外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第83話:アシュレイの決意

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「敵襲! 敵襲!」
騎士の一人の切羽詰まった叫び声が、深夜の公爵邸に響き渡った。
その声と屋敷全体を揺るがす不気味な地響きは、ほぼ同時だった。
書斎を飛び出したアシュレイは窓の外を見て、自らの最悪の予感が的中したことを悟った。
屋敷の敷地全体を覆っているはずの半透明の防御結界が、まるで嵐の中のガラスのように激しく震え、無数のひび割れを走らせていたのだ。そしてその結界の外側には、黒いローブを纏った数十の人影が、不気味な詠唱を続けながら屋敷を取り囲んでいる。
ゼノビアの魔術師団。
奴ら、本気でここを直接叩きに来たか。
アシュレイの全身を、怒りと闘争本能が一気に駆け巡った。
「ギルバート!」
「はっ! ここに!」
彼の背後から、すでに戦闘態勢に入った騎士団長ギルバートが駆け寄ってくる。
「敵はゼノビアの魔術師団だ! 数はおよそ五十! 全員第一級の使い手と見える!」
上空から偵察用の魔法で状況を把握していた別の騎士が報告する。
「結界が持ちません! 敵の術式は我々の知らない古代のものです!」
バリン!というガラスが砕け散るような甲高い音と共に。
ついに公爵邸を守っていた防御結界が、完全に破壊された。
邪悪な瘴気が夜風と共に、庭園の中へと一気になだれ込んでくる。
「総員、抜刀! 迎撃態勢を取れ!」
ギルバートの雷鳴のような号令が飛ぶ。屋敷の至る所から鎧の擦れる音と共に、武装した騎士たちが次々と飛び出してきた。彼らの顔には緊張の色は浮かんでいるが、恐怖の色はない。彼らは皆アシュレイと共に、幾多の死線を潜り抜けてきた百戦錬磨の勇者たちだった。
アシュレイは冷静に、しかし迅速に指示を出す。
「ギルバート! お前は第一隊を率いて正面の敵を叩け! 第二隊は裏手へ回れ! 敵を完全に包囲し、一人たりとも逃がすな!」
「御意! ……して、閣下は?」
ギルバートの問いに、アシュレイは腰に佩いていた愛剣の柄を強く握りしめた。
「私は奴らの長を討つ」
彼の紫の瞳が、敵陣の中央でひときわ強い魔力を放っている一人の人物を正確に捉えていた。
フードを目深にかぶってはいるが間違いない。あの男こそ、この部隊を率いる指揮官。
「そして……」
アシュレイはギルバートに向き直ると、これ以上ないほどに真剣な、そして絶対的な命令を下した。
「……リナリアを守れ」
その声には、彼の魂の全てが込められていた。
「たとえこの屋敷が灰になろうと、我々全員の命が尽きようと、彼女の髪一本たりとも傷つけさせるな。……よいな」
「……はっ! このギルバート、命に代えましても!」
ギルバートは主君のその覚悟を悟り、力強く胸を叩いた。
その時、私の部屋がある二階の棟の窓に明かりが灯ったのにアシュレイは気づいた。騒ぎに彼女が目を覚ましてしまったのだ。
(……リナリア)
彼の胸を、一瞬だけ不安がよぎる。
だが彼は、その感情をすぐに振り払った。
今、自分がすべきことは感傷に浸ることではない。
愛する者を守り抜くこと。
そのための戦いだ。
「……リナリア」
彼は誰にも聞こえない声で、彼女の名前をもう一度呟いた。
「君を絶対に守り抜く」
それは彼が自分自身に課した、絶対的な誓い。
彼は振り返ることなく書斎へと戻ると、壁に飾られていた一振りの剣をその手に取った。
それは私が修復した聖剣エクシードではなかった。
聖剣は国王の元にあり、今は王宮の宝物庫に厳重に保管されている。
彼が手にしたのはアイゼンベルク公爵家に代々伝わるもう一つの宝剣、『夜天』。その名の通り夜の闇を切り裂くと言われる、黒曜石のような美しい刀身を持つ魔剣だった。
彼はその剣を携え、再び戦いの喧騒の中へとその身を投じた。
その背中は、もはや優しい恋人のものでも慈悲深い領主のものでもなかった。
それはただ、己が守るべき唯一の光のために全ての敵を殲Mする、冷酷非情な一人の戦士の背中だった。

その頃、私は部屋の窓から眼下で繰り広げられる信じられない光景を、ただ呆然と見つめていた。
騎士たちの怒号。
剣と剣がぶつかり合う甲高い金属音。
そしてゼノビアの魔術師たちが放つ、色とりどりの、しかし邪悪な光を放つ攻撃魔法。
庭園はすでに戦場と化していた。美しい花壇は踏み荒らされ、芝生は魔法によって抉り取られている。
「……嘘」
私の唇から、かすれた声が漏れた。
穏やかで幸せだった私たちの日常が、今、目の前で容赦なく破壊されていく。
そしてその戦いの中心で、黒い剣を閃かせ鬼神の如く戦うアシュレイ様の姿。
彼の剣技はもはや人間のそれを超えていた。一体で三人の魔術師を同時に相手にしながら、彼は一歩も引くことなく優雅に、そして冷酷に敵を切り伏せていく。
けれど敵の数も、そしてその実力も尋常ではなかった。
騎士たちが一人、また一人と傷つき、倒れていく。
「アシュレイ様……!」
私はたまらず彼の名前を叫んだ。
私の心は恐怖と、そして何もできない自分への無力感で張り裂けそうだった。
私がここにいるから。
私のこの力のせいで。
この人たちが傷つき、そして私たちの愛する場所が壊されていく。
その事実に、私は耐えられなかった。
(……私にできることは)
私は震える手で、窓枠を強く握りしめた。
(私にしかできないことは、何……?)
その答えは、もう私の心の中では決まっていた。
逃げることも隠れることも、もうしない。
私も戦うのだ。
この人を、そしてこの愛する場所を守るために。
聖女としての私の本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
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