外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第81話:陰謀の証拠

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建国記念パーティーの夜が明けた後、王都はしばらくの間その話題で持ちきりだった。
聖女リナリアが起こした奇跡とその圧倒的な美しさ。そして彼女とアシュレイ公爵の、絵画のように美しいダンス。それらは吟遊詩人たちによって瞬く間に歌となり、物語となり、国中に広まっていった。
私を巡る評価は完全に逆転した。もはや私を『出来損ない』と呼ぶ者はどこにもいない。私は名実ともに、この国の希望の象徴、真の『聖女』として人々に認められたのだ。
しかし、アシュレイ様の心は決して晴れてはいなかった。
パーティーの夜、テラスで感じたあの微かな殺気。それは彼の心に、小さいが決して消えることのない棘のように突き刺さっていた。
彼はその正体がゼノビアの密偵であることに、ほぼ確信を抱いていた。そして彼らがリナリアを狙っているという事実が、彼の警戒心を最大限にまで引き上げていた。
彼は私には何も告げなかった。私を無用な不安に晒したくなかったからだ。
しかしその水面下で、彼はアイゼンベルク公爵家の持つ全ての力を総動員して、敵の正体とその目的を探り始めていた。
書斎の灯りは連日、夜明けまで消えることがなかった。

そんなある日の深夜。
執事長のセバスチャンが、アシュレイ様の書斎の扉を静かに、しかし緊急性を帯びた様子でノックした。
「……閣下。夜分に失礼いたします」
「入れ」
中から、疲労の色を隠せない低い声がした。
セバスチャンが部屋に入ると、アシュレイ様は机の上に広げられた王都の地図と無数の報告書に囲まれ、深く椅子に身を沈めていた。
「……何か掴めたか」
「はっ」
セバスチャンは厳かな表情で、一通の封蝋された書簡をアシュレイ様に差し出した。
「先ほど、我らが王宮内に配置しております『目』より極秘の報告が」
アシュレイ様は素早くその封を切り、中の羊皮紙に目を通し始めた。
最初は険しい表情だった。しかし読み進めるうちに、その紫の瞳に驚愕と、そして全てが繋がったという冷徹な確信の色が浮かび上がっていく。
「……やはりか」
彼は吐き捨てるようにそう呟いた。
その羊皮紙に記されていたのは、にわかには信じがたい、しかし動かぬ証拠に裏付けられた衝撃的な事実だった。
第二王子エドワードが謹慎中であるにも関わらず、密かにゼノビアの密使と接触を繰り返している。
その証拠がそこには記されていた。
接触の場所、時間、そして交わされた会話のおぞましい内容まで。
『……アシュレイ公爵さえ排除できれば。そうすれば聖女の力は、我らのものとなる』
『貴国にはそのためのご協力を願いたい。見返りは約束しよう。私がこの国の王になった暁には……』
「……愚かな」
アシュレイ様の唇から、絶対零度の声が漏れた。
彼は自らの王位への野心のために、そして私とアシュレイ様への個人的な憎悪のために、国を敵国に売り渡そうとしていたのだ。
王宮内で起きていた原因不明の小火や騒動。それらも全て、王宮の警備体制を混乱させ彼らが密会するための目くらましだったのだ。
「セバスチャン」
「はっ」
「この情報の信憑性は」
「間違いございません。我らが最も信頼する『影』からの報告。これがその会合で交わされた、密約書の写しでございます」
セバスチャンはもう一つの羊皮紙を差し出した。そこにはエドワード王子の署名と、ゼノビアの貴族のものと思われる紋章がはっきりと記されている。
それは彼の反逆を決定づける完璧な証拠だった。
アシュレイ様はしばらくの間、その密約書を憎悪に満ちた目で見つめていた。
彼の頭の中では、全ての点が一つの線として繋がっていた。
パーティーの夜に感じたあの殺気。
王都に漂う不穏な空気。
そしてエドワード王子の異常なまでの執着。
全てはゼノビアが裏で糸を引く壮大な陰謀の一部だったのだ。そしてその最終的な目的は、聖女であるリナリアの力を奪うこと。
その事実に、アシュレイ様の全身をかつてないほどの激しい怒りが駆け巡った。
リナリアを、私の光を、あのような者たちの汚れた手に渡してたまるか。
「……セバスチャン」
彼の声はもはや何の感情も含まない、無機質な響きを持っていた。
「騎士団長ギルバートを至急ここへ呼べ。……戦争の準備を始める」
その言葉に、さすがのセバス-チャンも息をのんだ。
「か、閣下。それはあまりにも……」
「躊躇している時間はない。敵はすでに我々の喉元までその刃を突きつけているのだ。こちらが動く前に奴らが動くぞ」
彼の瞳には、敵を殲滅するという冷酷非情な決意の光だけが宿っていた。
「この証拠を明朝、国王陛下の下へ届ける。だが陛下がご決断なさるのを待ってはいられない。我々は我々のやり方でリナリアを、そしてこの国を守る」
その声にはアイゼンベルク公爵家当主としての、絶対的な覚悟が込められていた。
「御意」
セバスチャンは主君のその決意を悟ると、もはや何も言わず深く、深く頭を下げた。
その夜、公爵邸は眠らなかった。
アシュレイ様の号令一下、騎士たちが密かに召集され、屋敷の警備体制は臨戦態勢に匹敵するレベルにまで引き上げられた。
書斎の窓から遠くに見える王宮のシルエットを、アシュレイ様は冷たい目で見つめていた。
(エドワード……。そしてゼノビアよ。貴様らは決して触れてはならないものに手を出した。その愚かさの代償を、その身をもって支払わせてやる)
静かな、しかし確実な反撃の狼煙が今、上がった。
穏やかな日常の裏側で二つの国を巻き込む巨大な嵐が、刻一刻とその勢力を増していた。
その嵐の中心に愛する少女がいることを、アシュレイはただ唇を噛みしめながら見つめることしかできなかった。
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