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第34話 ドヤ顔の勝利宣言、あるいは妻としての務め
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ベッドの上での、甘くも危険な密着状態。
俺の理性はもはや風前の灯火だった。雪城冬花の無防備な寝顔と、至近距離から囁かれる未来の夫婦生活情報。そのダブルコンボは、どんな微分積分の問題よりも遥かに俺の頭を混乱させた。
「おい、雪城さん、そろそろ離れてくれ……。勉強、再開しないと……」
俺がかろうじて絞り出した声は、情けないほどに上ずっていた。
彼女は俺の胸に顔をうずめたまま、くぐもった声で答える。
「……もう少しだけ。未来のあなたは、いつも私が起きるまで、こうして優しく抱きしめてくれていました」
「だから未来の話はいいって!」
「それに、あなたの心臓の音、落ち着きます。未来で聞いていた音と全く同じです」
そんなことを、無邪気に、そして嬉しそうに言われてしまったら、もう俺にできることなど何もなかった。
俺は観念して天井を見つめる。心臓はうるさいくらいに鳴り響いている。落ち着く、どころの話ではない。これが彼女に聞こえているのかと思うと、羞恥心で死にそうだった。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。
柄にもなく、そんなことを考えてしまった。
どれくらい、そうしていただろうか。
階下から、トントンと階段を上ってくる音が聞こえた。
「優斗ー、おやつ持ってきたわよー」
母親の声だ。まずい!
俺は弾かれたようにベッドから飛び起きた。
「わっ!?」
突然の動きに、冬花も驚いたように体を起こす。
ガチャリ、と無情にも部屋のドアが開かれ、お盆を持った母親が入ってきた。
そしてベッドの上で二人、慌てて身なりを整えている俺たちを見て、ぴたりと動きを止める。
母親の視線が、俺と、少しだけ髪が乱れている冬花との間をゆっくりと往復した。
そして、ニヤァ……と、全てを理解した意地の悪い笑みを浮かべた。
「……あら、お取り込み中だったかしら? お母さん、邪魔だった?」
「ち、違う! 断じて違う! 俺たちはただ勉強に疲れて、その、少し休憩を……!」
必死に弁明する俺。だが、その言葉は母親の想像力をさらに逞しくさせる燃料にしかならない。
「ふーん? 休憩ねえ。まあ、若いって素晴らしいわねえ」
母親は意味深な言葉を残すと、「おやつ、ここに置いとくわね。ごゆっくりどうぞー」と、にやにや笑いながら部屋を出て行った。
バタン、と閉められたドアの向こうから、「うちの息子も隅に置けないわねえ」という嬉しそうな声が聞こえてくる。
終わった。俺の人生、終わった。
俺は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
一方、冬花はというと、全く動じていなかった。
彼女は乱れた髪を手櫛で直し、スカートの皺を軽く伸ばすと、何事もなかったかのようにすっと立ち上がった。
そして、テーブルの前に戻ると再び参考書を開く。
「さて、休憩は終わりです。勉強を再開しましょう」
その、あまりにも完璧な切り替えの速さ。この女、やはり只者ではない。
俺は母親に盛大な誤解をされたまま、再び地獄の勉強会へと引き戻された。
だが、一度意識してしまった後ではもうダメだった。
彼女の些細な仕草一つ一つに、俺の心臓は過剰に反応してしまう。
結局、その日の勉強会は俺がほとんど集中できないまま、夕暮れと共に終わりを告げたのだった。
そして、運命の期末テストが始まった。
俺は冬花から叩き込まれた知識を総動員して、必死に答案用紙と向き合った。
特に数学。
あれほど憎かった数式が、今は彼女の声と共に頭の中に蘇ってくる。
