシュタイン家は古くから続く由緒正しい家柄だが、近年は財政が傾き、かつての栄華は失われつつあるとマーサさんから聞いたことがあった。
私は、その美しい、しかしどこか震えているようにも見える筆跡で綴られた手紙をゆっくりと読み始めた。
『聖女リナリア様
初めまして。突然のお手紙、お許しくださいまし。
わたくしは、エレオノーラ・フォン・ヴァレンシュタインと申します。
聖女様が王宮にて世界樹様を蘇らせたという奇跡の報せ、この老いた身にも希望の光のように届きました。
誠に厚かましいお願いとは存じますが、わたくしにも一つだけ、聖女様のお力をお借りしたい儀がございます。
我がヴァレンシュタイン家に、代々伝わる一つのティアラがございます。
それは百年前に建国の英雄王が、我が家の初代当主の妻、すなわちわたくしの曽祖母にあたる女性に、その功績を讃えて下賜されたという、大変名誉ある品でございます。
しかし、そのティアラは五十年前の火災の折に、一部が焼け落ち、宝石もいくつか失われてしまいました。以来、我が家の金庫の奥深くで眠ったままとなっております。
わたくしには、今年十八歳になる孫娘がおります。
その娘が来月、初めての夜会(デビュタント)を迎えることになりました。
傾きかけた我が家には、孫娘に新しいドレスや宝飾品を買い与える余裕もございません。せめてあの子の晴れの日に、先祖代々のティアラを本来の美しい姿で着けさせてやりたい。それが、この老婆の最後の願いなのでございます。
どうか、聖女様。
我が家のささやかな、しかし大切な誇りを、あなた様のお力で修復していただけないでしょうか。
もちろん、謝礼は十分にさせていただきます。……と言いましても、今の我が家にはお恥ずかしながら金銭的な余裕はございません。ですが、我が家に伝わる古代魔法に関する古文書の数々を、全てお譲りすることをお約束いたします。
どうか、この老婆の願いをお聞き届けくださいますよう、心よりお願い申し上げます。
敬具
エレオノーラ・フォン・ヴァレンシュタイン』
読み終えた時、私の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
手紙から伝わってくるのは、自分の家の格を上げたいというような下世話な欲望ではなかった。
ただひたすらに、愛する孫娘の晴れの舞台を先祖から受け継いだ誇りで飾ってやりたいという、祖母の深く、そして温かい愛情だった。
「……アシュレイ様」
私が涙声で彼を見上げると、彼もまた静かな、そして優しい目で私を見つめていた。
「この方の、お力になりたいです。私、この依頼をお受けしたいです」
私のその言葉に、アシュレイ様はゆっくりと、そして力強く頷いた。
「……ああ。君がそう言うだろうと思っていた」
彼はその手紙を手に取ると、もう一度その文面に目を通した。
「このエレオノーラ夫人は、社交界でも気骨のあるご婦人として知られている。夫君を亡くした後も女手一つで傾きかけた家を守り、その清廉な人柄は多くの者から尊敬されている」
彼は私に安心させるように、そう付け加えた。
「それに、謝礼として提示されている古文書も興味深い。アイゼンベルク家の書庫にもない希少なものが含まれているかもしれん。……リナリア、君の最初の仕事として、これ以上のものはないだろう」
彼が私の選択を心から認めてくれた。
その事実が、私の胸を温かい喜びで満たした。
翌日、私たちはヴァレンシュタイン侯爵家の屋敷を訪れた。
屋敷は王都の少し外れにあり、かつては壮麗だったであろうその佇まいには、時の流れを感じさせる古びた雰囲気が漂っていた。
私たちを出迎えてくれたのは、エレオノーラ夫人本人だった。背筋はしゃんと伸びているが、その顔には深い皺が刻まれ、ドレスも上質ではあるが明らかに時代遅れのデザインのものだった。
彼女はアシュレイ様の姿を見て、深く、深くお辞儀をした。そして私の姿を認めると、その目に信じられないという驚きと、そして感謝の涙を浮かべた。
「まあ……聖女様、そして公爵閣下までもが直々に……。この老婆のために、なんともったいないことでございましょう」
「お気になさらないでください、夫人」
アシュレイ様が穏やかな声で言った。
「これはリナリアが、自らの意思で選んだことです」
その言葉に、エレオノーラ夫人はさらに感極まったようにハンカチで目元を押さえた。
応接室に通された私たちは、早速そのティアラを見せてもらうことになった。
夫人が震える手で、古びた宝石箱を開ける。
現れたのは、確かに美しい、しかし見るも無惨に壊れたティアラだった。
銀細工の台座は火災で焼けて黒く変色し、一部は熱で歪んでしまっている。本来そこにあったであろう宝石はいくつも抜け落ち、空虚な穴だけが残っていた。
けれど、その奥底に、かつての輝かしい栄光とヴァレンシュタイン家の誇りが今もなお息づいているのを、私は確かに感じた。
「……お預かりいたします」
私はそのティアラを、丁重に両手で受け取った。
そしてエレオノーラ夫人が固唾を飲んで見守る前で、私はそっと目を閉じた。
スキル【修復】。
このティアラを本来の、最も輝かしかった頃の姿に。愛する孫娘の未来を照らす希望の光に。
私の両手から温かい黄金色の光が溢れ出す。その光は壊れたティアラを、優しく、そして力強く包み込んでいった。
黒く焼けていた銀の台座はその輝きを取り戻し、歪んでいた部分は滑らかな曲線を描いて元の形へと戻っていく。
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やгаて、光が収まった時。
私の手のひらにあったのは、もはや壊れたティアラではなかった。
寸分の狂いもなく修復され、まるで作りたてのようにまばゆいばかりの輝きを放つ、完璧なティアラ。
その美しさは、おそらく百年前に英雄王から下賜された時よりも、さらに増しているだろう。
「まあ……!」
エレオノーラ夫人が息をのむ声が聞こえた。彼女は信じられないという表情で、そのティアラと私の顔を何度も見比べている。
私はその完璧なティアラを、彼女にそっと差し出した。
「……お約束、果たしました。エレオノーラ様」
私のその言葉に、彼女の目から大粒の涙が堰を切ったように溢れ出した。
「ありがとう……! ありがとうございます、聖女様……!」
彼女はティアラを受け取ると、それを胸に抱きしめ、子供のように声を上げて泣いた。
その姿を見て、私の胸も熱いものでいっぱいになった。
自分の力が、また一つ誰かの幸せを生み出すことができた。
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