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第82話:迫りくる危機
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エドワード王子とゼノビアの密通という、国家を揺るがす陰謀の証拠を掴んだアシュレイは、眠らない夜を過ごした。
夜明けと共に彼は国王アルフォンス三世との緊急謁見を要請し、その密約書の写しを王の前に突きつけた。
玉座の間で、そのおぞましい内容に目を通した国王は絶句した。そしてその表情は驚愕から深い哀しみへ、そして最終的には燃えるような怒りへと変わっていった。
我が息子が国を売った。
その信じがたい、しかし動かぬ事実が老王の心を容赦なく打ちのめした。
「……すぐにエドワードを捕らえよ!」
国王の震える声が、玉座の間に響き渡った。
しかし、その命令はあまりにも遅すぎた。
近衛騎士たちがエドワード王子の居室へと踏み込んだ時、そこはすでにもぬけの殻だったのだ。彼はアシュレイの動きを察知したのか、あるいはゼノビアからの手引きがあったのか、昨夜のうちに数人の側近と共に王宮から姿を消していた。
その報せは王宮内に、そして王都全体に大きな衝撃と混乱をもたらした。
第二王子が敵国と通じ、逃亡。
その前代未聞のスキャンダルは民衆の不安を一気に頂点へと押し上げた。街では様々な憶測やデマが飛び交い、人々は互いを疑い疑心暗鬼に陥っていた。
王都を覆う不穏な空気は、もはや誰の目にも明らかな『危機』へとその姿を変えていた。
一方、その頃、魔術国家ゼノビアの国境近く。
魔術師長ゾルディアスは、自らが率いる精鋭の魔術師団を前に不気味な笑みを浮かべていた。
彼の元にはアシュレイに追い払われた密偵シルヴァからの報告と、そして王都内の協力者からの情報が続々と集まってきていた。
「……ふふふ。全て計画通り」
ゾルディアスは痩せこけた指で、水晶玉を撫でながら悦に入っていた。
「エドワードというあの愚かな王子が、見事にかの国を内側から掻き乱してくれている。王もアシュレイも、今頃は国内の反乱分子の鎮圧に手一杯のはず」
彼の狙いは、まさにそこにあった。
王国内に陽動となる混乱を引き起こす。そしてアシュレイの意識がそちらに向いている、その一瞬の隙を突く。
「聖女リナリアは今、アイゼンベルク公爵邸にいる。警備は確かに厳重だろう。だが主であるアシュレイが王宮との対応に追われている今ならば……」
彼の瞳が、 predatory な光を宿した。
「……我らが直接乗り込む好機」
彼の目的は、もはやリナリアの力の探求などではなかった。
その身柄を確実に、そして力尽くで奪取する。
その規格外の癒やしの力を、ゼノビアという国家の最大の兵器として手に入れる。
そのための全ての準備は整っていた。
「者ども、聞け!」
ゾルディアスの甲高い声が、集まった魔術師たちに響き渡る。
「これより我らは敵国の心臓部へと侵入する。目的はただ一つ。聖女リナリア・エルフィールドの身柄確保だ」
彼の言葉に魔術師たちの間から、低い、しかし好戦的などよめきが起こった。
「アシュレイ・フォン・アイゼンベルクという、多少腕の立つ騎士がいるやもしれん。だが案ずるな。奴は今、我らの仕掛けた罠に気を取られている」
ゾルディアスは自信に満ちた声で言い放った。
「我らの古代魔術の前には、いかなる騎士団も赤子同然。聖女を速やかに確保し、このゼノビアへと連れ帰るのだ。……これは我が国の未来を懸けた聖戦である!」
おおおっ!という魔術師たちの雄叫びが、大地を震わせた。
その日の夜。
ゾルディアス率いる魔術師団は、古代の『転移魔法陣』を使い、その姿をゼノビアの地から完全に消し去った。
彼らが次に出現する場所。
それはアイゼンベルク公爵邸の目と鼻の先。
王都の深い闇の中だった。
公爵邸の書斎では、アシュレイが次々と舞い込んでくる混乱した情報に眉をひそめていた。
エドワードの逃亡。それを手引きした貴族たちのリスト。そしてそれに呼応するかのように、領地の境界で不審な動きを見せ始めたゼノビア軍の小部隊。
全てが巧妙に連動している。
敵の狙いが陽動であることには、彼も気づいていた。
だがその陽動の先に、一体何があるのか。
敵の真の目的は、何なのか。
「……まさか」
その時、アシュレイの脳裏に最悪の可能性が稲妻のように閃いた。
陽動。
自分の注意を王宮や国境へと向けさせる。
その間に手薄になった、最も重要な場所を直接叩く。
最も重要な場所。
「……リナリア!」
彼は叫ぶように、その名を口にした。
敵の真の狙い。
それはリナリア本人。
アシュレイは血の気が引くのを感じた。そしてすぐさま書斎を飛び出した。
「ギルバート! 全騎士に通達! 屋敷の警備を最大レベルに引き上げろ! 敵の本隊が来るぞ!」
彼の緊迫した声が、長い廊下に響き渡る。
しかし、その警告はほんの少しだけ遅かった。
その時すでに、公爵邸を囲む高い塀の外には黒いローブを纏った数十の不気味な人影が、音もなく集結しつつあったのだ。
彼らが一斉に、古代の呪文を唱え始める。
公爵邸を守る強力な防御結界が、その邪悪な魔力の前にみしみしと悲鳴を上げ始めた。
