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第65話:外交交渉決裂
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クラウスが剣を掲げたのを合図に、グライフ帝国の鋼鉄の軍勢は静かに、しかし恐るべき統制をもって動き出した。
それはバルトークの私兵たちが見せたような感情的な突撃ではなかった。
前衛の重装歩兵たちが巨大な鉄の盾『パヴィース』を掲げ、隙間のない壁『タートルフォーメーション』を形成する。それはあらゆる飛び道具を完全に防ぎきる、帝国が誇る鉄壁の陣形だった。
その後方からは大型の破城槌や組み立て式の攻城櫓が、ゆっくりと、しかし確実に前進してくる。
「……ちっ、厄介な陣形を組んできやがったな」
壁の上からその光景を見ていたリズベットが、忌々しげに舌打ちした。
「あの盾はミスリルさえ混ぜ込まれた特注品です。連射式バリスタでも容易には貫けないでしょう」
シルフィも厳しい表情で分析する。
敵は俺たちの手の内を完全に見抜いていた。
遠距離からの迎撃が無力化されると悟れば、次は壁そのものを破壊するか乗り越えるための正攻法に切り替えてくる。
クラウスという指揮官の冷静で的確な判断力だった。
「アルフォンス様!」
義勇軍の隊長が緊迫した声で俺に指示を仰ぐ。
俺は静かに前進してくる鉄の亀を睨みつけていた。
そしてゆっくりと右手を上げる。
「慌てるな。まだだ。まだ俺たちの間合いじゃない」
俺たちの本当の戦場は壁の外ではない。
この壁の内側、俺の【神の農園】の力が最大限に発揮されるこの大地そのものだ。
俺は敵が門の前まで到達するのを静かに待った。
やがて帝国の軍勢はほとんど損害を出すことなく、壁の前まで到達した。
巨大な破城槌が門に向かって振り上げられる。
攻城櫓が壁に寄せられ、その上から帝国最強の兵士たちが俺たちの頭上へと乗り込もうとしていた。
戦いの火蓋が切られようとした、まさにその瞬間。
俺は振り上げていた右手を静かに振り下ろした。
「――時は来た」
その言葉は誰に言うでもなく、ただこの大地に向けて告げられた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
世界が再び揺れた。
だがそれはバルトークの軍勢を飲み込んだような局地的な陥没ではなかった。
俺たちのアルカディア村を囲む巨大な壁、その『外側』の地面が数百メートルにわたって、まるで巨大な波がうねるかのように大規模に、そして複雑に隆起と陥没を始めたのだ。
「な、なんだ!? 地面が……!」
「うわあああっ!」
タートルフォーメーションを組んでいた帝国兵たちは突然足元の安定を失った。ある者は隆起した地面によって天に突き上げられ、ある者は開いたクレバスへと滑り落ちていく。
鉄壁を誇った陣形は、大地そのものの反逆に為す術もなく一瞬にして崩壊した。
破城槌も攻城櫓も、傾いた地面の上ではもはやただの巨大なガラクタだった。
だが俺の攻撃はそれだけでは終わらない。
「目覚めよ、森の巨人たち」
俺が森に向かって呼びかける。
すると農園の周囲を取り囲んでいた「嘆きの森」の木々がまるで生き物のように、その根を動かし歩き始めたのだ。
それは古代の魔法でしか呼び出せないとされる木の巨人『トレント』の軍団だった。
俺がこの数日間、密かに森の木々に俺の魔力と大地の生命力を注ぎ込み、生み出しておいたアルカディアの隠された防衛戦力。
「グルオオオオ……」
数十体のトレントが地響きを立てて混乱に陥った帝国軍へと、その巨大な腕を振り下ろしていく。
兵士たちの鋼鉄の鎧は、木の巨人の圧倒的なパワーの前ではブリキの玩具のようにいともたやすく捻じ曲げられていった。
「馬鹿な……。地形操作だけでなく森さえも兵隊に変えるだと……?」
後方で指揮を執っていたクラウスが、信じられないものを見るかのように絶句していた。
彼の完璧だったはずの作戦は、俺の人知を超えた力の前に完全に粉砕されたのだ。