『ここの公式は、こう使うんですよ』
『あなたはこの手のひっかけ問題に弱いから、気をつけて』
まるで、彼女が隣で囁いてくれているかのようだった。
俺は一心不乱にペンを走らせた。彼女の努力を無駄にはできない。その一心だった。
全てのテストが終わり、数日後。結果が返却された。
俺は恐る恐る、自分の成績表を開く。
そして、そこに書かれた数字を見て自分の目を疑った。
学年順位、32位。
今までは、常に200人中100位前後をうろついていた俺が、だ。
特に数学の点数はクラスでもトップクラス。赤点どころか、自己最高得点を大幅に更新していた。
信じられない。これは、何かの間違いじゃないのか。
俺が呆然としていると、陽平が後ろから成績表を覗き込んできた。
「うおっ、マジかよ優斗! お前、なんかヤバい薬でもやったのか!?」
「やってないわ!」
「じゃあ、やっぱり愛の力か……。未来の嫁のスパルタ教育、恐るべし」
陽平は、尊敬と畏怖が入り混じった顔で教室の隅にいる冬花に視線を送った。
放課後、俺は冬花を呼び出し、二人で屋上に来ていた。
「雪城さん、これ……」
俺が成績表を見せると、彼女はそれを一瞥し満足げに頷いた。
「ええ、確認しました。素晴らしい結果です。未来のあなたの最高記録と、ほぼ同等の成績ですよ」
その口調はどこまでもクールだった。だが、その瞳の奥には確かな誇りが揺らめいている。
「本当に、ありがとう。お前のおかげだ」
俺が心からの感謝を伝えると、彼女はふっと息を吐いた。
そしてゆっくりと俺に近づくと、その白い指先で俺の胸元をとんと軽く突いた。
「礼には及びません」
彼女は顔を上げて、俺を真っ直ぐに見つめた。
そして今までにないくらい、自信に満ち溢れた完璧なドヤ顔で、こう言い放った。
「妻として、当然の務めを果たしたまでです」
その、あまりにも堂々とした勝利宣言。
未来の嫁として俺の成績を劇的に向上させたという、紛れもない実績。
その完璧すぎるドヤ顔に、俺はもう何も言い返すことができなかった。
ただ、彼女のその自信に満ちた姿が、どうしようもなく頼もしくて、そしてとてつもなく魅力的に見えた。
俺は、この未来から来た完璧な家庭教師に、学力だけでなく心まで完全に掌握されてしまったのだ。
テストという一つの大きな山を乗り越え、俺たちの間にはまた一つ、新しい形の絆が生まれていた。
そして、この勝利はこれから始まる長い夏休みの、ほんの始まりに過ぎないことを俺はまだ知らなかった。
俺の理性はもはや風前の灯火だった。雪城冬花の無防備な寝顔と、至近距離から囁かれる未来の夫婦生活情報。そのダブルコンボは、どんな微分積分の問題よりも遥かに俺の頭を混乱させた。
「おい、雪城さん、そろそろ離れてくれ……。勉強、再開しないと……」
俺がかろうじて絞り出した声は、情けないほどに上ずっていた。
彼女は俺の胸に顔をうずめたまま、くぐもった声で答える。
「……もう少しだけ。未来のあなたは、いつも私が起きるまで、こうして優しく抱きしめてくれていました」
「だから未来の話はいいって!」
「それに、あなたの心臓の音、落ち着きます。未来で聞いていた音と全く同じです」
そんなことを、無邪気に、そして嬉しそうに言われてしまったら、もう俺にできることなど何もなかった。
俺は観念して天井を見つめる。心臓はうるさいくらいに鳴り響いている。落ち着く、どころの話ではない。これが彼女に聞こえているのかと思うと、羞恥心で死にそうだった。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。
柄にもなく、そんなことを考えてしまった。
どれくらい、そうしていただろうか。
階下から、トントンと階段を上ってくる音が聞こえた。
「優斗ー、おやつ持ってきたわよー」
母親の声だ。まずい!
