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第十話 冒険者の流儀
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それから数日間、俺とフェンはダンジョンに潜り続けた。
朝、宿屋を出て『霧の森』へ向かい、日没までダンジョンで魔物を狩り、街へ戻る。そんな毎日を繰り返した。
俺たちのレベルは順調に上がっていった。【神の眼】による弱点看破と、フェンとの完璧な連携の前では、Dランククラスの魔物ですら敵ではなかった。
『カイン、右から来ます!』
「分かっている。フェンは左を頼む」
『はい!』
俺は突進してくるリザードマンの槍を最小限の動きでかわし、懐に潜り込む。がら空きになった脇腹に、鋼鉄のダガーを深く突き立てた。同時に、フェンがもう一体のリザードマンの足に噛みつき、体勢を崩したところへ俺が追撃のアイスアローを放つ。
戦闘は常に数秒で終わった。
レベルアップと共に、俺は新たなスキルを習得し、フェンから共有される魔法の精度も上がっていった。体術スキルも身につき、鑑定士とは思えないほどの動きが可能になっていた。
稼いだ金は、装備の強化に充てた。防御力の高い革鎧を新調し、予備のポーションも十分に揃える。所持金は着実に増え、銀貨は金貨へと変わっていった。
この日も、俺はダンジョンで得た素材を換金するため、ギルドを訪れていた。
カウンターにはいつものようにエリアナがいて、笑顔で俺を迎えてくれる。
「カインさん、お疲れ様です。今日はいかがでしたか?」
「まあまあだ。これを頼む」
俺はカウンターに、リザードマンの鱗や魔石を無造作に置いた。それを見たエリアナは、手際よく査定しながらも、心配そうな表情を隠せない。
「リザードマンの群れを一人で……。もう、あなたの実力を疑ったりはしませんけど、やっぱり無茶はしないでくださいね」
「分かっているさ」
俺がそう答えた時、背後からじろじろと値踏みするような視線を感じた。ギルドにいる他の冒険者たちだ。
最初は遠巻きに見ているだけだった彼らも、俺が連日高ランクの素材を持ち込むようになると、隠そうともせずに好奇と嫉妬の目を向けるようになっていた。
「おい、またあの新人だぜ」
「Fランクのくせに、毎日Dランク級の素材を持ち込みやがって」
「何か特別なスキルでも持ってんのか? それとも、あの犬コロが珍しい魔獣なのか」
ひそひそと交わされる会話が、俺の耳にも届く。
エリアナが、それに気づいて眉をひそめた。
「カインさん、気にしないでください。彼らは……」
「気にしてないさ。犬が吠えているだけだと思っている」
俺は平然とそう言って、エリアナから金貨を受け取った。
「じゃあな。また明日来る」
背を向けてギルドを出ようとした、その時だった。
三人の冒険者が、俺の行く手を塞ぐように立ちふさがった。いずれも俺より体格が良く、使い古された武具を身につけている。リーダー格らしき大柄な男が、にやにやと下品な笑みを浮かべていた。
「よう、新人。ちょっとツラ貸せや」
面倒なことになった。俺は内心でため息をつく。
【神の眼】が、瞬時に彼らの情報を表示した。
【名前】ボルツ
【職業】戦士
【ランク】D
【備考】パーティー『クラッシュホーン』のリーダー。短気で粗暴。
他の二人も、同じパーティーのメンバーらしい。Dランクパーティー。かつての俺なら見向きもしなかった相手だが、今の俺にとっては十分に面倒な存在だ。
「何の用だ。俺は急いでいるんだが」
「まあそう言うなよ。お前、最近ずいぶん羽振りがいいそうじゃねえか。なあ、俺たちにもその儲け話、一口噛ませてくれよ」
ボルツが俺の肩に馴れ馴れしく腕を回してくる。汗と安い酒の匂いが鼻をついた。
「儲け話なんてない。実力相応に稼いでいるだけだ」
「へえ、実力ねえ。そのちっこい体でか? それとも、そいつか?」
ボルツの視線が、俺の外套の中にいるフェンに向けられる。
「その銀色の犬、珍しい毛並みしてんな。高く売れそうだぜ。なあ、俺たちに譲ってくれよ。そうすりゃ、この街でうまくやっていけるように口利きしてやってもいいぜ?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中の何かが、ぷつりと切れた。
肩に置かれたボルツの腕を、俺は無言で振り払った。
「……今、何て言った?」
俺の声は、自分でも驚くほど低く、冷たくなっていた。
俺の態度の変化に、ボルツは一瞬たじろいだが、すぐに逆上して顔を赤くした。
「ああん? なんだてめえ、その目は! 新人のくせに生意気なんだよ!」
