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第11話:鉱物野菜の発見
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第二階層から戻った俺たちは、拠点であるテントの前に座り込んでいた。
目の前の切り株の上には、先ほど収穫したばかりのこぶし大の塊が置かれている。一見すればただの灰色の石ころ。だが、その断面から覗く鈍い銀色の輝きが、これがただの石ではないことを雄弁に物語っていた。
「ミスリル大根……」
俺は改めてその名を呟いた。野菜のようにダンジョンに生え、収穫できる伝説の金属。現実感がなさすぎて、まるで夢を見ているかのようだ。
「信じられません。ミスリルが、本当にここに……」
隣のシルフィも、うっとりとした表情でそれを眺めている。彼女の白い指が、そっとそのざらついた表面を撫でた。
「エルフの伝承にも、世界が若かった頃には大地が自ら金属や宝石を生み出していたと記されています。これは、それに近い現象なのでしょうか」
「俺に聞かれてもな」
俺は肩をすくめた。俺に分かるのは、これがとんでもない価値を持つということと、そして、とてつもなく硬そうだということだけだ。
「とにかく、本当にミスリルなのか、もう少し詳しく調べてみよう」
俺は腰のナイフを抜き、ミスリル大根の断面を削ってみようと試みた。冒険者時代に使っていた、それなりに質の良い鋼のナイフだ。
カリッ、と乾いた音がした。
俺は自分の手元を見て、思わず「あ」と声を漏らした。
ミスリル大根には傷一つついていない。それどころか、ナイフの刃の方が米粒ほど欠けてしまっていた。
「……硬いな、おい」
「当然です。ミスリルはアダマンタイトに次ぐ硬度を持つ金属。生半可な鋼では傷一つつけられません」
シルフィが呆れたように言う。
「じゃあ、これならどうだ」
俺は先日街で買ったばかりの、新品の鋼鉄製クワを手に取った。ずしりと重い、農具としては最高級品だ。俺はそれを棍棒のように振りかぶり、えいっとミスリル大根に叩きつけた。
ガキンッ!
耳障りな金属音が響き、手に強い衝撃が走る。
恐る恐る結果を確認すると、俺はがっくりと肩を落とした。
クワの刃には、はっきりと凹みができている。対するミスリル大根は、やはり無傷。涼しい顔で切り株の上に鎮座していた。
「だめだこりゃ。加工するどころか、傷一つつけられない」
俺はため息をついた。
「火で熱したらどうだろうか」
シルフィの提案に、俺たちは焚き火にミスリル大根を放り込んでみた。薪をくべ、火力を最大にする。炎は勢いよく燃え上がったが、中のミスリル大根は赤くなる気配すらない。一時間ほど熱し続けてから取り出してみても、ほんのり温かいだけで、何の変質もしていなかった。
「融点も異常に高いのですね……」
シルフィもお手上げといった様子で首を振る。
最後に、俺は【土いじり】のスキルを試してみることにした。このスキルは、土や石の構造に干渉できる。ミスリル大根は『鉱物野菜』だ。あるいは、何らかの変化を起こせるかもしれない。
俺はミスリル大根に手をかざし、意識を集中させた。
『内部構造よ、変化しろ』
ぐっと力を込める。だが、ミスリル大根はびくともしない。まるで分厚い壁に阻まれているかのように、俺の力が内部に浸透していかないのだ。
「くっ……!」
さらに力を込める。スキルでできる、最大限の干渉。
すると、ミスリル大根の表面が、わずかに、本当にわずかに粉を吹いた。削れたのは、おそらく〇・一ミリにも満たないだろう。
「……これが限界か」
俺はどっと疲れて手を下ろした。スキルを使っても、表面をやすりで削る程度のことしかできない。これでは、武具や防具に加工するなど夢のまた夢だ。
「宝の持ち腐れ、とはこのことだな」
俺は切り株に腰掛け、天を仰いだ。
規格外のポーションに、伝説の金属。俺の農園は、とんでもないお宝を生み出す場所だった。だが、そのお宝を活かす術を、俺は持っていなかった。
「アルフォンス、落ち込むことはありません」
