隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

文字の大きさ
6 / 97

第6話 屋上の聖域、あるいは胃袋を掴む未来の嫁

しおりを挟む
地獄のような午前中の授業が終わった。
もちろん、授業内容が地獄だったわけではない。俺を取り巻く環境そのものが、だ。
俺は常に数十の視線に晒され続けた。教師が俺を指名すれば、教室がざわつく。俺が教科書のページをめくる音ですら、誰かの注目を集めているような気がしてならなかった。精神的な疲労は、すでにピークに達している。
チャイムが鳴った瞬間、俺は救われたように息を吐いた。

「優斗、食堂行くぞ! 今日は唐揚げ定食だ!」
陽平が救いの手を差し伸べてくれる。ありがたい。今は一刻も早く、この針の筵のような教室から脱出したかった。
「ああ、行く。腹減ったな」
俺が財布を掴んで席を立とうとした、その時だった。
すっ、と白い手が伸びてきて、俺の腕を掴んだ。心臓が跳ねる。見ると、隣の席の雪城冬花が、いつの間にか俺の腕をしっかりとホールドしていた。その力は見た目に反して強く、俺は身動きが取れなくなった。
「優斗さん、お昼はご一緒しましょう」
彼女は俺と陽平にしか聞こえない、絶妙な声量で告げた。表情はいつものクールなままだが、その碧色の瞳には「拒否は許さない」という強い意志が宿っている。
「え、あ、いや、俺は陽平と食堂に……」
「おや、俺は別に構わんぞ?」
陽平がニヤリと笑って、あっさりと俺を売った。
「じゃあ、そういうことで。ごゆっくりどうぞー」
ひらひらと手を振り、陽平はさっさと教室を出て行ってしまう。裏切り者め。後で覚えてろ。

周囲のクラスメイトたちが、固唾を飲んで俺たちの動向を見守っている。氷の女王が、初めて誰かを食事に誘ったのだ。歴史的瞬間と言ってもいいだろう。そしてその相手が、なぜか俺なのだ。
「雪城さん、頼むから離してくれ。みんな見てる」
「気にする必要はありません。未来では、昼食は毎日一緒に摂っていました」
「また未来の話か……!」
「さあ、行きましょう。最高の場所を用意してあります」
有無を言わさぬ口調で、彼女は俺の腕を引いて歩き始めた。俺はなすすべもなく、まるで連行される宇宙人のように彼女の後についていくしかなかった。教室中の視線が、背中に突き刺さって痛い。

彼女が向かった先は、意外な場所だった。
階段を上り続け、最上階の突き当たり。そこには『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた、古びた鉄の扉があった。屋上へと続く扉だ。
「ここ、鍵かかってるだろ」
「問題ありません」
彼女はそう言うと、制服のポケットから一本のヘアピンを取り出した。そして、慣れた手つきで鍵穴に差し込み、数秒ほどカリカリと動かす。
カチャリ、と軽い音がして、鍵が開いた。
「……おい」
「未来のあなたは、よくここでサボっていましたから。開け方はあなたが教えてくれたんです」
とんでもない未来情報を暴露された。未来の俺は何をやっているんだ。そして、この子は一体何を習得しているんだ。
彼女は扉を開け、俺を手招きする。俺は恐る恐る、その向こう側へと足を踏み入れた。

春の風が、頬を優しく撫でていく。
コンクリートの床に、いくつかの給水タンク。フェンスの向こうには、俺たちが住む街の風景が広がっていた。誰にも邪魔されない、二人だけの空間。
「誰もいないだろ。最高の場所だ」
そう思ったが、口には出さなかった。未来の俺の悪行を肯定するようで癪だったからだ。
俺たちが扉を閉めると、校舎の喧騒は嘘のように遠ざかった。静かだ。ようやく息ができる気がした。
「それで、何の用なんだ。こんなところまで連れてきて」
俺が少し棘のある口調で言うと、彼女は表情一つ変えずに答えた。
「言ったはずです。お昼をご一緒しようと」
彼女は近くのベンチに腰掛けると、自分の鞄から丁寧に風呂敷で包まれた、二段重ねの立派な弁当箱を取り出した。
「あなたのために作ってきました。未来の嫁として、当然の務めです」
「……」
呆れて言葉も出ない。この子は本気だ。本気で『未来の嫁』を遂行しようとしている。
俺は彼女の向かいに、ため息と一緒によっこいせと腰を下ろした。
彼女は慣れた手つきで風呂敷を解き、弁当箱の蓋を開ける。ふわりと、食欲をそそる良い匂いが鼻をくすぐった。

