隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第7話 未来の愛情表現、あるいは全力拒否案件

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弁当の美味さに、俺は我を忘れていた。
箸を持つ手が止まらない。生姜焼き、だし巻き卵、きんぴらごぼう、そして白米。この完璧なループを繰り返しているうち、俺の精神は穏やかな幸福感に満たされていった。
クラスでの針の筵のような時間も、朝の公開処刑も、この一口の美味さの前では些細なことに思えてくる。これが餌付け……いや、胃袋を掴むということなのか。だとしたら、雪城冬花は間違いなく超一流の猟師だ。俺という獲物は、すでに罠にかかって身動きが取れない。

「……美味い」
思わず、本音がこぼれた。
俺の呟きに、向かいに座る雪城さんは、ほんの少しだけ目を細めたように見えた。表情は相変わらずの無機質なままだが、纏う空気がわずかに華やいだ気がする。
「お口に合ったようで何よりです。未来のあなたの好みを忠実に再現しましたから」
「ああ……再現度、高すぎるくらいだ」
もはや、未来云々という話にツッコむ気力もなかった。ただ、この美味い弁当を心ゆくまで味わいたい。その一心だった。
俺が再びだし巻き卵に箸を伸ばそうとした、その時。
すっと、俺の視界に別の箸が割り込んできた。雪城さんの箸だ。彼女は、最後の一つ残っていた黄金色のだし巻き卵を、器用につまみ上げた。
そして、その箸を、ゆっくりと俺の口元へと運んでくる。

「さあ、優斗さん。あーん」

空が青い。風が気持ちいい。時間は、止まった。
俺は彼女が何を言っているのか、そして何をしようとしているのか、理解するのに数秒を要した。
あーん。
アーーーーン。
あの、カップルとかがイチャつきながらやる、アレか。
「…………は?」
俺の口から、またしても間抜けな声が漏れた。
彼女は完璧なポーカーフェイスのまま、だし巻き卵を俺の唇のすぐ前で静止させている。その碧色の瞳は、俺を真っ直ぐに見つめていた。
「な、ななな、何やってんだ!」
俺は椅子から転げ落ちんばかりにのけぞった。顔に一気に熱が集まるのがわかる。
「何って。見ての通りですが」
「見ての通りじゃねえよ! なんで俺がお前に『あーん』されなきゃいけないんだ!」
「未来では、これが当然の行為でしたから」
出た。彼女の伝家の宝刀、『未来では理論』。
「あなたが仕事で疲れて帰ってきた時、私がこうして食事を食べさせてあげるのが日課でした。『冬花のあーんがないと、一日の疲れが取れない』と、あなたはいつも言っていましたよ」
未来の俺は何を言ってるんだ! 恥ずかしすぎるだろ!
俺は頭の中で、未来の自分を力いっぱい殴りつけた。
「そんな未来は修正してくれ! 俺は自分で食える!」
「そういう問題ではありません。これは、私たちの愛情表現の一つです。これを拒否するのは、未来の私たちに対する裏切り行為に他なりません」
大袈裟だ。話が飛躍しすぎている。
「いいから、その箸を降ろしてくれ! 頼むから!」
俺が必死に懇願しても、雪城さんはピクリとも動かない。まるで精密機械のように、だし巻き卵を俺の口元に固定し続けている。
「さあ、優斗さん。口を開けてください」
その口調は、まるで医者が患者に指示するかのようだ。そこには甘い雰囲気など一切なく、ただ『遂行すべきタスク』としての圧があった。
「いやだ! 絶対にいやだ!」
「これは業務連絡です。開けてください」
「どんな業務だよ!」
屋上で、高校生の男女が弁当を前にして繰り広げる会話ではない。俺たちの攻防は、誰にも見られていないのが唯一の救いだった。

俺が頑なに口を閉じていると、雪城さんは小さくため息をついた。
「仕方ありませんね。あなたは昔から、少し意地っ張りなところがありましたから」
昔っていつの話だよ。未来の話か。
彼女はそう言うと、ふっと箸を引いた。俺はホッと胸をなでおろす。ようやく諦めてくれたか。
「分かってくれればいいんだ。俺はな、そういうイチャイチャした感じが苦手でだな。大体、お前みたいな綺麗な女子にそんなことさ――」
俺が油断して、滔々と自分の意見を述べようと口を開いた、その瞬間だった。

シュッ、という残像が見えた。
次の瞬間には、俺の口の中に、ふんわりとした甘い塊が滑り込んできた。
だし巻き卵だった。
俺が口を開けた一瞬の隙を、彼女は見逃さなかった。まるで熟練のスナイパーのような、正確無比な一撃。
俺は目を白黒させて固まった。
口の中に広がる、優しい砂糖の甘みと、出汁の風味。美味しい。美味しいはずなのだが、味なんて全く分からない。分かるのは、顔が爆発しそうなくらい熱いことと、心臓がとんでもない速度で暴れていることだけだ。

「……美味しいですか?」
目の前の『未来の嫁』は、ミッションをコンプリートした顔で、クールに問いかけてくる。
俺は何も言えず、ただ呆然とだし巻き卵を咀嚼するしかなかった。
彼女は、俺がそれを飲み込むのを見届けると、満足げに小さく頷いた。
「良かった。これで今日のノルマは達成です」
「ノルマ……」
かろうじて絞り出した声は、ひどくかすれていた。
愛情表現じゃなかったのか。業務連絡じゃなかったのか。ノルマだったのか。
もう何も分からない。俺の常識は、この完璧で少しズレた美少女の前では、完全に無力だった。

キーンコーンカーンコーン。
無情にも、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
我に返った俺は、慌てて弁当の残りを口にかき込んだ。味なんて、もうどうでもよかった。
雪城さんは、そんな俺を静かに見つめながら、手際よく弁当箱を片付けていく。
「ごちそうさまでした」
俺が言うと、彼女は「お粗末様でした」と小さく返した。
何事もなかったかのように振る舞う彼女と、羞恥心で死にそうになっている俺。
このとんでもないギャップを抱えたまま、俺たちは午後の授業に戻らなくてはならないのだ。
屋上から教室へと続く階段を、俺は幽鬼のような足取りで下りていった。
彼女に胃袋を掴まれただけでなく、心臓まで鷲掴みにされてしまった。
もう、逃げ場はないのかもしれない。俺は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
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