俺は弾かれたようにベッドから飛び起きた。
「わっ!?」
突然の動きに、冬花も驚いたように体を起こす。
ガチャリ、と無情にも部屋のドアが開かれ、お盆を持った母親が入ってきた。
そしてベッドの上で二人、慌てて身なりを整えている俺たちを見て、ぴたりと動きを止める。
母親の視線が、俺と、少しだけ髪が乱れている冬花との間をゆっくりと往復した。
そして、ニヤァ……と、全てを理解した意地の悪い笑みを浮かべた。
「……あら、お取り込み中だったかしら? お母さん、邪魔だった?」
「ち、違う! 断じて違う! 俺たちはただ勉強に疲れて、その、少し休憩を……!」
必死に弁明する俺。だが、その言葉は母親の想像力をさらに逞しくさせる燃料にしかならない。
「ふーん? 休憩ねえ。まあ、若いって素晴らしいわねえ」
母親は意味深な言葉を残すと、「おやつ、ここに置いとくわね。ごゆっくりどうぞー」と、にやにや笑いながら部屋を出て行った。
バタン、と閉められたドアの向こうから、「うちの息子も隅に置けないわねえ」という嬉しそうな声が聞こえてくる。
終わった。俺の人生、終わった。
俺は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
一方、冬花はというと、全く動じていなかった。
彼女は乱れた髪を手櫛で直し、スカートの皺を軽く伸ばすと、何事もなかったかのようにすっと立ち上がった。
そして、テーブルの前に戻ると再び参考書を開く。
「さて、休憩は終わりです。勉強を再開しましょう」
その、あまりにも完璧な切り替えの速さ。この女、やはり只者ではない。
俺は母親に盛大な誤解をされたまま、再び地獄の勉強会へと引き戻された。
だが、一度意識してしまった後ではもうダメだった。
彼女の些細な仕草一つ一つに、俺の心臓は過剰に反応してしまう。
結局、その日の勉強会は俺がほとんど集中できないまま、夕暮れと共に終わりを告げたのだった。
そして、運命の期末テストが始まった。
俺は冬花から叩き込まれた知識を総動員して、必死に答案用紙と向き合った。
特に数学。
あれほど憎かった数式が、今は彼女の声と共に頭の中に蘇ってくる。
『ここの公式は、こう使うんですよ』
『あなたはこの手のひっかけ問題に弱いから、気をつけて』
まるで、彼女が隣で囁いてくれているかのようだった。
俺は一心不乱にペンを走らせた。彼女の努力を無駄にはできない。その一心だった。
全てのテストが終わり、数日後。結果が返却された。
俺は恐る恐る、自分の成績表を開く。
そして、そこに書かれた数字を見て自分の目を疑った。
学年順位、32位。
今までは、常に200人中100位前後をうろついていた俺が、だ。
特に数学の点数はクラスでもトップクラス。赤点どころか、自己最高得点を大幅に更新していた。
信じられない。これは、何かの間違いじゃないのか。
俺が呆然としていると、陽平が後ろから成績表を覗き込んできた。
「うおっ、マジかよ優斗! お前、なんかヤバい薬でもやったのか!?」
「やってないわ!」
「じゃあ、やっぱり愛の力か……。未来の嫁のスパルタ教育、恐るべし」
陽平は、尊敬と畏怖が入り混じった顔で教室の隅にいる冬花に視線を送った。
放課後、俺は冬花を呼び出し、二人で屋上に来ていた。
「雪城さん、これ……」
俺が成績表を見せると、彼女はそれを一瞥し満足げに頷いた。
「ええ、確認しました。素晴らしい結果です。未来のあなたの最高記録と、ほぼ同等の成績ですよ」
その口調はどこまでもクールだった。だが、その瞳の奥には確かな誇りが揺らめいている。
「本当に、ありがとう。お前のおかげだ」
俺が心からの感謝を伝えると、彼女はふっと息を吐いた。
そしてゆっくりと俺に近づくと、その白い指先で俺の胸元をとんと軽く突いた。
「礼には及びません」
彼女は顔を上げて、俺を真っ直ぐに見つめた。
そして今までにないくらい、自信に満ち溢れた完璧なドヤ顔で、こう言い放った。
「妻として、当然の務めを果たしたまでです」
その、あまりにも堂々とした勝利宣言。
未来の嫁として俺の成績を劇的に向上させたという、紛れもない実績。
その完璧すぎるドヤ顔に、俺はもう何も言い返すことができなかった。
ただ、彼女のその自信に満ちた姿が、どうしようもなく頼もしくて、そしてとてつもなく魅力的に見えた。
俺は、この未来から来た完璧な家庭教師に、学力だけでなく心まで完全に掌握されてしまったのだ。
テストという一つの大きな山を乗り越え、俺たちの間にはまた一つ、新しい形の絆が生まれていた。
そして、この勝利はこれから始まる長い夏休みの、ほんの始まりに過ぎないことを俺はまだ知らなかった。
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