穏やかだったはずの夜は、今、破られようとしていた。
リナリアの身に、そして二人の運命に、最大の危機が刻一刻と迫っていた。
夜明けと共に彼は国王アルフォンス三世との緊急謁見を要請し、その密約書の写しを王の前に突きつけた。
玉座の間で、そのおぞましい内容に目を通した国王は絶句した。そしてその表情は驚愕から深い哀しみへ、そして最終的には燃えるような怒りへと変わっていった。
我が息子が国を売った。
その信じがたい、しかし動かぬ事実が老王の心を容赦なく打ちのめした。
「……すぐにエドワードを捕らえよ!」
国王の震える声が、玉座の間に響き渡った。
しかし、その命令はあまりにも遅すぎた。
近衛騎士たちがエドワード王子の居室へと踏み込んだ時、そこはすでにもぬけの殻だったのだ。彼はアシュレイの動きを察知したのか、あるいはゼノビアからの手引きがあったのか、昨夜のうちに数人の側近と共に王宮から姿を消していた。
その報せは王宮内に、そして王都全体に大きな衝撃と混乱をもたらした。
第二王子が敵国と通じ、逃亡。
その前代未聞のスキャンダルは民衆の不安を一気に頂点へと押し上げた。街では様々な憶測やデマが飛び交い、人々は互いを疑い疑心暗鬼に陥っていた。
王都を覆う不穏な空気は、もはや誰の目にも明らかな『危機』へとその姿を変えていた。
一方、その頃、魔術国家ゼノビアの国境近く。
魔術師長ゾルディアスは、自らが率いる精鋭の魔術師団を前に不気味な笑みを浮かべていた。
彼の元にはアシュレイに追い払われた密偵シルヴァからの報告と、そして王都内の協力者からの情報が続々と集まってきていた。
「……ふふふ。全て計画通り」
ゾルディアスは痩せこけた指で、水晶玉を撫でながら悦に入っていた。
「エドワードというあの愚かな王子が、見事にかの国を内側から掻き乱してくれている。王もアシュレイも、今頃は国内の反乱分子の鎮圧に手一杯のはず」
彼の狙いは、まさにそこにあった。
王国内に陽動となる混乱を引き起こす。そしてアシュレイの意識がそちらに向いている、その一瞬の隙を突く。
「聖女リナリアは今、アイゼンベルク公爵邸にいる。警備は確かに厳重だろう。だが主であるアシュレイが王宮との対応に追われている今ならば……」
彼の瞳が、 predatory な光を宿した。
「……我らが直接乗り込む好機」
彼の目的は、もはやリナリアの力の探求などではなかった。
その身柄を確実に、そして力尽くで奪取する。
その規格外の癒やしの力を、ゼノビアという国家の最大の兵器として手に入れる。
そのための全ての準備は整っていた。
「者ども、聞け!」
ゾルディアスの甲高い声が、集まった魔術師たちに響き渡る。
「これより我らは敵国の心臓部へと侵入する。目的はただ一つ。聖女リナリア・エルフィールドの身柄確保だ」
彼の言葉に魔術師たちの間から、低い、しかし好戦的などよめきが起こった。
「アシュレイ・フォン・アイゼンベルクという、多少腕の立つ騎士がいるやもしれん。だが案ずるな。奴は今、我らの仕掛けた罠に気を取られている」
ゾルディアスは自信に満ちた声で言い放った。
「我らの古代魔術の前には、いかなる騎士団も赤子同然。聖女を速やかに確保し、このゼノビアへと連れ帰るのだ。……これは我が国の未来を懸けた聖戦である!」
おおおっ!という魔術師たちの雄叫びが、大地を震わせた。
その日の夜。
ゾルディアス率いる魔術師団は、古代の『転移魔法陣』を使い、その姿をゼノビアの地から完全に消し去った。
彼らが次に出現する場所。
それはアイゼンベルク公爵邸の目と鼻の先。
王都の深い闇の中だった。
公爵邸の書斎では、アシュレイが次々と舞い込んでくる混乱した情報に眉をひそめていた。
エドワードの逃亡。それを手引きした貴族たちのリスト。そしてそれに呼応するかのように、領地の境界で不審な動きを見せ始めたゼノビア軍の小部隊。
全てが巧妙に連動している。
敵の狙いが陽動であることには、彼も気づいていた。
だがその陽動の先に、一体何があるのか。
敵の真の目的は、何なのか。
「……まさか」
その時、アシュレイの脳裏に最悪の可能性が稲妻のように閃いた。
陽動。
自分の注意を王宮や国境へと向けさせる。
その間に手薄になった、最も重要な場所を直接叩く。
最も重要な場所。
「……リナリア!」
彼は叫ぶように、その名を口にした。
敵の真の狙い。
それはリナリア本人。
アシュレイは血の気が引くのを感じた。そしてすぐさま書斎を飛び出した。
「ギルバート! 全騎士に通達! 屋敷の警備を最大レベルに引き上げろ! 敵の本隊が来るぞ!」
彼の緊迫した声が、長い廊下に響き渡る。
しかし、その警告はほんの少しだけ遅かった。
その時すでに、公爵邸を囲む高い塀の外には黒いローブを纏った数十の不気味な人影が、音もなく集結しつつあったのだ。
彼らが一斉に、古代の呪文を唱え始める。
公爵邸を守る強力な防御結界が、その邪悪な魔力の前にみしみしと悲鳴を上げ始めた。
穏やかだったはずの夜は、今、破られようとしていた。
リナリアの身に、そして二人の運命に、最大の危機が刻一刻と迫っていた。
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