シルフィが慰めるように言った。「そもそも、ミスリルを加工できる者など、この大陸広しといえど、ごく一握りです。特に、ドワーフ族の中でも『王家の鍛冶師』の血を引く者でなければ、ミスリルを溶解させることすらできないと言われています」
「ドワーフか……。そういえば、そんな話を聞いたことがあるな」
「竜の牙」にいた頃、遠征先の鉱山都市でドワーフの鍛冶師に会ったことがある。彼らは皆、頑固で誇り高い職人だった。
「仮にそんなすごい鍛冶師を見つけられたとして、これをどう説明するんだ? 『畑で採れました』なんて言っても、誰も信じないだろう」
「そうですね……」シルフィも難しい顔で頷く。「それに、これほどの価値のあるものがここにあると知られれば、あなたの望む静かな生活は終わりを迎えるでしょう。国が、あるいはもっと厄介な組織が、力ずくで奪いに来るかもしれません」
シルフィの言葉は、俺が心の奥で感じていた不安を的確に言い当てていた。
そうだ。俺はスローライフを送るためにここに来たのだ。国を揺るがすようなお宝騒動に巻き込まれたいわけじゃない。
「……決めた。このミスリル大根は、当分は秘密にしておこう」
俺は立ち上がった。「第二階層で育てて、収穫できた分は、ダンジョンの奥にでも隠しておく。俺たちにはまだ、これを扱う資格も力もない」
「それが賢明な判断だと思います」
シルフィも静かに同意してくれた。
俺たちは収穫したミスリル大根を布に包み、ダンジョンの第一階層の隅、岩陰の奥深くに隠した。
地上に戻ると、もう日は傾きかけていた。
結局、半日かけて分かったのは、俺たちがミスリル大根をどうすることもできない、という事実だけだった。
だが、不思議と気分は落ち込んでいなかった。
俺は自分の畑に目を向けた。マナウォーターを吸って黒々と輝く大地。そこには、俺が植えたジャガイモの芽が、力強く顔を出していた。
「おお、芽が出てる」
俺は思わず駆け寄り、その小さな緑の葉を優しく撫でた。
ミスリルのような派手さはない。だが、これは俺が育て、俺の糧となる、確かな恵みだ。
伝説の金属よりも、この小さな芽の方が、今の俺にはずっと愛おしく、価値があるように感じられた。
「アルフォンスは、本当に土が好きなんですね」
後ろから見ていたシルフィが、くすりと微笑んだ。
「まあな。俺にできるのは、これくらいだから」
俺は照れ隠しにそう言うと、新しいクワを手に取り、まだ手つかずだった区画を耕し始めた。
夕食後、俺とシルフィはいつものように焚き火を囲んでいた。
彼女はポーション草の新たな調合を試しており、俺は買ってきた砥石で農具の手入れをしていた。穏やかで、満ち足りた時間。ミスリルのことなど、もうすっかり頭から消えていた。
この平穏こそが、俺が手に入れたかった宝物なのだ。
その頃、テルマの街の冒険者ギルドでは。
買取係のエリーゼが、ギルドマスターの執務室で報告を行っていた。
「……以上が、先日持ち込まれたポーションに関する調査結果です。成分、効果、いずれも過去の記録に類を見ません。治癒魔法の権威である神殿の司祭も、『奇跡としか言いようがない』と」
「うむ……」
壮年のギルドマスターは、机に置かれた緑色のポーションを眺めながら、深く腕を組んだ。「持ち込んだ男の素性は、まだ分からんのか?」
「はい。フードを目深にかぶっており、顔は……。ただ、その手は土で汚れていました。もしかしたら、どこかの農夫か、あるいは薬草栽培家かと」
「農夫がこれほどのポーションを……?」
ギルドマスターは首を捻る。
「噂は、すでに王都の一部の商会や貴族の耳にも届いているようです。高値で買い取りたいという問い合わせが、日に日に増えています」
「だろうな。だが、安易に情報を流すな。あのポーションは、使い方次第では戦争の勝敗すら左右しかねん代物だ。持ち主が何者か分かるまで、慎重に動け」
「はっ!」
エリーゼが退出した後、ギルドマスターは一人、窓の外に広がる街の夜景を見つめていた。
「奇跡のポーションと、謎の男か……。どうも、この辺境の地が、きな臭くなってきたわい」
俺たちの知らないところで、小さな波紋は着実に広がり、やがて大きな波となってこの静かな農園に押し寄せようとしていた。
