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第89話:黒幕の登場
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黄金色の光が、地下聖堂の全てを包み込んでいた。
私の意識は王都の心核と完全に同化し、その巨大な傷を癒やすことだけに全神経を集中させていた。亀裂はみるみるうちに塞がり、荒れ狂っていた魔力の奔流は穏やかなせせらぎのように、その静けさを取り戻しつつあった。
あと、もう少し。
あと少しで、この国の守りは完全に再生する。
その希望に満ちた奇跡の瞬間に、背後からそれは投げかけられた。
「――見事なものだな。聖女殿」
ねっとりとした、蛇が這うような老人の声。
その声は、この神聖な空間にはあまりにも不釣り合いな、どす黒い邪気を孕んでいた。
私の集中が、一瞬だけ乱れた。黄金色の光がわずかに揺らめく。
振り返ることはできない。今、力を緩めれば心核の修復は失敗に終わってしまう。
「……誰です」
私は心核に手を触れたまま、背後に向かって問いかけた。
声に反応して、地下聖堂の入り口を守っていたはずの護衛の騎士たちが、悲鳴ともつかないうめき声を上げた。そして、どさり、と何かが倒れる音が重く響く。
セバスチャンさんの緊迫した声が聞こえた。
「……貴様ら、何者だ!?」
「ふふふ。老いぼれの執事がしゃしゃり出るな」
闇の中から、ゆっくりと二つの人影が姿を現した。
一人はフードを目深にかぶった、骸骨のように痩せこけた老魔術師。その手には不気味な髑髏の飾りがついた杖が握られている。彼こそ、数々の陰謀を裏で操ってきたゼノビアの魔術師長、ゾルディアスだった。
そして、その隣に立つもう一人の人物の姿を見て、セバスチャンさんは息をのんだ。
「……エドワード殿下」
そこにいたのは、王宮から逃亡したはずの第二王子エドワードだった。
しかし、その姿はもはやかつての優雅な王子の面影をどこにも残してはいなかった。その瞳は狂気と、そして何かに取り憑かれたかのような虚な光を宿している。その手には、王家の者しか持つことを許されない儀礼用の短剣が力なく握られていた。
「セバスチャンか。久しいな」
エドワードは虚ろな笑みを浮かべた。
「邪魔をするな。私はこの聖女様と、少しばかりお話がしたいだけだ」
「殿下! 正気にお戻りください! 貴方がなさっていることは、この国への完全なる反逆行為ですぞ!」
セバスチャンさんの悲痛な叫び。
しかし、その声はエドワードの耳には届いていなかった。
ゾルディアスが、くつくつと喉の奥で乾いた笑い声を上げた。
「無駄だ、執事よ。この王子はもはや我らの『人形』。己の嫉妬心と権力欲に魂を売り渡した、哀れな抜け殻よ」
その言葉通り、エドワードの瞳の奥には微かな紫色の魔力の光が不気味に揺らめいていた。彼はゾルディアスの強力な精神支配の魔術によって、完全に操られているのだ。
「さて、聖女殿」
ゾルディアスは私に向き直った。
「その力、噂以上だ。まさか古代の大結界まで修復してみせるとは。……ますます欲しくなったわい」
その粘つくような視線が、私の背中に突き刺さる。
「我が国に来るがいい。ゼノビアに来れば、そなたを女王として迎え入れてやろう。その力を思う存分振るうがいい。……どうだ? 悪い話ではあるまい」
その甘い誘惑の言葉に、私の心は一ミリたりとも揺らがなかった。
「……お断りします」
私はきっぱりと言い放った。
「私はこの国の聖女。アシュレイ様のただ一人の癒やし手です。あなたのような邪悪な者のために、この力を使うことは決してありません」
私のその揺るぎない拒絶の言葉に、ゾルディアスの顔がフードの奥で醜く歪んだ。
「……そうか。残念だ。実に残念だ」
彼の声から温度が消えた。
「ならば仕方あるまい。……力尽くででも、その身柄頂くとしよう」
彼が、その髑髏の杖をゆっくりと私に向けた。
杖の先端に、どす黒い紫色の魔力が渦を巻き始める。それはアシュレイ様を長年苦しめてきた、呪詛の魔力そのものだった。
「セバスチャン! リナリア様をお守りしろ!」
僅かに残っていた護衛の騎士が、決死の覚悟で私の前に立ちはだかろうとする。
しかし、彼らの動きはあまりにも遅かった。
「――闇に沈め」
ゾルディアスの冷たい声と共に。
杖の先端から、漆黒の魔力の奔流が放たれた。
それは光さえも飲み込む、絶対的な闇の波動。
騎士たちは、その波動に触れることさえできず、一瞬にしてその場に崩れ落ち意識を失った。
「ぐっ……!」
セバスチャンさんもまたその余波を受け、苦悶の声を上げて壁際まで吹き飛ばされる。
もはや私を守る者は誰もいなかった。
そして、その闇の魔力は勢いを衰えさせることなく、まっすぐに私へと迫ってくる。
まずい。
今、私は心核の修復に全霊力を注いでいる。動くことも、防御魔法を張ることもできない。
このままでは、あの闇に呑み込まれてしまう。
(アシュレイ様……!)
