スキル【土いじり】でパーティを追放された俺、開墾した畑からダンジョンが生えてきた。

夏見ナイ

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第29話 農園攻防戦① -開戦-

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決戦の日は三日後に訪れた。
その日の早朝、壁の上で見張りをしていたフェンリルが、これまでにないほど長く鋭い遠吠えを響かせた。それはただの警戒信号ではなかった。大地を揺るがすほどの、巨大な軍勢の接近を告げる警鐘だった。

俺たちはすぐに櫓の上に駆け上がり、息を呑んだ。
地平線の彼方から、黒い津波が押し寄せてくる。
槍の穂先が朝日を反射して鈍く輝き、掲げられた旗が風にはためいている。兵士たちの行軍が巻き上げる砂塵は、巨大な竜が吐く息のようだった。

その数、およそ二百。
テルマの街の正規兵に加え、金で雇われたのであろう、なりふりの構わない傭兵たちの姿も混じっている。先頭には仰々しい甲冑に身を固めた代官バルトークが馬上に跨り、憎悪に満ちた目でこちらを睨みつけていた。

「……来たな」
俺は静かに呟いた。その声に震えはなかった。
「へっ、大軍を率いて、ご苦労なこった」
リズベットがウォーハンマーを肩の上で楽しそうに弾ませる。
「アルフォンス、準備はよろしいですか」
シルフィが静かな、しかし覚悟の宿った瞳で俺を見た。

俺は頷いた。
「ああ。始めよう。俺たちの本当の防衛戦を」

代官の軍勢は、俺たちが仕掛けた罠地帯をもはや無視して突き進んでくる。ぬかるみにはまり、ツタに絡め取られ、落とし穴に落ちる兵士もいたが、後続の部隊がその屍を乗り越え、強引に道を切り開いていく。
彼らの目的はただ一つ、この農園を蹂-躙すること。そのためには多少の犠牲など厭わないという、狂気に満ちた覚悟が見て取れた。

やがて、軍勢の第一陣が俺たちの農園を囲む巨大な壁の前まで到達した。
「全軍、攻撃開始! あの忌々しい壁を、門を、粉砕せよ!」
バルトークの甲高い号令が響き渡る。
兵士たちは鬨の声を上げ、前回と同じように梯子を壁にかけ、巨大な破城槌で門を破壊しようと殺到した。

だが、今回は前回とは訳が違った。
「そう何度も、同じ手が通用すると思うなよ!」
リズベットが櫓の上から叫ぶ。
彼女が足元のレバーを蹴り飛ばすと、壁の上部に偽装されていた板が外れ、そこからいくつもの巨大な弩(いしゆみ)――バリスタが姿を現した。
それはリズベットがこの三日間、不眠不休で作り上げた農園の新たな防衛兵器だった。ミスリルを編み込んだ強靭な弦と、ロック・スコーピオンの甲殻を削り出して作った鋭い矢じりを持つ、対軍宝具だ。

「放て!」
リズベットの号令で、シルフィと手伝いのために配置された数体のゴンスけたちが一斉にバリスタの引き金を引いた。
ビュウウウッ、という凄まじい風切り音と共に巨大な矢が放たれる。
それはもはや矢というよりも一本の槍だった。
放たれた槍は音速に近い速度で飛び、破城槌を担いでいた兵士たちの集団に突き刺さった。

ドズン、という鈍い音。
一撃で五、六人の兵士が鉄串のように貫かれ、その勢いのまま後方へと吹き飛ばされる。
「ぎゃあああっ!」
「な、なんだ、今の攻撃は!?」
兵士たちの間に動揺が走った。

だが、悪夢はそれだけでは終わらない。
バリスタの第二射、第三射が間髪入れずに放たれる。
梯子を登ろうとしていた部隊、弓矢でこちらを狙っていた部隊。そのどれもがバリスタの圧倒的な破壊力の前に、なすすべもなく蹂-躙されていった。

「怯むな! 撃ち返せ! 火矢を放て!」
敵の隊長が必死に叫び、兵士たちが壁の上に向かって無数の矢を放ってくる。
だが、その矢は壁の上部に到達する寸前で不可視の力に阻まれて弾かれた。
「……風の結界です」
シルフィが静かに呟く。「エルフの秘術ですが、少しだけなら」
彼女の周囲には淡い緑色の魔力の光が渦巻いていた。

