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第30話 農園攻防戦② -籠城-
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門の内側で繰り広げられた一方的な蹂躙劇は、門の外で待機していた後続部隊の戦意を完全に打ち砕いた。
彼らは見たのだ。仲間たちが、まるで神の怒りに触れたかのように大地そのものに捕らえられ、無力化されていく様を。それは人の力が到底及ぶものではない、天変地異のような光景だった。
「ひ……引けっ! 全軍、一旦引けぇぇぇっ!」
部隊の指揮官の一人が恐怖に裏返った声で叫んだ。
その命令を待っていたかのように、兵士たちは我先にと背を向け逃げ出していく。統制など、もはやどこにもなかった。
「ま、待て! 逃げるな、この臆病者どもが!」
馬上で代官バルトークが必死に叫ぶが、彼の声に耳を貸す者はいない。彼の絶対的な権威は、目の前で起きた超常現象によって完全に失墜していた。
「おのれ……おのれアルフォンス……!」
バルトークは憎悪に顔を歪ませながら、自身も馬首を返し、敗走する軍勢の後を追った。その背中は威厳ある領主のそれではなく、ただの哀れな敗残者のそれだった。
敵軍が完全に撤退していくのを、俺たちは壁の上から静かに見送った。
農園の内側では、捕らえられた三十人ほどの兵士たちがゴーレムたちによって武装解除させられ、一箇所に集められている。彼らは皆、戦意を喪失し呆然と地面に座り込んでいた。
「……終わった、のか?」
リズベットがまだ信じられないといった様子で呟いた。
「いいえ。おそらく、これは籠城戦の始まりです」
シルフィが冷静に答える。「彼らはこの農園の異常さを理解したはず。正面からの突撃が無意味だと悟れば、次に来るのは兵糧攻め……包囲作戦でしょう」
彼女の言う通りだった。
バルトークは、このままテルマの街に引き返すような男ではない。プライドをズタズタにされた彼は、どんな手を使ってでも俺たちを屈服させようとするだろう。
そして、その日の夕方にはシルフィの予測が正しかったことが証明された。
敗走した代官の軍勢は、俺たちの農園から数百メートル離れた場所に陣を敷き、野営の準備を始めたのだ。
彼らは農園をぐるりと囲むように陣地を配置し、完全な包囲網を築き上げた。
ここから一歩も出すな、一匹のネズミも逃がすな、という明確な意思表示だった。
「へっ、やる気満々じゃねえか。だが、アタシたちに兵糧攻めが通用するとでも思ってんのかね?」
リズベットが眼下の敵陣を眺めながら鼻で笑った。
彼女の言う通り、兵糧攻めは俺たちにとって全く脅威ではなかった。
この農園は食料の宝庫だ。地上の畑には食べきれないほどの野菜が実っている。そして、地下のダンジョンには栄養価も味も最高級の食材が無限に湧いてくる。水も、マナウォーターが流れ続ける限り枯れる心配はない。
むしろ、困るのは敵の方だろう。
二百近い大軍を、この何もない辺境の地で維持し続けるのは並大抵のことではない。食料も水も、すべてテルマの街から輸送してこなければならない。その補給線がいつまでもつか。
「おそらく、彼らの狙いは別のところにあるのでしょう」
シルフィが思案顔で言う。「代官は王都に騎士団の派遣を要請したと言っていました。彼らの本当の目的は、騎士団が到着するまで私たちをここに釘付けにしておくこと……なのかもしれません」
「なるほどな。自分たちで倒せないから、王家の大軍に丸投げするってわけか。どこまでもセコい野郎だ」
リズベットが吐き捨てる。
だが、シルフィの推測は俺たちの状況が決して楽観視できるものではないことを示していた。
王都の騎士団。それはこの国の最強戦力だ。彼らが本気で動けば、いくら俺たちの農園が要塞化されていようとも無事では済まないだろう。俺たちは反逆者として、国そのものを敵に回すことになる。
タイムリミットは騎士団が到着するまで。
「……長期戦になるな」
俺は覚悟を決めて言った。「だが、好都合だ。この時間を使って、俺たちはさらに強くなる」
俺たちの籠城生活が始まった。
それは悲壮感に満ちたものでは全くなかった。むしろ、これまで以上に活気に満ちた創造的な日々だった。
俺は捕虜にした兵士たちを労働力として活用することにした。
「お前たちに選択肢をやろう。一つは、このまま牢屋で朽ち果てるか。もう一つは、俺たちの農園のために働くかだ。働けば三食昼寝付きで、命の保証はしてやる。どうする?」
彼らに拒否する理由などなかった。
元兵士たちはゴンスケたちの監視の下、畑仕事や壁の修復作業に従事した。最初は恐る恐るだったが、ここで採れる作物のあまりの美味さ、そして理不尽な命令を下す上官がいない自由な環境に、彼らの心は次第に解きほぐされていった。中には代官の圧政に苦しめられ、無理やり徴兵された者も多かったらしい。
シルフィは新たな妨害薬の開発に没頭していた。