私は心の中で愛する人の名前を叫んだ。
死を覚悟した。
その瞬間だった。
私の目の前に、突如として一つの黒い影が舞い降りた。
キィィィィン!
という甲高い金属音。
漆黒の魔剣『夜天』が、ゾルディアスの放った闇の波動を真正面から受け止めていた。
その剣を握る、広くて逞しい背中。
夜の闇を纏ったかのような漆黒の軍服。
そして、風に揺れる美しい銀色の髪。
「……アシュレイ様……!」
私の喉から、安堵とそして歓喜に震える声が漏れた。
彼は私の叫びを、私の危機を感じ取って、この絶体絶命の瞬間に駆けつけてくれたのだ。
「……ようやく現れたか。闇を喰らう大物め」
ゾルディアスが憎々しげに吐き捨てた。
アシュレイ様は振り返ることなく、私を守るようにその前に立ちはだかったまま、低く、そして燃えるような怒りに満ちた声で言った。
「……貴様らか。私の大切な宝物に手を出そうとした、愚かな虫けらは」
彼の全身から、これまでに感じたこともないほどの凄まじい闘気がオーラとなって立ち上っていた。
地下聖堂の空気が、二人の絶対的な強者が放つ魔力と闘気によってビリビリと震える。
黒幕の登場。
そして、宿命の対決。
私の、そしてこの国の運命を懸けた最後の戦いが、今、始まろうとしていた。
私の意識は王都の心核と完全に同化し、その巨大な傷を癒やすことだけに全神経を集中させていた。亀裂はみるみるうちに塞がり、荒れ狂っていた魔力の奔流は穏やかなせせらぎのように、その静けさを取り戻しつつあった。
あと、もう少し。
あと少しで、この国の守りは完全に再生する。
その希望に満ちた奇跡の瞬間に、背後からそれは投げかけられた。
「――見事なものだな。聖女殿」
ねっとりとした、蛇が這うような老人の声。
その声は、この神聖な空間にはあまりにも不釣り合いな、どす黒い邪気を孕んでいた。
私の集中が、一瞬だけ乱れた。黄金色の光がわずかに揺らめく。
振り返ることはできない。今、力を緩めれば心核の修復は失敗に終わってしまう。
「……誰です」
私は心核に手を触れたまま、背後に向かって問いかけた。
声に反応して、地下聖堂の入り口を守っていたはずの護衛の騎士たちが、悲鳴ともつかないうめき声を上げた。そして、どさり、と何かが倒れる音が重く響く。
セバスチャンさんの緊迫した声が聞こえた。
「……貴様ら、何者だ!?」
「ふふふ。老いぼれの執事がしゃしゃり出るな」
闇の中から、ゆっくりと二つの人影が姿を現した。
一人はフードを目深にかぶった、骸骨のように痩せこけた老魔術師。その手には不気味な髑髏の飾りがついた杖が握られている。彼こそ、数々の陰謀を裏で操ってきたゼノビアの魔術師長、ゾルディアスだった。
そして、その隣に立つもう一人の人物の姿を見て、セバスチャンさんは息をのんだ。
「……エドワード殿下」
そこにいたのは、王宮から逃亡したはずの第二王子エドワードだった。
しかし、その姿はもはやかつての優雅な王子の面影をどこにも残してはいなかった。その瞳は狂気と、そして何かに取り憑かれたかのような虚な光を宿している。その手には、王家の者しか持つことを許されない儀礼用の短剣が力なく握られていた。
「セバスチャンか。久しいな」
エドワードは虚ろな笑みを浮かべた。
「邪魔をするな。私はこの聖女様と、少しばかりお話がしたいだけだ」
「殿下! 正気にお戻りください! 貴方がなさっていることは、この国への完全なる反逆行為ですぞ!」
セバスチャンさんの悲痛な叫び。
しかし、その声はエドワードの耳には届いていなかった。
ゾルディアスが、くつくつと喉の奥で乾いた笑い声を上げた。