戦場はもはや阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
大地は牙を剥き、森は兵士となって襲いかかる。
帝国軍は戦うどころか、ただその超常的な恐怖から逃げ惑うことしかできなかった。
「……ここまでだな」
俺は壁の上からその光景を冷たい目で見下ろしていた。
俺の目的は帝国軍の殲滅ではない。
彼らの戦意を完全に砕くこと。
そして俺たちを対等な相手として認めさせること。
俺は再び魔力で声を増幅させ、戦場全体に響き渡らせた。
「――聞け、帝国の兵士たちよ!」
その声には神の威光のような、有無を言わせぬ響きがあった。
「俺はアルフォンス・アルカディア。この大地の代行者である」
「俺たちは戦いを望まない。ただ平穏を望む。だが、我らが聖域を脅かす者には大地そのものが神罰を下すだろう」
俺は混乱する兵士たちと、その後方で唇を噛み締めながら俺を睨みつけるクラウスを見据えた。
「今一度問う。お前たちはそれでもなお、この大地に牙を剥くか?」
俺の問いに誰も答えることはできなかった。
彼らは理解したのだ。
自分たちが戦っている相手がただの村や要塞などではない、もっと根源的な世界の理そのものであるということを。
やがてクラウスがゆっくりと、その手に持っていた剣を鞘に納めた。
それは敗北を認めた証だった。
「……全軍、撤退する」
彼のかすれた声が戦場に響き渡る。
生き残った兵士たちはその言葉に安堵したように武器を捨て、負傷した仲間を助け起こしながらゆっくりと後退を始めた。
その背中にはもはや大陸最強の軍隊としての誇りは微塵も残ってはいなかった。
こうしてアルカディア村とグライフ帝国との戦いは終わった。
それは一人の死者も出すことなく、しかし帝国にとっては建国以来最も屈辱的な完全な敗北だった。
俺は撤退していく帝国軍の長い列を静かに見送っていた。
俺たちの外交は決裂した。
だがその決裂の果てに俺たちは最も重要なものを勝ち取ったのだ。
誰にも決して侵されることのない『国家としての尊厳』を。
俺たちのアルカディアは今この瞬間、名実ともに一つの独立国家としてこの世界にその産声を上げたのだった。
それはバルトークの私兵たちが見せたような感情的な突撃ではなかった。
前衛の重装歩兵たちが巨大な鉄の盾『パヴィース』を掲げ、隙間のない壁『タートルフォーメーション』を形成する。それはあらゆる飛び道具を完全に防ぎきる、帝国が誇る鉄壁の陣形だった。
その後方からは大型の破城槌や組み立て式の攻城櫓が、ゆっくりと、しかし確実に前進してくる。
「……ちっ、厄介な陣形を組んできやがったな」
壁の上からその光景を見ていたリズベットが、忌々しげに舌打ちした。
「あの盾はミスリルさえ混ぜ込まれた特注品です。連射式バリスタでも容易には貫けないでしょう」
シルフィも厳しい表情で分析する。
敵は俺たちの手の内を完全に見抜いていた。
遠距離からの迎撃が無力化されると悟れば、次は壁そのものを破壊するか乗り越えるための正攻法に切り替えてくる。
クラウスという指揮官の冷静で的確な判断力だった。
「アルフォンス様!」
義勇軍の隊長が緊迫した声で俺に指示を仰ぐ。
俺は静かに前進してくる鉄の亀を睨みつけていた。
そしてゆっくりと右手を上げる。
「慌てるな。まだだ。まだ俺たちの間合いじゃない」
俺たちの本当の戦場は壁の外ではない。
この壁の内側、俺の【神の農園】の力が最大限に発揮されるこの大地そのものだ。
俺は敵が門の前まで到達するのを静かに待った。
やがて帝国の軍勢はほとんど損害を出すことなく、壁の前まで到達した。
巨大な破城槌が門に向かって振り上げられる。
攻城櫓が壁に寄せられ、その上から帝国最強の兵士たちが俺たちの頭上へと乗り込もうとしていた。
戦いの火蓋が切られようとした、まさにその瞬間。
俺は振り上げていた右手を静かに振り下ろした。
「――時は来た」