ボルツが拳を振り上げる。周囲の冒険者たちは、面白そうにこちらを遠巻きに見ているだけだ。エリアナが「やめてください!」と叫んでいるのが聞こえる。
だが、もう遅い。
振り下ろされる拳。その軌道、速度、力の入り具合。すべてが、俺の【神の眼】にはスローモーションで見えていた。
【攻略情報:右の拳による大振りの癖あり。踏み込みが甘く、軸足が不安定】
俺は体をわずかに捻るだけで、その拳を空振りさせる。体勢を崩したボルツの脇腹に、俺は肘を叩き込んだ。スキルで強化された体術による、的確な一撃だ。
「ぐっ……!?」
短い呻き声を上げて、ボルツが数歩後ずさる。
仲間の一人が、慌てて剣を抜いた。
「てめえ、ボルツさんに何しやがる!」
だが、彼が剣を振りかぶるより早く、俺は彼の足元にアイスアローを放った。凍りついた床に足を取られ、男は派手な音を立てて転倒する。
残るは一人。彼は恐怖に顔を引きつらせ、腰が引けていた。
「ひっ……!」
俺は彼には目もくれず、腹を押さえて呻くボルツにゆっくりと歩み寄った。
「いいか、よく聞け」
俺はボルツの胸ぐらを掴み、冷たい声で言い放った。
「俺が何を言われようが構わない。だが、俺の相棒を侮辱することだけは、絶対に許さない。次に同じ口をきいたら、その舌を引き抜いて二度と喋れないようにしてやる」
俺の目には、間違いなく殺気が宿っていただろう。
ボルツは恐怖に顔を歪め、がくがくと震えている。
「わ、分かった……。もう、何もしねえ……」
俺は彼を突き放し、埃を払うように自分の服を整えた。
ギルドの中は、水を打ったように静まり返っている。誰もが、信じられないものを見る目で俺を見ていた。Dランクパーティーのリーダーを、一瞬で、しかもほとんど素手で無力化したのだから。
俺は呆然と立ち尽くすエリアナに一瞥をくれる。
「騒がせたな。じゃあ」
それだけ言って、俺はギルドを後にした。
腕の中では、フェンが心配そうに俺を見上げている。
『カイン、大丈夫ですか?』
「問題ない。お前を馬鹿にする奴らは、俺が許さないだけだ」
『……カイン』
フェンが、俺の胸にぐりぐりと頭を押し付けてくる。その温もりが、俺の荒立った心を静めてくれた。
今日の出来事で、俺に関する噂はさらに広まるだろう。
だが、これでいい。中途半端な侮りは、さらなる面倒事を生むだけだ。ならば、最初から圧倒的な力を見せつけ、誰もが手出しできない存在だと思わせた方がいい。
辺境の街で静かに力を蓄えるという計画は、少し修正が必要になった。
だが、目的は変わらない。誰にも邪魔されず、俺とフェンが最強へと至る道を、俺は進むだけだ。
朝、宿屋を出て『霧の森』へ向かい、日没までダンジョンで魔物を狩り、街へ戻る。そんな毎日を繰り返した。
俺たちのレベルは順調に上がっていった。【神の眼】による弱点看破と、フェンとの完璧な連携の前では、Dランククラスの魔物ですら敵ではなかった。
『カイン、右から来ます!』
「分かっている。フェンは左を頼む」
『はい!』
俺は突進してくるリザードマンの槍を最小限の動きでかわし、懐に潜り込む。がら空きになった脇腹に、鋼鉄のダガーを深く突き立てた。同時に、フェンがもう一体のリザードマンの足に噛みつき、体勢を崩したところへ俺が追撃のアイスアローを放つ。
戦闘は常に数秒で終わった。
レベルアップと共に、俺は新たなスキルを習得し、フェンから共有される魔法の精度も上がっていった。体術スキルも身につき、鑑定士とは思えないほどの動きが可能になっていた。
稼いだ金は、装備の強化に充てた。防御力の高い革鎧を新調し、予備のポーションも十分に揃える。所持金は着実に増え、銀貨は金貨へと変わっていった。
この日も、俺はダンジョンで得た素材を換金するため、ギルドを訪れていた。
カウンターにはいつものようにエリアナがいて、笑顔で俺を迎えてくれる。
「カインさん、お疲れ様です。今日はいかがでしたか?」
「まあまあだ。これを頼む」
俺はカウンターに、リザードマンの鱗や魔石を無造作に置いた。それを見たエリアナは、手際よく査定しながらも、心配そうな表情を隠せない。
「リザードマンの群れを一人で……。もう、あなたの実力を疑ったりはしませんけど、やっぱり無茶はしないでくださいね」
「分かっているさ」
俺がそう答えた時、背後からじろじろと値踏みするような視線を感じた。ギルドにいる他の冒険者たちだ。
最初は遠巻きに見ているだけだった彼らも、俺が連日高ランクの素材を持ち込むようになると、隠そうともせずに好奇と嫉妬の目を向けるようになっていた。
「おい、またあの新人だぜ」
「Fランクのくせに、毎日Dランク級の素材を持ち込みやがって」
「何か特別なスキルでも持ってんのか? それとも、あの犬コロが珍しい魔獣なのか」
ひそひそと交わされる会話が、俺の耳にも届く。
