スキル【土いじり】でパーティを追放された俺、開墾した畑からダンジョンが生えてきた。

夏見ナイ

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第31話:農園攻防戦③ -決着-

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籠城生活が十日目を迎えた。
俺たちの農園は包囲されているというのに、奇妙なほどの平穏と活気に満ちていた。畑ではゴンスケたちが黙々と働き、工房からはリズベットの楽しげな槌音が響き、シルフィの研究小屋からは時折色とりどりの煙が立ち上る。捕虜だった兵士たちも今ではすっかり農園の生活に馴染み、進んで作業を手伝うようになっていた。

対照的に、壁の外に陣取る代官の軍は日に日にその惨状を色濃くしていた。
補給は滞り、兵士たちの顔には疲労と飢え、そして先の見えない戦いへの絶望が浮かんでいる。夜になればシルフィが開発した悪臭玉や催眠胞子が風に乗って陣地に流れ込み、彼らの安眠を妨害した。
兵士たちの間では、いつしかこんな噂が囁かれるようになっていた。
「あの壁の向こうにいるのはただの農夫じゃない」
「大地を操り、魔物を従える大地の魔人だ」
「俺たちは、神の領域に手を出してしまったんじゃないのか……」

士気の低下はもはや隠しようもなかった。
その報告を毎日聞かされていた代官バルトークの焦燥は、頂点に達していた。
王都に派遣した伝令からはまだ何の連絡もない。騎士団が到着する前に、このまま自軍が内側から崩壊してしまうのではないか。その恐怖が彼の精神を蝕んでいた。

「……もう待てん」
籠城十一日目の朝。
バルトークは血走った目でそう呟くと、最後の決断を下した。
「全軍に伝えろ! これより最後の総攻撃を開始する! 生き残った全部隊であの壁に総攻撃をかけ、何としても突破するのだ! 躊躇う者は斬る!」

それはもはや作戦とは呼べない、やけくその特攻命令だった。
兵士たちは死を宣告された罪人のように青ざめた顔で、それでも代官の命令に逆らうことはできず、最後の武装を整え始めた。

壁の上で監視網を通してその様子を感知していた俺は、静かに仲間たちに告げた。
「……来るぞ。最後の戦いだ」

地響きと共に、代官の全軍が鬨の声とも悲鳴ともつかない雄叫びを上げながら、壁に向かって殺到してきた。その数、およそ百五十。疲弊しているとはいえ、追い詰められた獣の持つ捨て身の勢いがあった。

「待ち構えていたぜ!」
リズベットが櫓の上で叫ぶ。
彼女が作り上げた新型の連射式バリスタが唸りを上げた。ガチャン、ガチャンという機構音と共に、巨大な矢が次々と恐るべき速度で放たれていく。
敵の前衛部隊は壁にたどり着く前に、なぎ倒される草のように刈り取られていった。

「風よ、彼の者らに憂いを運びなさい」
シルフィも壁の上から風の精霊に語りかけるように詠唱する。
彼女が投げ放ったいくつかの小袋が、風に乗って敵陣の真ん中で破裂した。中から色とりどりの胞子が舞い散る。
「う……なんだ、急に眠く……」
「ぐぅ……」
強烈な催眠胞子を吸い込んだ兵士たちが、ばたばたとその場に倒れ深い眠りに落ちていった。

俺たちの防衛兵器は相変わらず圧倒的な効果を発揮していた。
だが、敵の数は多い。
屍を乗り越え、眠りに落ちた仲間を踏み越え、一部の兵士たちはついに壁までたどり着き、再び梯子をかけ始めた。

「お頭! 門が破られる!」
リズベットが叫ぶ。
門には以前の倍以上の兵士が殺到し、巨大な破城槌で何度も何度も打ち付けている。ミスリルで補強された門も、さすがに永遠に持ちこたえることはできないだろう。ミシミシと木が軋む嫌な音が聞こえ始めていた。