敵の遠距離攻撃はほぼ無力化された。
戦いの主導権は完全に俺たちが握っている。
このまま壁の上から一方的に敵を削り続けることも可能だろう。
だが、それでは終わらない。バルトークは全滅するまで攻撃をやめないだろう。
決着をつけるには奴らをこの中に引きずり込むしかない。

俺は壁の下で待機しているリズベットに合図を送った。
彼女はニヤリと笑うと、門の閂を操作する。
ギイイイイッ……。
再び、あの重い音を立てて正門がゆっくりと開かれていった。

「門が開いたぞ! チャンスだ! 全員、突入せよ!」
敵の隊長が好機とばかりに叫んだ。
兵士たちはバリスタの恐怖から逃れるように、我先にと門の中へと殺到してくる。
それはまさに俺が望んだ展開だった。
死地への愚かな突撃。

「……来たな」
俺は櫓の上から、眼下に広がる自分の畑を見下ろした。
黒々とした、静かな大地。
だが、その地下には俺の命令一つで発動する、無数の『仕掛け』が眠っている。

兵士たちの第一陣、およそ三十人が門をくぐり農園の内部へと侵入してきた。
彼らは目の前に広がる穏やかな畑の光景に、一瞬戸惑ったようだった。そして、その奥で待ち構えるゴンスケ部隊の姿を視界に捉えた。
「敵はあそこだ! 囲んで叩け!」

兵士たちがゴンスケたちに向かって突撃を開始した、その瞬間。
俺は右手を静かに振り下ろした。

「――起動」

俺の命令に大地が応えた。
ゴゴゴゴゴ……!
凄まじい地響きと共に、兵士たちが踏みしめていた畑の地面が大規模に隆起し、あるいは陥没し始めたのだ。

「うわあっ!?」
「な、地面が……!」
平坦だったはずの畑は、瞬時にして複雑な迷路のような地形へと姿を変えた。行く手を阻む高い土壁、足をすくう深いクレバス。兵士たちは完全に分断され、混乱に陥った。

そして、俺の本当の罠が牙を剥いた。
隆起した土壁のあちこちから、第三階層で採取した粘着ツタが、まるで無数の触手のように伸びてきて兵士たちの足に絡みつく。
さらに、地面に埋め込んでおいた『凍る苔』が起動し、兵士たちの足元を次々と凍結させていく。

「足が……動かない!」
「なんだこれは!?」
身動きを封じられた兵士たちにとどめを刺したのは、シルフィがツタに塗り込んでおいた特殊な植物のエキスだった。それは強烈な催涙効果と、皮膚への刺激を引き起こす。
「目が……目がぁぁ!」
「痛い! 痒い!」

もはや軍隊としての統制は完全に崩壊していた。
ある者はツタに捕らわれ、ある者は氷に足を取られ、またある者は涙と鼻水を流しながら地面を転げ回っている。
それは戦いというよりも、一方的な実験場のようだった。

「……仕上げだ」
俺は静かに呟くと、スキルを最大限に解放した。
「いでよ、我が僕」
兵士たちがもがき苦しむ畑の土が盛り上がり、次々と新たな土のゴーレムへと姿を変えていく。その数は瞬く間に五十体を超えた。
既存のゴンスケ部隊と合わせて、百体近いゴーレム軍団が身動きの取れない兵士たちを静かに包囲した。

絶望。
兵士たちの顔に浮かんでいたのは、ただその一文字だった。

門の外で後続の部隊を率いて突入の機会をうかがっていたバルトークも、中の惨状を目の当たりにして言葉を失っていた。
「……ま、魔術……? いや、これは……なんだ、一体……?」
彼の理解を超えた現象。
この農園は生きている。そして、侵入者を排除するためにその姿を自在に変えるのだ。

開戦からわずか三十分。
敵の第一陣は戦うことすらできずに、完全に無力化された。
俺たちの農園は一滴の血も流すことなく、侵入者を捕らえたのだ。

俺は櫓の上から呆然と立ち尽くすバルトークを、冷たい目で見下ろした。
「……これが、俺の戦い方だ」
呟きは誰に聞かれることもなく、硝煙の代わりに土埃が舞う戦場に静かに消えていった。
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