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第九話 秘宝の指輪と芽生える噂
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Sランクの指輪。
その鑑定結果を前にして、俺はゴクリと唾を飲んだ。これが、あの『ブレイジング・ソード』ですら生涯お目にかかれるかどうかという代物だ。そんな伝説級のアイテムが今、俺の手の中にある。
「……危険すぎる」
俺は独りごちて、宝箱を閉じた。
この指輪の存在が外部に漏れれば、俺は間違いなく命を狙われる。今の俺とフェンでは、高ランクの冒険者や暗殺者に襲われればひとたまりもない。この力は、今の俺には不相応だ。
『カイン、どうかなさったのですか?』
「いや……すごい物を見つけてしまってな。だが、これはまだ俺たちが持つべきじゃない」
俺は指輪を革の小袋に入れ、懐の奥深くにしまい込んだ。覚醒には高純度の魔石が必要らしいが、今の俺にそんなものを手に入れる術はない。下手に持ち歩くより、今はその存在を完全に隠しておくべきだ。
「フェン、今日はもう引き上げるぞ。これ以上の深入りは危険だ」
『はい、カインの判断に従います』
俺たちは来た道を引き返し、再びダンジョンから脱出した。幸い、帰り道で新たな魔物に遭遇することはなかった。
霧の森を抜け、フロンティアの街へと戻る。夕暮れの赤い光が、俺たちの影を長く伸ばしていた。
腕に抱いたフェンが、俺の心に話しかけてくる。
『カイン、我々は強くなりましたか?』
「ああ、少しだけな。レベルも上がったし、お前との連携も分かってきた。だが、まだまだだ。俺たちが目指す場所は、もっとずっと高いところにある」
『はい! もっと強くなって、カインの役に立ちます!』
その健気な言葉に、俺の胸は温かくなった。こいつがいれば、どんな困難も乗り越えられる。そんな気がした。
街に戻った俺は、まずギルドへ向かった。シャドウクーガーを倒して得た魔石を換金するためだ。Eランクの魔石でも、二つ合わせれば銀貨数枚にはなるだろう。今の俺にとっては貴重な収入源だ。
ギルドの扉を開けると、カウンターにいたエリアナがぱっと顔を上げた。
「カインさん! お帰りなさい!」
彼女は駆け寄ってくると、まず俺の全身を検めるように見て、怪我がないことに安堵の息を漏らした。
「よかった……。本当にご無事で。心配で、仕事が手につきませんでしたよ」
「大げさだな。子供じゃないんだ」
「子供扱いはしていません! 心配なものは心配なんです!」
ぷくりと頬を膨らませるエリアナ。彼女の飾らない反応が、少しだけ心地よかった。
「依頼じゃないんだが、素材を買い取ってもらえるか?」
俺はカウンターに、シャドウクーガーの魔石二つと、その爪をいくつか置いた。
それを見た瞬間、エリアナの表情が変わった。
「これ……シャドウクーガーの素材……? まさか、カインさんがこれを?」
「ああ。森で偶然出くわしてな」
俺はこともなげに言ったが、エリアナの驚きは隠せないようだった。
「シャドウクーガーはEランクの魔物ですよ!? しかも俊敏で、二体一組で行動することが多い危険な相手です! それを、カインさん一人で……?」
彼女の目には、尊敬と信じられないという気持ちが入り混じっていた。
無理もない。昨日まで薬草採取の依頼を受けていたFランク冒険者が、一日でEランク魔物を二体も狩ってきたのだ。普通に考えればあり得ない話だ。
「相棒が、少しだけ優秀でな」
俺は外套の隙間から顔を出すフェンを撫でた。エリアナはフェンと俺の顔を交互に見て、何かを納得したように頷いた。
「そうだったんですね……。フェンちゃんは、ただのワンちゃんじゃなかったんだ……」
どうやら彼女の中で、フェンは「すごく賢くて強い魔獣の子供」という認識に落ち着いたらしい。神獣だとバレるよりはずっといい。