そして俺は、その弁当箱の中身を見て、三度目の絶句をすることになる。

一段目には、白米が綺麗に詰められ、その上には見事な照りを放つ生姜焼きが敷き詰められていた。
二段目には、色とりどりのおかずが、まるで宝石のように並べられている。
ふっくらとした黄色い、だし巻き卵。赤いタコさんウインナー。緑色のブロッコリー。その横には、ポテトサラダと、きんぴらごぼう。完璧な布陣だ。
だが、問題はそこではなかった。
生姜焼きから漂う香りは、隠し味の味噌の甘い匂い。俺が一番好きな、母親の味だ。
だし巻き卵は、ほんのり焦げ目がついている。これは出汁の効いたしょっぱいものではなく、砂糖をたっぷり使った甘い卵焼きの証拠。俺は断然、甘い派だ。
タコさんウインナーなんて、小学生の頃ならいざ知らず、最近は全く食べていない。でも、確かに俺が子供の頃、一番好きだったおかずだ。
ブロッコリーの横には、マヨネーズが小さな容器に別添えで用意されている。俺はマヨネーズが後からべちゃっとかかるのが嫌なのだ。
全てが、俺の好み、そのものだった。俺の食に関する個人情報が、この弁当箱の中に完璧に再現されている。

「……なんで」
かろうじて絞り出した声は、震えていた。
「なんで、俺の好きなものばっかり……」
「ですから、未来の妻として夫の好みを完全に把握しているのは、当然のことです」
彼女はこともなげに言い放つと、すっと俺に箸を差し出した。
「さあ、冷めないうちにどうぞ。自信作です」
俺は戸惑った。恐怖すら感じていた。この少女は、俺が思うよりもずっと深く、俺という人間を理解している。
だが、俺の腹の虫は正直だった。ぐぅ、と情けない音が鳴る。
もうどうにでもなれ。俺は半ば自棄になりながら、彼女から箸を受け取った。
まずは、生姜焼きを一切れ。口に運ぶ。
途端に、肉の旨味と、甘辛いタレの風味が口いっぱいに広がった。柔らかい。味が染み込んでいる。そして、後から追いかけてくる味噌のコク。
……美味い。
母親の味と同じだ。いや、それ以上に、俺の理想とする完璧な味付けかもしれない。
俺は無言で、次々と箸を進めた。だし巻き卵は、想像通りの甘さ。タコさんウインナーは、なぜか懐かしい味がした。
俺が夢中で弁当を頬張るのを、雪城さんは嬉しそうに、とは言っても表情は全く変わらないのだが、どこか満足げな雰囲気で見つめている。
気がつけば、俺は弁当箱の半分を平らげていた。
そして、ようやく我に返る。
俺は、この未来から来たと称する謎の美少女に、胃袋から完全に掌握されようとしている。
その事実に気づいた時、俺は文句を言う気力すら、もう残っていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

クラスで一番人気者の女子が構ってくるのだが、そろそろ僕がコミュ障だとわかってもらいたい

みずがめ
恋愛
学生にとって、席替えはいつだって大イベントである。 それはカースト最下位のぼっちである鈴本克巳も同じことであった。せめて穏やかな学生生活をを求める克巳は陽キャグループに囲まれないようにと願っていた。 願いが届いたのか、克巳は窓際の後ろから二番目の席を獲得する。しかし喜んでいたのも束の間、彼の後ろの席にはクラスで一番の人気者の女子、篠原渚が座っていた。 スクールカーストでの格差がありすぎる二人。席が近いとはいえ、関わることはあまりないのだろうと思われていたのだが、渚の方から克巳にしょっちゅう話しかけてくるのであった。 ぼっち男子×のほほん女子のほのぼのラブコメです。 ※あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。

昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた

九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。 そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

処理中です...