その言葉は誰に言うでもなく、ただこの大地に向けて告げられた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
世界が再び揺れた。
だがそれはバルトークの軍勢を飲み込んだような局地的な陥没ではなかった。
俺たちのアルカディア村を囲む巨大な壁、その『外側』の地面が数百メートルにわたって、まるで巨大な波がうねるかのように大規模に、そして複雑に隆起と陥没を始めたのだ。
「な、なんだ!? 地面が……!」
「うわあああっ!」
タートルフォーメーションを組んでいた帝国兵たちは突然足元の安定を失った。ある者は隆起した地面によって天に突き上げられ、ある者は開いたクレバスへと滑り落ちていく。
鉄壁を誇った陣形は、大地そのものの反逆に為す術もなく一瞬にして崩壊した。
破城槌も攻城櫓も、傾いた地面の上ではもはやただの巨大なガラクタだった。
だが俺の攻撃はそれだけでは終わらない。
「目覚めよ、森の巨人たち」
俺が森に向かって呼びかける。
すると農園の周囲を取り囲んでいた「嘆きの森」の木々がまるで生き物のように、その根を動かし歩き始めたのだ。
それは古代の魔法でしか呼び出せないとされる木の巨人『トレント』の軍団だった。
俺がこの数日間、密かに森の木々に俺の魔力と大地の生命力を注ぎ込み、生み出しておいたアルカディアの隠された防衛戦力。
「グルオオオオ……」
数十体のトレントが地響きを立てて混乱に陥った帝国軍へと、その巨大な腕を振り下ろしていく。
兵士たちの鋼鉄の鎧は、木の巨人の圧倒的なパワーの前ではブリキの玩具のようにいともたやすく捻じ曲げられていった。
「馬鹿な……。地形操作だけでなく森さえも兵隊に変えるだと……?」
後方で指揮を執っていたクラウスが、信じられないものを見るかのように絶句していた。
彼の完璧だったはずの作戦は、俺の人知を超えた力の前に完全に粉砕されたのだ。
戦場はもはや阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
大地は牙を剥き、森は兵士となって襲いかかる。
帝国軍は戦うどころか、ただその超常的な恐怖から逃げ惑うことしかできなかった。
「……ここまでだな」
俺は壁の上からその光景を冷たい目で見下ろしていた。
俺の目的は帝国軍の殲滅ではない。
彼らの戦意を完全に砕くこと。
そして俺たちを対等な相手として認めさせること。
俺は再び魔力で声を増幅させ、戦場全体に響き渡らせた。
「――聞け、帝国の兵士たちよ!」
その声には神の威光のような、有無を言わせぬ響きがあった。
「俺はアルフォンス・アルカディア。この大地の代行者である」
「俺たちは戦いを望まない。ただ平穏を望む。だが、我らが聖域を脅かす者には大地そのものが神罰を下すだろう」
俺は混乱する兵士たちと、その後方で唇を噛み締めながら俺を睨みつけるクラウスを見据えた。
「今一度問う。お前たちはそれでもなお、この大地に牙を剥くか?」
俺の問いに誰も答えることはできなかった。
彼らは理解したのだ。
自分たちが戦っている相手がただの村や要塞などではない、もっと根源的な世界の理そのものであるということを。
やがてクラウスがゆっくりと、その手に持っていた剣を鞘に納めた。
それは敗北を認めた証だった。
「……全軍、撤退する」
彼のかすれた声が戦場に響き渡る。
生き残った兵士たちはその言葉に安堵したように武器を捨て、負傷した仲間を助け起こしながらゆっくりと後退を始めた。
その背中にはもはや大陸最強の軍隊としての誇りは微塵も残ってはいなかった。
こうしてアルカディア村とグライフ帝国との戦いは終わった。
それは一人の死者も出すことなく、しかし帝国にとっては建国以来最も屈辱的な完全な敗北だった。
俺は撤退していく帝国軍の長い列を静かに見送っていた。
俺たちの外交は決裂した。
だがその決裂の果てに俺たちは最も重要なものを勝ち取ったのだ。
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