俺たちがそのことに気づくのは、もう少しだけ先の話である。
目の前の切り株の上には、先ほど収穫したばかりのこぶし大の塊が置かれている。一見すればただの灰色の石ころ。だが、その断面から覗く鈍い銀色の輝きが、これがただの石ではないことを雄弁に物語っていた。
「ミスリル大根……」
俺は改めてその名を呟いた。野菜のようにダンジョンに生え、収穫できる伝説の金属。現実感がなさすぎて、まるで夢を見ているかのようだ。
「信じられません。ミスリルが、本当にここに……」
隣のシルフィも、うっとりとした表情でそれを眺めている。彼女の白い指が、そっとそのざらついた表面を撫でた。
「エルフの伝承にも、世界が若かった頃には大地が自ら金属や宝石を生み出していたと記されています。これは、それに近い現象なのでしょうか」
「俺に聞かれてもな」
俺は肩をすくめた。俺に分かるのは、これがとんでもない価値を持つということと、そして、とてつもなく硬そうだということだけだ。
「とにかく、本当にミスリルなのか、もう少し詳しく調べてみよう」
俺は腰のナイフを抜き、ミスリル大根の断面を削ってみようと試みた。冒険者時代に使っていた、それなりに質の良い鋼のナイフだ。
カリッ、と乾いた音がした。
俺は自分の手元を見て、思わず「あ」と声を漏らした。
ミスリル大根には傷一つついていない。それどころか、ナイフの刃の方が米粒ほど欠けてしまっていた。
「……硬いな、おい」
「当然です。ミスリルはアダマンタイトに次ぐ硬度を持つ金属。生半可な鋼では傷一つつけられません」
シルフィが呆れたように言う。
「じゃあ、これならどうだ」
俺は先日街で買ったばかりの、新品の鋼鉄製クワを手に取った。ずしりと重い、農具としては最高級品だ。俺はそれを棍棒のように振りかぶり、えいっとミスリル大根に叩きつけた。
ガキンッ!
耳障りな金属音が響き、手に強い衝撃が走る。
恐る恐る結果を確認すると、俺はがっくりと肩を落とした。
クワの刃には、はっきりと凹みができている。対するミスリル大根は、やはり無傷。涼しい顔で切り株の上に鎮座していた。
「だめだこりゃ。加工するどころか、傷一つつけられない」
俺はため息をついた。
「火で熱したらどうだろうか」
シルフィの提案に、俺たちは焚き火にミスリル大根を放り込んでみた。薪をくべ、火力を最大にする。炎は勢いよく燃え上がったが、中のミスリル大根は赤くなる気配すらない。一時間ほど熱し続けてから取り出してみても、ほんのり温かいだけで、何の変質もしていなかった。
「融点も異常に高いのですね……」
シルフィもお手上げといった様子で首を振る。
最後に、俺は【土いじり】のスキルを試してみることにした。このスキルは、土や石の構造に干渉できる。ミスリル大根は『鉱物野菜』だ。あるいは、何らかの変化を起こせるかもしれない。
俺はミスリル大根に手をかざし、意識を集中させた。
『内部構造よ、変化しろ』
ぐっと力を込める。だが、ミスリル大根はびくともしない。まるで分厚い壁に阻まれているかのように、俺の力が内部に浸透していかないのだ。
「くっ……!」
さらに力を込める。スキルでできる、最大限の干渉。
すると、ミスリル大根の表面が、わずかに、本当にわずかに粉を吹いた。削れたのは、おそらく〇・一ミリにも満たないだろう。
「……これが限界か」
俺はどっと疲れて手を下ろした。スキルを使っても、表面をやすりで削る程度のことしかできない。これでは、武具や防具に加工するなど夢のまた夢だ。
「宝の持ち腐れ、とはこのことだな」
俺は切り株に腰掛け、天を仰いだ。
規格外のポーションに、伝説の金属。俺の農園は、とんでもないお宝を生み出す場所だった。だが、そのお宝を活かす術を、俺は持っていなかった。
「アルフォンス、落ち込むことはありません」
シルフィが慰めるように言った。「そもそも、ミスリルを加工できる者など、この大陸広しといえど、ごく一握りです。特に、ドワーフ族の中でも『王家の鍛冶師』の血を引く者でなければ、ミスリルを溶解させることすらできないと言われています」
