隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第35話 夏休み計画、あるいは完璧すぎる未来設計書

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長かった二学期が終わりを告げ、終業式の退屈な校長の話も右から左へと聞き流し、俺たちの前にはついに光り輝く楽園への扉が開かれた。
その名は、夏休み。
四十日間にわたる絶対的な自由期間。宿題という名の厄介な鎖は付いてくるが、それさえ計画的に処理すれば、あとは無限の可能性が広がっている。
「よっしゃー! 夏休みだぁ!」
ホームルームが終わった瞬間、教室は解放感に満ちた生徒たちの雄叫びで満たされた。
「優斗、この夏はどうするんだ? もちろん、ゲーム三昧だよな?」
陽平が目を輝かせながら俺に話しかけてくる。
「当たり前だろ。まずは積んでた新作RPGを三日でクリアする。その後は、昼まで寝て、アニメ見て、またゲーム。完璧な計画だ」
俺が胸を張って答えると、陽平は「だよな!」と力強く頷いた。これこそが男子高校生にとっての理想の夏休みだ。怠惰で、不健康で、そして最高に自由な日々。俺は、これから始まる自堕落な生活を想像し、口元が緩むのを止められなかった。

だが、俺は忘れていた。
俺の日常に、もはや『自由』などという概念は存在しないということを。
俺の人生の全ては、未来から来た完璧すぎる未来の嫁(自称)の管理下にあるという、厳然たる事実を。

「お待ちしておりました、優斗さん」

帰り支度を終え、陽平と教室を出ようとした俺の前に彼女は立ちはだかった。
雪城冬花。
その手には、先日の期末テスト対策で見たものとよく似た、しかし明らかにそれよりも分厚く、禍々しいオーラを放つファイルを抱えている。
陽平が「うおっ」と小さく声を漏らし、俺から数歩距離を取った。賢明な判断だ。嵐が来るのを、彼も肌で感じ取ったのだろう。
「……なんだ、雪城さん。何か用か?」
俺は嫌な予感を必死に押し殺しながら尋ねた。
彼女は表情一つ変えずに、その分厚いファイルを俺の目の前にずいと突き出した。
その表紙には、美しくも恐ろしい明朝体でこう印字されていた。

『2人の未来を盤石にするための、完璧なる夏休み計画書 ~学習と教養と愛情の深化プログラム~』

サブタイトルが長い。そして不吉すぎる。
「……これは、一体……」
俺の声は震えていた。
「見ての通りです。明日から始まる夏休み、四十日間のあなたと私のための完璧な行動計画書です」
彼女はこともなげに言い放った。
「開いてみてください」
俺は恐る恐る、そのパンドラの箱を開いた。
一枚目に書かれていたのは、夏休み全体の目標設定だった。
『目標:学力向上(全国模試偏差値65以上)、体力向上(5km走25分切り)、教養深化(美術館・博物館への訪問5回以上)、そして、未来の夫婦の思い出の完全再現による、愛情値の最大化』
「愛情値……」
ゲームのステータスみたいな項目に、俺は眩暈を覚えた。
ページをめくる。そこには、信じられない光景が広がっていた。
方眼紙に手書きで引かれた、美しすぎるタイムテーブル。それは一日単位どころか、一時間単位、いや、三十分単位でびっしりと予定で埋め尽くされていた。

《平日標準スケジュール》
6:30 起床、モーニングコール(担当:冬花)
6:45~7:15 早朝ジョギング(5km)
7:30~8:00 朝食(栄養バランスを考慮した特別メニュー)
8:30~12:00 午前学習(各教科の予習・復習)
12:00~13:00 昼食及び休憩
13:00~15:00 午後学習(課題及び問題演習)
15:00~17:00 自由時間(ただし、有意義な活動に限る)
17:00~18:00 体力トレーニング(筋力向上メニュー)
(以下略)

俺は声もなくその計画書を見つめた。自由時間、二時間だけ。しかも、有意義な活動に限るという注釈付き。俺の愛するゲーム三昧生活は、どこにも存在しなかった。
「む、無理だ! こんなの、軍隊の訓練じゃないか!」
俺が悲鳴を上げると、彼女は静かに首を横に振った。
「何を言っているのですか。これは未来のあなたが実際にこなし、『人生で最も充実した夏休みだった』と語っていたスケジュールを、忠実に再現したものです」
「未来の俺は超人か何かなのか!?」
「いいえ。未来のあなたは、愛する妻のサポートがあったからこそこれを乗り越えられたのです」
彼女はさらにページをめくった。そこには、週末や特定の日に組まれた特別イベントの項目があった。

《特別行動計画》
・プールデート(未来であなたが、私の水着姿に初めて見惚れた日)
・夏祭りデート(未来であなたが、はぐれた私を必死に探してくれた日)
・花火大会(未来で私たちが、初めて二人きりで見た思い出の花火)
・図書館での合同学習(未来のあなたが、初めて私に弱音を吐いた場所)
・お泊まり勉強会(未来のあなたが、宿題が終わらずに泣きついたため、私が泊まり込みで介助した日)

その、甘くも恐ろしい予定の数々。
一つ一つに、ご丁寧にも『未来の思い出』という注釈が添えられている。
俺は頭を抱えた。
「頼む! 夏休みくらい、好きにさせてくれ!」
俺は最後の抵抗を試みた。
「俺は昼まで寝て、だらだらゲームがしたいんだ! それが俺の幸せなんだ!」
すると、彼女は初めて少しだけ悲しそうな顔をした。
「……あなたのその怠惰な生活が、未来でどれほどのリスクを生むか、あなたは理解していません」
彼女の声は静かで、しかし有無を言わせぬ重みを持っていた。
「この四十日間を無為に過ごすことは、あなたの可能性を潰すだけでなく、私たちが共に歩むはずの輝かしい未来そのものを危うくする行為なのです。それは、私に対する、未来の私たちに対する、最も重い裏切りです」
裏切り。
その言葉に、俺はぐっと息を呑んだ。
彼女はただ俺を縛りたいわけじゃない。俺と彼女の『未来』のために、必死なのだ。
その、あまりにも真っ直ぐで一途な想いを前にして、俺の「だらだらしたい」という欲望はあまりにもちっぽけで、身勝手なものに思えてしまった。
俺が何も言い返せずにいると、彼女はそっと俺に顔を近づけた。
そして俺にしか聞こえない声で、囁く。
「それに……二人きりで過ごす、初めての長い休みですよ」
その声は、少しだけ、本当に少しだけ甘く響いた。
「……私は、とても楽しみにしているんです」

その、とどめの一言。
俺の抵抗する力は完全にゼロになった。
降参だ。完敗だ。
俺は深いため息をつくと、その分厚い計画書を彼女から受け取った。
「……わかったよ。やればいいんだろ、やれば」
俺がそう言うと、彼女の表情がぱあっと目に見えて輝いた。
その、あまりにも嬉しそうな顔を見てしまったら、もう後戻りはできない。
「はい! 最高の夏にしましょうね、優斗さん!」
彼女は力強く頷いた。その瞳は、これからの四十日間の完璧な計画遂行に向けて希望と情熱に燃え盛っている。
隣で、陽平が「ご愁傷さま」と小さな声で呟いているのが聞こえた。
こうして、俺の自由で怠惰な夏休み計画は開始される前に終わりを告げた。
明日から始まるのは、未来の嫁によって完璧にプロデュースされた、息つく暇もない、波乱万丈で、そしてきっと忘れられない夏。
俺は、その計画書の重みにこれからの四十日間の重みを重ね合わせながら、ただ空を見上げるしかなかった。
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