第三階層で採取した植物を調合し、強烈な臭気を放つ『悪臭玉』や、吸い込むと眠りに落ちてしまう『催眠胞子』などを次々と完成させていく。
「これらを風に乗せて敵陣に送り込めば、彼らの士気を削ぎ、補給部隊を妨害することも可能でしょう」
彼女の瞳はまるで新しいおもちゃを見つけた子供のように、キラキラと輝いていた。
リズベットはバリスタの改良と、新たな防衛兵器の開発に取り組んでいた。
「ただ撃つだけじゃ芸がねえ。次は、連射式のバリスタや油を遠くまで飛ばせる投石器でも作ってやるか!」
彼女の工房からは昼夜を問わず、楽しげな槌音が響き渡っていた。
そして俺は、スキル【土いじり】のさらなる可能性を追求していた。
これまでは地形操作やゴーレム生成といった大規模な運用が主だった。だが、もっと精密なミクロな操作も可能なのではないか。
俺は土の粒子一つ一つを操るイメージでスキルを発動させた。
すると、手のひらの上の土がまるで生き物のように形を変え、精巧な歯車や細い糸へと姿を変えていった。
「……これなら、いける」
俺は農園全体を覆う巨大な『監視網』の構築に取り掛かった。
壁の内側と外側の地面の下に、俺の魔力と繋がった土の神経網を張り巡らせる。それにより、敷地内のどこで何が起きているのか、誰がどこを歩いているのかを手に取るように感知できるようになったのだ。
食料は無限。防衛設備は日に日に強化され、兵力(ゴーレム)も増えていく。
俺たちの農園は籠城しながら、リアルタイムで成長していく要塞と化していた。
外で包囲を続ける代官の軍は、日に日に疲弊していくのが手に取るように分かった。
シルフィの悪臭玉が風に乗って陣地に届くたびに、彼らの間には悲鳴と混乱が広がる。食料の輸送部隊は俺が森の中に仕掛けた新たな罠によって、度々足止めを食らっていた。
彼らの士気は目に見えて低下していた。
籠城開始から一週間。
代官の陣地から見ていた兵士の一人が、信じられないものを見た、と仲間たちに語り始めた。
「……あの壁の内側で、収穫祭のようなものをやっている……。陽気な音楽が聞こえてきて、美味そうな肉の焼ける匂いがするんだ……」
そう。俺たちは捕虜たちと合同で、バーベキューパーティーを開いていたのだ。
この農園がどれほど豊かで平和な場所であるかを見せつけるために。
そして、自分たちの戦いが何を守るためのものであるかを再確認するために。
その光景は飢えと疲労に苦しむ包囲軍にとって、何よりたちの悪い精神的な攻撃となっただろう。
代官バルトークの焦りは、もはや限界に達しつつあった。
彼らは見たのだ。仲間たちが、まるで神の怒りに触れたかのように大地そのものに捕らえられ、無力化されていく様を。それは人の力が到底及ぶものではない、天変地異のような光景だった。
「ひ……引けっ! 全軍、一旦引けぇぇぇっ!」
部隊の指揮官の一人が恐怖に裏返った声で叫んだ。
その命令を待っていたかのように、兵士たちは我先にと背を向け逃げ出していく。統制など、もはやどこにもなかった。
「ま、待て! 逃げるな、この臆病者どもが!」
馬上で代官バルトークが必死に叫ぶが、彼の声に耳を貸す者はいない。彼の絶対的な権威は、目の前で起きた超常現象によって完全に失墜していた。
「おのれ……おのれアルフォンス……!」
バルトークは憎悪に顔を歪ませながら、自身も馬首を返し、敗走する軍勢の後を追った。その背中は威厳ある領主のそれではなく、ただの哀れな敗残者のそれだった。
敵軍が完全に撤退していくのを、俺たちは壁の上から静かに見送った。
農園の内側では、捕らえられた三十人ほどの兵士たちがゴーレムたちによって武装解除させられ、一箇所に集められている。彼らは皆、戦意を喪失し呆然と地面に座り込んでいた。
「……終わった、のか?」
リズベットがまだ信じられないといった様子で呟いた。
「いいえ。おそらく、これは籠城戦の始まりです」
シルフィが冷静に答える。「彼らはこの農園の異常さを理解したはず。正面からの突撃が無意味だと悟れば、次に来るのは兵糧攻め……包囲作戦でしょう」
彼女の言う通りだった。
バルトークは、このままテルマの街に引き返すような男ではない。プライドをズタズタにされた彼は、どんな手を使ってでも俺たちを屈服させようとするだろう。
そして、その日の夕方にはシルフィの予測が正しかったことが証明された。
敗走した代官の軍勢は、俺たちの農園から数百メートル離れた場所に陣を敷き、野営の準備を始めたのだ。
彼らは農園をぐるりと囲むように陣地を配置し、完全な包囲網を築き上げた。
ここから一歩も出すな、一匹のネズミも逃がすな、という明確な意思表示だった。
「へっ、やる気満々じゃねえか。だが、アタシたちに兵糧攻めが通用するとでも思ってんのかね?」
リズベットが眼下の敵陣を眺めながら鼻で笑った。
彼女の言う通り、兵糧攻めは俺たちにとって全く脅威ではなかった。