「これなら、全部で銀貨8枚になります。素晴らしい成果ですよ、カインさん!」
エリアナは興奮気味に査定額を告げた。
銀貨8枚。昨日の報酬を大きく上回る金額だ。俺はそれを受け取り、懐にしまった。
「カインさんなら、すぐにでもEランクに昇格できますよ! 推薦状を書きましょうか?」
「いや、まだいい。俺は俺のペースでやる」
ランクが上がれば、注目も集まる。今はまだ、目立たず力を蓄える時期だ。
俺がそう言うと、エリアナは少し残念そうだったが、それ以上は何も言わなかった。
「分かりました。でも、何か困ったことがあったら、いつでも相談してくださいね。私、カインさんとフェンちゃんの力になりたいですから」
その真っ直ぐな言葉に、俺は少しだけ照れくささを感じた。
「……ああ。ありがとう」
ギルドを後にし、宿屋への道を歩く。
今日の稼ぎは銀貨8枚。所持金は合わせて銀貨11枚になった。鋼鉄のダガーへの投資分を差し引いても、十分な利益だ。
この調子で依頼をこなし、装備を整え、レベルを上げていく。地道だが、それが一番の近道だ。
宿の部屋に戻り、俺は改めて懐からあの指輪を取り出した。
【神の眼】で何度鑑定しても、表示される情報は変わらない。
ランクSの秘宝。これを覚醒させることができれば、俺の戦力は飛躍的に向上するだろう。
「高純度の魔石、か……」
それは、高ランクダンジョンのボス級モンスターか、あるいは希少な鉱脈からしか採れない代物だ。今の俺には、どちらも縁がない。
だが、いつか必ず手に入れてみせる。
その日までは、この指輪は俺だけの秘密だ。
俺の周りで、小さな噂が芽生え始めていることには、まだ気づいていなかった。
『霧の森』で薬草を採ってきたかと思えば、次の日にはシャドウクーガーを狩ってくる謎の新人。ギルドの職員エリアナが、なぜかその新人を気にかけていること。
フロンティアという小さな街では、そんな噂はすぐに広まる。
だが、その噂が俺の耳に届くのは、もう少し先の話だ。
俺はただ、目の前の道を一歩一歩進むことだけを考えていた。
その鑑定結果を前にして、俺はゴクリと唾を飲んだ。これが、あの『ブレイジング・ソード』ですら生涯お目にかかれるかどうかという代物だ。そんな伝説級のアイテムが今、俺の手の中にある。
「……危険すぎる」
俺は独りごちて、宝箱を閉じた。
この指輪の存在が外部に漏れれば、俺は間違いなく命を狙われる。今の俺とフェンでは、高ランクの冒険者や暗殺者に襲われればひとたまりもない。この力は、今の俺には不相応だ。
『カイン、どうかなさったのですか?』
「いや……すごい物を見つけてしまってな。だが、これはまだ俺たちが持つべきじゃない」
俺は指輪を革の小袋に入れ、懐の奥深くにしまい込んだ。覚醒には高純度の魔石が必要らしいが、今の俺にそんなものを手に入れる術はない。下手に持ち歩くより、今はその存在を完全に隠しておくべきだ。
「フェン、今日はもう引き上げるぞ。これ以上の深入りは危険だ」
『はい、カインの判断に従います』
俺たちは来た道を引き返し、再びダンジョンから脱出した。幸い、帰り道で新たな魔物に遭遇することはなかった。
霧の森を抜け、フロンティアの街へと戻る。夕暮れの赤い光が、俺たちの影を長く伸ばしていた。
腕に抱いたフェンが、俺の心に話しかけてくる。
『カイン、我々は強くなりましたか?』
「ああ、少しだけな。レベルも上がったし、お前との連携も分かってきた。だが、まだまだだ。俺たちが目指す場所は、もっとずっと高いところにある」
『はい! もっと強くなって、カインの役に立ちます!』
その健気な言葉に、俺の胸は温かくなった。こいつがいれば、どんな困難も乗り越えられる。そんな気がした。
街に戻った俺は、まずギルドへ向かった。シャドウクーガーを倒して得た魔石を換金するためだ。Eランクの魔石でも、二つ合わせれば銀貨数枚にはなるだろう。今の俺にとっては貴重な収入源だ。
