隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第33話 誘惑のベッド、あるいは未来の寝室事情

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「はあ……はあ……」
自室から逃げ出した俺は、廊下の冷たい壁に背中を預け、必死に平常心を取り戻そうとしていた。
だめだ、このままでは。
雪城冬花という存在は、俺の集中力を奪う最強のデバフスキルだ。彼女が隣にいるだけで、微分積分どころか足し算引き算すら怪しくなってくる。
「落ち着け、俺。これはただの勉強会だ。彼女は、未来の嫁(自称)であり、今は俺の家庭教師なんだ。そうだ、家庭教師……」
俺はぶつぶつと呪文のように唱え、なんとか理性を繋ぎ止めようと試みる。
リビングで麦茶を二杯一気飲みし、数分間の冷却期間を経て、俺は覚悟を決めて再び戦場へと戻った。

部屋のドアをそっと開けると、雪城さんは俺が出て行った時と同じ姿勢で、静かに参考書を読んでいた。
俺の姿を認めると、彼女は顔を上げて小さく首を傾げた。
「おかえりなさい。休憩は済みましたか?」
「お、おう……。悪かったな、急に」
「いえ。未来のあなたも集中力が切れると、よくこうして部屋を徘徊していましたから。想定の範囲内です」
未来の俺は、どんだけ落ち着きがないんだ。
俺は再び彼女の隣の席に着いた。今度は意識して少しだけ距離を取る。これ以上、心臓に負担はかけられない。

勉強会が再開された。
俺は邪念を振り払うように、目の前の問題集に全ての意識を集中させた。
彼女の説明はやはり驚くほど分かりやすい。俺がつまずきそうなポイントを、まるで俺の思考を読んでいるかのように先回りして解説してくれる。
「ここの変形は、この公式を使います。あなたは、このパターンの応用が苦手な傾向にありますから、重点的に反復練習しましょう」
「ああ、なるほど……」
不思議なことに、一度集中してしまえば彼女の声は心地よいBGMのように耳に入ってきた。彼女の存在そのものが、俺の学習能力を高めているような奇妙な感覚。
これが、未来の俺が体験してきた『冬花式スパルタ教育』なのか。だとしたら悪くない。いや、むしろ最高かもしれない。
俺は夢中になって鉛筆を走らせた。
今まで暗号にしか見えなかった数式が、意味のある言葉としてスルスルと頭に入ってくる。
楽しい。
数学が楽しいと感じるなんて、生まれて初めての経験だった。

どのくらい時間が経っただろうか。
俺がキリの良いところまで問題を解き終え、ふっと顔を上げた時。
「……できた。どうだ、雪城さん」
返事がない。
俺は不思議に思って隣を見た。
すると彼女は、机に突伏すようにして静かに寝息を立てていた。
「……寝てる?」
マジか。あの完璧超人の雪城冬花が、勉強中に寝落ち?
その、あまりにも人間らしい無防備な姿に、俺は思わず頬が緩むのを感じた。
長いポニーテールが彼女の寝顔を隠している。どんな顔で眠っているのだろうか。少しだけ覗いてみたい衝動に駆られたが、それはさすがに自制した。
彼女も疲れていたのだろう。俺の面倒を見るために、連日計画書やら問題集やらを作成してくれていたのだ。その無理がたたったのかもしれない。
「……お疲れさん」
俺は彼女を起こさないように、そっと自分のジャージを彼女の肩にかけた。
そして自分も少し休憩しようと、ベッドにごろんと横になった。
少しだけ目を閉じる。彼女と同じ部屋で同じ時間を共有している。その事実が、心地よい眠気を誘った。

―――どれくらい、眠ってしまったのだろうか。
ふと、俺は自分の体に微かな重みを感じて目を覚ました。
何だ?
ぼんやりとした視界に、信じられない光景が飛び込んできた。

俺のベッドの上。
俺のすぐ隣。
雪城冬花が、俺の腕を枕にするような形で、すやすやと眠っていた。
「………………は?」
俺の脳は、完全にフリーズした。
何がどうしてこうなった?
俺が寝ている間に何があった?
彼女は俺が肩にかけたジャージを、まるで抱き枕のように胸に抱きしめ、安心しきった顔で眠っている。その寝顔は普段のクールな表情からは想像もつかないほど、あどけなくて無防備で、そしてどうしようもなく可愛かった。
さらさらの銀髪が俺の腕に触れている。甘いシャンプーの香りが、すぐ鼻先で香っている。
近い。近すぎる。
俺の心臓は警報を鳴らすどころか、もはや機能停止寸前だった。

俺がパニック状態で身動き一つ取れずにいると、彼女が、んと小さく身じろぎをした。
そしてゆっくりと、その碧色の瞳を開ける。
数秒間、彼女は自分がどこにいるのか分からない、といった顔でぱちぱちと瞬きを繰り返した。
やがて、自分の状況を完全に理解したのだろう。
彼女は俺の腕枕で寝ていたことに気づき、そして俺が起きていることに気づいた。
普通なら、ここで悲鳴を上げて飛び起きる場面だ。
だが、彼女は違った。

彼女は驚きも照れもなく、ただ至近距離で俺の顔をじっと見つめると、ふわりと夢見るように微笑んだ。
「……おはようございます、優斗さん」
その声は寝起きで少しだけ掠れていて、とてつもなく甘かった。
「お、おはよう……じゃねえよ! なんで、お前が俺のベッドに!?」
俺がかろうじて声を絞り出すと、彼女は悪びれる様子もなく答えた。
「目が覚めたら、あなたが隣で気持ちよさそうに眠っていたので。未来でも、休日はよくこうしてあなたと一緒に昼寝をしていましたから。つい、昔を思い出して」
「昔って未来の話だろ! 勝手に思い出して勝手に添い寝するな!」
俺が慌てて身を起こそうとすると、彼女は俺の服の裾をきゅっと掴んで離さない。
「もう少し、このままでいさせてください」
彼女は俺の胸に、こてんと頭を預けてきた。
「あなたのベッド、少し狭いですね」
「当たり前だ! 一人用なんだから!」
「未来の私たちの寝室は、もっと広くてキングサイズのベッドでしたよ。毎晩、こうしてあなたに抱きしめられて眠っていました」
とんでもない未来情報を至近距離で囁かれる。
もうダメだ。理性の糸が、ぷつりと音を立てて切れた。
俺の顔は、きっと茹でダコみたいに真っ赤になっているだろう。
この、甘くも危険な誘惑から、俺は果たして無事に生還することができるのだろうか。
答えは誰にも分からなかった。ただ、俺の心臓の轟音だけが、静かな休日の午後に虚しく響き渡っていた。
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