このままでは、いずれ壁は突破される。
そうなれば農園の内部で、血で血を洗う乱戦が始まるだろう。
俺はそんなことは望んでいなかった。兵士たちの中には、元はただの農民だった者も多い。彼らをこれ以上傷つけたくはなかった。

俺は櫓の最上段に一人で立つと、敵の本陣を見据えた。
そこでは代官バルトークが馬上に跨り、狂ったように剣を振り回しながら兵士たちを鼓舞している。
全ての元凶はあの男だ。
あの男一人の醜い欲望とプライドのために、これだけの血が流れようとしている。

「……もう、終わりにしよう」

俺は静かに呟いた。
そして大地に、この農園の土に、意識を深く、深く沈めていく。
監視網を通して敵陣の正確な位置、兵士たちの配置、そしてバルトークがいる中心地点の座標を完璧に把握する。
俺は右手をゆっくりと天に掲げた。

「お前たちの戦場は、ここじゃない」

スキル【土いじり】を、これまでにない規模で最大限に解放する。
俺の意思が大地を駆け巡る。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

突如、世界が揺れた。
それは地震などという生やさしいものではなかった。
代官の軍が陣取る大地そのものが、巨大な生き物のように唸りを上げ、脈動を始めたのだ。

「な、なんだ!? 地震か!?」
「ぎゃああ! 地面が割れる!」
壁に殺到していた兵士たちが恐怖に足を止める。
彼らの目の前で、そして後方の本陣で、信じられない光景が繰り広げられていた。

大地に巨大な亀裂が何本も走る。
バルトークが指揮を執っていた本陣の地面が、まるで巨大な口が開くかのように円形に、そして大規模に陥没し始めたのだ。
テントが、物資が、そして何十人もの兵士たちが悲鳴と共に崩れ落ちる地面へと飲み込まれていく。

それはもはや人間の仕業ではなかった。
天変地異。神の怒り。
誰もがそうとしか思えなかった。

「うわあああああああっ!」
代官バルトークも愛馬と共にバランスを崩し、陥没の中心部へと滑り落ちていった。
土煙が舞い上がり、すべてを覆い隠す。
やがて揺れが収まった時、そこには直径五十メートルはあろうかという巨大なクレーターが出現していた。
壁に向かって突撃していた兵士たちは、そのあまりに人知を超えた光景に武器を落とし、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

戦いは、終わった。
誰が命令するでもなく、すべての兵士が戦うという意志を完全に喪失していた。

俺は静かに掲げていた右手を下ろした。
クレーターの中心部。泥まみれになり甲冑も歪み、みすぼらしい姿で気を失っているバルトークの体が、ゆっくりと土の中からせり上がってきた。
まるで大地が異物を吐き出すかのように。
そして彼の体を、土でできた巨大な腕が優しく、しかし決して逃がさないように掴み上げた。

俺は壁の上から捕らえられた代官と、戦意を失った全軍を見下ろした。
農園に静寂が戻る。
その静寂を破るように、俺は魔力で増幅させた声を戦場全体に響かせた。

「戦いは、終わりだ」

「首謀者、代官バルトークの身柄はこちらで預かる。お前たちにこれ以上戦う理由はない。武器を捨て、己の村へ帰れ。これは命令ではない。この大地からの警告だ」

俺の静かな宣言が、静まり返った戦場に響き渡る。
兵士たちは顔を見合わせ、やがて一人、また一人とその場に武器を捨て始めた。
彼らの顔には敗北の悔しさではなく、悪夢から解放されたような安堵の色が浮かんでいた。

こうして、俺たちの農園を巡る攻防戦は決着した。
それは血と硝煙ではなく、圧倒的な力の差を見せつけることによってもたらされた勝利だった。
だが俺は知っている。
本当の問題はまだ何も解決していないことを。

捕らえた代官をどうするか。
そして、いずれやって来るであろう王都の騎士団にどう対処するのか。
俺たちの戦いはまだ、次のステージへと続いている。
俺は土の腕に掴まれたまま気を失っているバルトークを、冷たい目で見下ろしながら次の一手を思考し始めていた。
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