「無駄だ、執事よ。この王子はもはや我らの『人形』。己の嫉妬心と権力欲に魂を売り渡した、哀れな抜け殻よ」
その言葉通り、エドワードの瞳の奥には微かな紫色の魔力の光が不気味に揺らめいていた。彼はゾルディアスの強力な精神支配の魔術によって、完全に操られているのだ。
「さて、聖女殿」
ゾルディアスは私に向き直った。
「その力、噂以上だ。まさか古代の大結界まで修復してみせるとは。……ますます欲しくなったわい」
その粘つくような視線が、私の背中に突き刺さる。
「我が国に来るがいい。ゼノビアに来れば、そなたを女王として迎え入れてやろう。その力を思う存分振るうがいい。……どうだ? 悪い話ではあるまい」
その甘い誘惑の言葉に、私の心は一ミリたりとも揺らがなかった。
「……お断りします」
私はきっぱりと言い放った。
「私はこの国の聖女。アシュレイ様のただ一人の癒やし手です。あなたのような邪悪な者のために、この力を使うことは決してありません」
私のその揺るぎない拒絶の言葉に、ゾルディアスの顔がフードの奥で醜く歪んだ。
「……そうか。残念だ。実に残念だ」
彼の声から温度が消えた。
「ならば仕方あるまい。……力尽くででも、その身柄頂くとしよう」
彼が、その髑髏の杖をゆっくりと私に向けた。
杖の先端に、どす黒い紫色の魔力が渦を巻き始める。それはアシュレイ様を長年苦しめてきた、呪詛の魔力そのものだった。
「セバスチャン! リナリア様をお守りしろ!」
僅かに残っていた護衛の騎士が、決死の覚悟で私の前に立ちはだかろうとする。
しかし、彼らの動きはあまりにも遅かった。
「――闇に沈め」
ゾルディアスの冷たい声と共に。
杖の先端から、漆黒の魔力の奔流が放たれた。
それは光さえも飲み込む、絶対的な闇の波動。
騎士たちは、その波動に触れることさえできず、一瞬にしてその場に崩れ落ち意識を失った。
「ぐっ……!」
セバスチャンさんもまたその余波を受け、苦悶の声を上げて壁際まで吹き飛ばされる。
もはや私を守る者は誰もいなかった。
そして、その闇の魔力は勢いを衰えさせることなく、まっすぐに私へと迫ってくる。
まずい。
今、私は心核の修復に全霊力を注いでいる。動くことも、防御魔法を張ることもできない。
このままでは、あの闇に呑み込まれてしまう。
(アシュレイ様……!)
私は心の中で愛する人の名前を叫んだ。
死を覚悟した。
その瞬間だった。
私の目の前に、突如として一つの黒い影が舞い降りた。
キィィィィン!
という甲高い金属音。
漆黒の魔剣『夜天』が、ゾルディアスの放った闇の波動を真正面から受け止めていた。
その剣を握る、広くて逞しい背中。
夜の闇を纏ったかのような漆黒の軍服。
そして、風に揺れる美しい銀色の髪。
「……アシュレイ様……!」
私の喉から、安堵とそして歓喜に震える声が漏れた。
彼は私の叫びを、私の危機を感じ取って、この絶体絶命の瞬間に駆けつけてくれたのだ。
「……ようやく現れたか。闇を喰らう大物め」
ゾルディアスが憎々しげに吐き捨てた。
アシュレイ様は振り返ることなく、私を守るようにその前に立ちはだかったまま、低く、そして燃えるような怒りに満ちた声で言った。
「……貴様らか。私の大切な宝物に手を出そうとした、愚かな虫けらは」
彼の全身から、これまでに感じたこともないほどの凄まじい闘気がオーラとなって立ち上っていた。
地下聖堂の空気が、二人の絶対的な強者が放つ魔力と闘気によってビリビリと震える。
黒幕の登場。
そして、宿命の対決。
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