ギルドの扉を開けると、カウンターにいたエリアナがぱっと顔を上げた。
「カインさん! お帰りなさい!」
彼女は駆け寄ってくると、まず俺の全身を検めるように見て、怪我がないことに安堵の息を漏らした。
「よかった……。本当にご無事で。心配で、仕事が手につきませんでしたよ」
「大げさだな。子供じゃないんだ」
「子供扱いはしていません! 心配なものは心配なんです!」
ぷくりと頬を膨らませるエリアナ。彼女の飾らない反応が、少しだけ心地よかった。
「依頼じゃないんだが、素材を買い取ってもらえるか?」
俺はカウンターに、シャドウクーガーの魔石二つと、その爪をいくつか置いた。
それを見た瞬間、エリアナの表情が変わった。
「これ……シャドウクーガーの素材……? まさか、カインさんがこれを?」
「ああ。森で偶然出くわしてな」
俺はこともなげに言ったが、エリアナの驚きは隠せないようだった。
「シャドウクーガーはEランクの魔物ですよ!? しかも俊敏で、二体一組で行動することが多い危険な相手です! それを、カインさん一人で……?」
彼女の目には、尊敬と信じられないという気持ちが入り混じっていた。
無理もない。昨日まで薬草採取の依頼を受けていたFランク冒険者が、一日でEランク魔物を二体も狩ってきたのだ。普通に考えればあり得ない話だ。
「相棒が、少しだけ優秀でな」
俺は外套の隙間から顔を出すフェンを撫でた。エリアナはフェンと俺の顔を交互に見て、何かを納得したように頷いた。
「そうだったんですね……。フェンちゃんは、ただのワンちゃんじゃなかったんだ……」
どうやら彼女の中で、フェンは「すごく賢くて強い魔獣の子供」という認識に落ち着いたらしい。神獣だとバレるよりはずっといい。
「これなら、全部で銀貨8枚になります。素晴らしい成果ですよ、カインさん!」
エリアナは興奮気味に査定額を告げた。
銀貨8枚。昨日の報酬を大きく上回る金額だ。俺はそれを受け取り、懐にしまった。
「カインさんなら、すぐにでもEランクに昇格できますよ! 推薦状を書きましょうか?」
「いや、まだいい。俺は俺のペースでやる」
ランクが上がれば、注目も集まる。今はまだ、目立たず力を蓄える時期だ。
俺がそう言うと、エリアナは少し残念そうだったが、それ以上は何も言わなかった。
「分かりました。でも、何か困ったことがあったら、いつでも相談してくださいね。私、カインさんとフェンちゃんの力になりたいですから」
その真っ直ぐな言葉に、俺は少しだけ照れくささを感じた。
「……ああ。ありがとう」
ギルドを後にし、宿屋への道を歩く。
今日の稼ぎは銀貨8枚。所持金は合わせて銀貨11枚になった。鋼鉄のダガーへの投資分を差し引いても、十分な利益だ。
この調子で依頼をこなし、装備を整え、レベルを上げていく。地道だが、それが一番の近道だ。
宿の部屋に戻り、俺は改めて懐からあの指輪を取り出した。
【神の眼】で何度鑑定しても、表示される情報は変わらない。
ランクSの秘宝。これを覚醒させることができれば、俺の戦力は飛躍的に向上するだろう。
「高純度の魔石、か……」
それは、高ランクダンジョンのボス級モンスターか、あるいは希少な鉱脈からしか採れない代物だ。今の俺には、どちらも縁がない。
だが、いつか必ず手に入れてみせる。
その日までは、この指輪は俺だけの秘密だ。
俺の周りで、小さな噂が芽生え始めていることには、まだ気づいていなかった。
『霧の森』で薬草を採ってきたかと思えば、次の日にはシャドウクーガーを狩ってくる謎の新人。ギルドの職員エリアナが、なぜかその新人を気にかけていること。
フロンティアという小さな街では、そんな噂はすぐに広まる。
だが、その噂が俺の耳に届くのは、もう少し先の話だ。
俺はただ、目の前の道を一歩一歩進むことだけを考えていた。
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