この農園は食料の宝庫だ。地上の畑には食べきれないほどの野菜が実っている。そして、地下のダンジョンには栄養価も味も最高級の食材が無限に湧いてくる。水も、マナウォーターが流れ続ける限り枯れる心配はない。
むしろ、困るのは敵の方だろう。
二百近い大軍を、この何もない辺境の地で維持し続けるのは並大抵のことではない。食料も水も、すべてテルマの街から輸送してこなければならない。その補給線がいつまでもつか。
「おそらく、彼らの狙いは別のところにあるのでしょう」
シルフィが思案顔で言う。「代官は王都に騎士団の派遣を要請したと言っていました。彼らの本当の目的は、騎士団が到着するまで私たちをここに釘付けにしておくこと……なのかもしれません」
「なるほどな。自分たちで倒せないから、王家の大軍に丸投げするってわけか。どこまでもセコい野郎だ」
リズベットが吐き捨てる。
だが、シルフィの推測は俺たちの状況が決して楽観視できるものではないことを示していた。
王都の騎士団。それはこの国の最強戦力だ。彼らが本気で動けば、いくら俺たちの農園が要塞化されていようとも無事では済まないだろう。俺たちは反逆者として、国そのものを敵に回すことになる。
タイムリミットは騎士団が到着するまで。
「……長期戦になるな」
俺は覚悟を決めて言った。「だが、好都合だ。この時間を使って、俺たちはさらに強くなる」
俺たちの籠城生活が始まった。
それは悲壮感に満ちたものでは全くなかった。むしろ、これまで以上に活気に満ちた創造的な日々だった。
俺は捕虜にした兵士たちを労働力として活用することにした。
「お前たちに選択肢をやろう。一つは、このまま牢屋で朽ち果てるか。もう一つは、俺たちの農園のために働くかだ。働けば三食昼寝付きで、命の保証はしてやる。どうする?」
彼らに拒否する理由などなかった。
元兵士たちはゴンスケたちの監視の下、畑仕事や壁の修復作業に従事した。最初は恐る恐るだったが、ここで採れる作物のあまりの美味さ、そして理不尽な命令を下す上官がいない自由な環境に、彼らの心は次第に解きほぐされていった。中には代官の圧政に苦しめられ、無理やり徴兵された者も多かったらしい。
シルフィは新たな妨害薬の開発に没頭していた。
第三階層で採取した植物を調合し、強烈な臭気を放つ『悪臭玉』や、吸い込むと眠りに落ちてしまう『催眠胞子』などを次々と完成させていく。
「これらを風に乗せて敵陣に送り込めば、彼らの士気を削ぎ、補給部隊を妨害することも可能でしょう」
彼女の瞳はまるで新しいおもちゃを見つけた子供のように、キラキラと輝いていた。
リズベットはバリスタの改良と、新たな防衛兵器の開発に取り組んでいた。
「ただ撃つだけじゃ芸がねえ。次は、連射式のバリスタや油を遠くまで飛ばせる投石器でも作ってやるか!」
彼女の工房からは昼夜を問わず、楽しげな槌音が響き渡っていた。
そして俺は、スキル【土いじり】のさらなる可能性を追求していた。
これまでは地形操作やゴーレム生成といった大規模な運用が主だった。だが、もっと精密なミクロな操作も可能なのではないか。
俺は土の粒子一つ一つを操るイメージでスキルを発動させた。
すると、手のひらの上の土がまるで生き物のように形を変え、精巧な歯車や細い糸へと姿を変えていった。
「……これなら、いける」
俺は農園全体を覆う巨大な『監視網』の構築に取り掛かった。
壁の内側と外側の地面の下に、俺の魔力と繋がった土の神経網を張り巡らせる。それにより、敷地内のどこで何が起きているのか、誰がどこを歩いているのかを手に取るように感知できるようになったのだ。
食料は無限。防衛設備は日に日に強化され、兵力(ゴーレム)も増えていく。
俺たちの農園は籠城しながら、リアルタイムで成長していく要塞と化していた。
外で包囲を続ける代官の軍は、日に日に疲弊していくのが手に取るように分かった。
シルフィの悪臭玉が風に乗って陣地に届くたびに、彼らの間には悲鳴と混乱が広がる。食料の輸送部隊は俺が森の中に仕掛けた新たな罠によって、度々足止めを食らっていた。
彼らの士気は目に見えて低下していた。
籠城開始から一週間。
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「……あの壁の内側で、収穫祭のようなものをやっている……。陽気な音楽が聞こえてきて、美味そうな肉の焼ける匂いがするんだ……」
そう。俺たちは捕虜たちと合同で、バーベキューパーティーを開いていたのだ。
この農園がどれほど豊かで平和な場所であるかを見せつけるために。
そして、自分たちの戦いが何を守るためのものであるかを再確認するために。
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代官バルトークの焦りは、もはや限界に達しつつあった。
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