エリアナが、それに気づいて眉をひそめた。
「カインさん、気にしないでください。彼らは……」
「気にしてないさ。犬が吠えているだけだと思っている」
俺は平然とそう言って、エリアナから金貨を受け取った。
「じゃあな。また明日来る」
背を向けてギルドを出ようとした、その時だった。
三人の冒険者が、俺の行く手を塞ぐように立ちふさがった。いずれも俺より体格が良く、使い古された武具を身につけている。リーダー格らしき大柄な男が、にやにやと下品な笑みを浮かべていた。
「よう、新人。ちょっとツラ貸せや」
面倒なことになった。俺は内心でため息をつく。
【神の眼】が、瞬時に彼らの情報を表示した。
【名前】ボルツ
【職業】戦士
【ランク】D
【備考】パーティー『クラッシュホーン』のリーダー。短気で粗暴。
他の二人も、同じパーティーのメンバーらしい。Dランクパーティー。かつての俺なら見向きもしなかった相手だが、今の俺にとっては十分に面倒な存在だ。
「何の用だ。俺は急いでいるんだが」
「まあそう言うなよ。お前、最近ずいぶん羽振りがいいそうじゃねえか。なあ、俺たちにもその儲け話、一口噛ませてくれよ」
ボルツが俺の肩に馴れ馴れしく腕を回してくる。汗と安い酒の匂いが鼻をついた。
「儲け話なんてない。実力相応に稼いでいるだけだ」
「へえ、実力ねえ。そのちっこい体でか? それとも、そいつか?」
ボルツの視線が、俺の外套の中にいるフェンに向けられる。
「その銀色の犬、珍しい毛並みしてんな。高く売れそうだぜ。なあ、俺たちに譲ってくれよ。そうすりゃ、この街でうまくやっていけるように口利きしてやってもいいぜ?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中の何かが、ぷつりと切れた。
肩に置かれたボルツの腕を、俺は無言で振り払った。
「……今、何て言った?」
俺の声は、自分でも驚くほど低く、冷たくなっていた。
俺の態度の変化に、ボルツは一瞬たじろいだが、すぐに逆上して顔を赤くした。
「ああん? なんだてめえ、その目は! 新人のくせに生意気なんだよ!」
ボルツが拳を振り上げる。周囲の冒険者たちは、面白そうにこちらを遠巻きに見ているだけだ。エリアナが「やめてください!」と叫んでいるのが聞こえる。
だが、もう遅い。
振り下ろされる拳。その軌道、速度、力の入り具合。すべてが、俺の【神の眼】にはスローモーションで見えていた。
【攻略情報:右の拳による大振りの癖あり。踏み込みが甘く、軸足が不安定】
俺は体をわずかに捻るだけで、その拳を空振りさせる。体勢を崩したボルツの脇腹に、俺は肘を叩き込んだ。スキルで強化された体術による、的確な一撃だ。
「ぐっ……!?」
短い呻き声を上げて、ボルツが数歩後ずさる。
仲間の一人が、慌てて剣を抜いた。
「てめえ、ボルツさんに何しやがる!」
だが、彼が剣を振りかぶるより早く、俺は彼の足元にアイスアローを放った。凍りついた床に足を取られ、男は派手な音を立てて転倒する。
残るは一人。彼は恐怖に顔を引きつらせ、腰が引けていた。
「ひっ……!」
俺は彼には目もくれず、腹を押さえて呻くボルツにゆっくりと歩み寄った。
「いいか、よく聞け」
俺はボルツの胸ぐらを掴み、冷たい声で言い放った。
「俺が何を言われようが構わない。だが、俺の相棒を侮辱することだけは、絶対に許さない。次に同じ口をきいたら、その舌を引き抜いて二度と喋れないようにしてやる」
俺の目には、間違いなく殺気が宿っていただろう。
ボルツは恐怖に顔を歪め、がくがくと震えている。
「わ、分かった……。もう、何もしねえ……」
俺は彼を突き放し、埃を払うように自分の服を整えた。
ギルドの中は、水を打ったように静まり返っている。誰もが、信じられないものを見る目で俺を見ていた。Dランクパーティーのリーダーを、一瞬で、しかもほとんど素手で無力化したのだから。
俺は呆然と立ち尽くすエリアナに一瞥をくれる。
「騒がせたな。じゃあ」
それだけ言って、俺はギルドを後にした。
腕の中では、フェンが心配そうに俺を見上げている。
『カイン、大丈夫ですか?』
「問題ない。お前を馬鹿にする奴らは、俺が許さないだけだ」
『……カイン』
フェンが、俺の胸にぐりぐりと頭を押し付けてくる。その温もりが、俺の荒立った心を静めてくれた。
今日の出来事で、俺に関する噂はさらに広まるだろう。
だが、これでいい。中途半端な侮りは、さらなる面倒事を生むだけだ。ならば、最初から圧倒的な力を見せつけ、誰もが手出しできない存在だと思わせた方がいい。
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