「ドワーフか……。そういえば、そんな話を聞いたことがあるな」
「竜の牙」にいた頃、遠征先の鉱山都市でドワーフの鍛冶師に会ったことがある。彼らは皆、頑固で誇り高い職人だった。
「仮にそんなすごい鍛冶師を見つけられたとして、これをどう説明するんだ? 『畑で採れました』なんて言っても、誰も信じないだろう」
「そうですね……」シルフィも難しい顔で頷く。「それに、これほどの価値のあるものがここにあると知られれば、あなたの望む静かな生活は終わりを迎えるでしょう。国が、あるいはもっと厄介な組織が、力ずくで奪いに来るかもしれません」
シルフィの言葉は、俺が心の奥で感じていた不安を的確に言い当てていた。
そうだ。俺はスローライフを送るためにここに来たのだ。国を揺るがすようなお宝騒動に巻き込まれたいわけじゃない。
「……決めた。このミスリル大根は、当分は秘密にしておこう」
俺は立ち上がった。「第二階層で育てて、収穫できた分は、ダンジョンの奥にでも隠しておく。俺たちにはまだ、これを扱う資格も力もない」
「それが賢明な判断だと思います」
シルフィも静かに同意してくれた。
俺たちは収穫したミスリル大根を布に包み、ダンジョンの第一階層の隅、岩陰の奥深くに隠した。
地上に戻ると、もう日は傾きかけていた。
結局、半日かけて分かったのは、俺たちがミスリル大根をどうすることもできない、という事実だけだった。
だが、不思議と気分は落ち込んでいなかった。
俺は自分の畑に目を向けた。マナウォーターを吸って黒々と輝く大地。そこには、俺が植えたジャガイモの芽が、力強く顔を出していた。
「おお、芽が出てる」
俺は思わず駆け寄り、その小さな緑の葉を優しく撫でた。
ミスリルのような派手さはない。だが、これは俺が育て、俺の糧となる、確かな恵みだ。
伝説の金属よりも、この小さな芽の方が、今の俺にはずっと愛おしく、価値があるように感じられた。
「アルフォンスは、本当に土が好きなんですね」
後ろから見ていたシルフィが、くすりと微笑んだ。
「まあな。俺にできるのは、これくらいだから」
俺は照れ隠しにそう言うと、新しいクワを手に取り、まだ手つかずだった区画を耕し始めた。
夕食後、俺とシルフィはいつものように焚き火を囲んでいた。
彼女はポーション草の新たな調合を試しており、俺は買ってきた砥石で農具の手入れをしていた。穏やかで、満ち足りた時間。ミスリルのことなど、もうすっかり頭から消えていた。
この平穏こそが、俺が手に入れたかった宝物なのだ。
その頃、テルマの街の冒険者ギルドでは。
買取係のエリーゼが、ギルドマスターの執務室で報告を行っていた。
「……以上が、先日持ち込まれたポーションに関する調査結果です。成分、効果、いずれも過去の記録に類を見ません。治癒魔法の権威である神殿の司祭も、『奇跡としか言いようがない』と」
「うむ……」
壮年のギルドマスターは、机に置かれた緑色のポーションを眺めながら、深く腕を組んだ。「持ち込んだ男の素性は、まだ分からんのか?」
「はい。フードを目深にかぶっており、顔は……。ただ、その手は土で汚れていました。もしかしたら、どこかの農夫か、あるいは薬草栽培家かと」
「農夫がこれほどのポーションを……?」
ギルドマスターは首を捻る。
「噂は、すでに王都の一部の商会や貴族の耳にも届いているようです。高値で買い取りたいという問い合わせが、日に日に増えています」
「だろうな。だが、安易に情報を流すな。あのポーションは、使い方次第では戦争の勝敗すら左右しかねん代物だ。持ち主が何者か分かるまで、慎重に動け」
「はっ!」
エリーゼが退出した後、ギルドマスターは一人、窓の外に広がる街の夜景を見つめていた。
「奇跡のポーションと、謎の男か……。どうも、この辺境の地が、きな臭くなってきたわい」
俺たちの知らないところで、小さな波紋は着実に広がり、やがて大きな波となってこの静かな農園に押し寄せようとしていた。
俺たちがそのことに気づくのは、もう少しだけ先の話である。
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