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第22話 最初の仲間
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「……ゴブリン……」
怯えた小さな声。エルフの子供の瞳には、俺たちに対する純粋な恐怖が映っていた。無理もない。彼らエルフにとって、ゴブリンは忌むべき魔物であり、故郷を滅ぼした人間と同じか、それ以上に憎むべき存在なのかもしれない。
リリアが、慌てて子供をなだめようとする。
「大丈夫よ、この人たちは怖くないわ。私たちを助けてくれたの」
「でも……」
子供は、リリアの背後に隠れるようにして、俺たちから目を逸らさない。その視線は、俺だけでなく、周囲のゴブリンたちにも向けられていた。
ゴブリンたちの間にも、戸惑いの空気が流れていた。彼らにとっても、エルフという存在は初めて見るものだ。ある者は好奇の目で、ある者は怪訝な顔で、小さな来訪者を見つめている。このままでは、互いの不信感が無用な衝突を生みかねない。
俺は静かに立ち上がり、部下たちに向かって言った。
「全員、持ち場に戻れ。この子を驚かせるな」
俺の命令に、ゴブリンたちは少し不満そうな顔をしながらも、素直に従った。彼らは王の命令には逆らわない。だが、その背中からは「なぜ我々が、あんなチビのエルフに気を使わなければならないのか」という心の声が聞こえてくるようだった。
広場に残ったのは、俺とリリア、そしてエルフの子供の三人だけになった。
「名前は?」
俺が尋ねると、子供はびくりと肩を震わせたが、リリアに促され、か細い声で答えた。
「……ルゥ」
「そうか、ルゥ。俺はゴブ。ここの王だ」
俺はできるだけ威圧感を与えないように、ゆっくりと膝をつき、子供と目線の高さを合わせた。ホブゴブリンの俺が見下ろす形では、恐怖心を煽るだけだと判断したからだ。
「なぜ、あんな場所に一人でいた?」
「……みんな、人間に殺されちゃったから。僕だけ、お母さんが神殿の地下に隠してくれて……ずっと、一人で……」
ルゥは、途切れ途切れに語り始めた。襲撃の日のこと、燃え盛る炎と仲間たちの悲鳴、そして、暗い地下で息を殺し、瓦礫の隙間から食料を探して生き延びてきた日々。その過酷な現実は、彼の年齢にはあまりにも重すぎるものだった。
その話を聞きながら、リリアは再び目に涙を浮かべていた。彼女もまた、同じ悲劇の生き残りなのだ。
俺は黙って、ルゥの話を聞いていた。そして、彼が話し終えるのを待って、静かに告げた。
「そうか。辛かったな。だが、もう一人じゃない」
その言葉に、ルゥはハッとしたように顔を上げた。
「これからは、俺たちがいる。ここは安全だ。腹が減ることもない。誰もお前を傷つけたりしない。俺が、それを保証する」
俺の言葉には、嘘も偽りもなかった。それは、王としての、そしてこの群れの仲間に対する、絶対的な約束だった。
ルゥは、俺の目をじっと見つめていた。その小さな瞳の中で、恐怖と、安堵と、そしてまだ拭いきれない疑念が、複雑に揺れ動いている。
その時、リリアが口を開いた。
「ルゥ。この方は、本当に信頼できる方よ。私を、あの人間たちから救ってくれた。そして、私にこの場所を与えてくれた。ゴブリンだから、というだけで判断しては駄目」
リリアは、ルゥに語り掛けるように、そして俺にも聞かせるように言った。
「私は最初、ゴブ様を恐れていました。でも、彼は違った。彼は、仲間を守るためなら、どんな危険も厭わない。たとえ相手が人間であっても、彼の仲間を脅かすなら、容赦なく戦う。その姿は、私が知るどんなエルフの戦士よりも、ずっと気高く見えました」
彼女の言葉は、俺にとって予想外のものだった。俺はただ、自分の生存と、組織の利益のために行動してきただけだ。気高いなどと思ったことは一度もない。
だが、彼女の言葉は、ルゥの心を動かすには十分だったようだ。子供の目から、警戒の色が少しずつ薄れていく。
「それにね」とリリアは続けた。「この群れを見て。確かに、彼らはゴブリンよ。でも、私が知っているゴブリンとは違う。ここには、秩序がある。弱い者が虐げられることもない。戦えない者にも、ちゃんと役割が与えられている。こんな群れ、ゴブ様がいなければ絶対にありえなかったわ」
彼女は、俺が築き上げてきたものを、正確に理解してくれていた。その事実が、俺の胸を静かに熱くした。
「本当に……?」
ルゥが、おそるおそる尋ねる。
「ええ、本当よ。だから、安心して。あなたはもう、独りじゃないの」
リリアの優しい言葉に、ずっと張り詰めていたルゥの心の糸が、ついに切れた。彼の大きな瞳から、大粒の涙がとめどなく溢れ出した。それは、恐怖の涙ではなく、安堵と、長い孤独からの解放を喜ぶ涙だった。
その夜、俺は資材管理係に命じて、リリアとルゥのために、洞窟の中でも特に快適で安全な一角を用意させた。新しい毛皮と、栄養のある食事。それは、俺が彼らを正式に「仲間」として受け入れた証だった。
俺のその処遇に、一部のゴブリンから不満の声が上がらないでもなかった。なぜ、新参者の、しかも異種族であるエルフを、ここまで優遇するのか、と。
俺は、不満を漏らしたゴブリンたちを集め、静かに言った。
「リリアは、俺たちの仲間を癒す力を持っている。ルゥは、まだ子供だ。だが、いずれ成長し、俺たちの力になるだろう。この群れでは、働きに応じて相応の対価が与えられる。それが、俺の決めたルールだ。お前たちも、彼ら以上の働きを見せれば、それ相応の待遇を約束しよう。不満があるなら、力で示せ」
俺の言葉に、ゴブリンたちは何も言い返せなかった。実力主義。それは、彼らが最も理解しやすい理屈だった。
こうして、俺の群れに、初めてゴブリン以外の「仲間」が加わった。リリアとルゥ。二人のエルフの存在は、暴力と生存だけが全てだったこの組織に、文化や多様性という、新たな風を吹き込むことになる。
そして、リリアが俺に与えてくれる知識は、俺の【弱肉強食】スキルを、単なる捕食と吸収の能力から、戦略的な学習と成長のツールへと昇華させていく、重要な鍵となるのだった。
怯えた小さな声。エルフの子供の瞳には、俺たちに対する純粋な恐怖が映っていた。無理もない。彼らエルフにとって、ゴブリンは忌むべき魔物であり、故郷を滅ぼした人間と同じか、それ以上に憎むべき存在なのかもしれない。
リリアが、慌てて子供をなだめようとする。
「大丈夫よ、この人たちは怖くないわ。私たちを助けてくれたの」
「でも……」
子供は、リリアの背後に隠れるようにして、俺たちから目を逸らさない。その視線は、俺だけでなく、周囲のゴブリンたちにも向けられていた。
ゴブリンたちの間にも、戸惑いの空気が流れていた。彼らにとっても、エルフという存在は初めて見るものだ。ある者は好奇の目で、ある者は怪訝な顔で、小さな来訪者を見つめている。このままでは、互いの不信感が無用な衝突を生みかねない。
俺は静かに立ち上がり、部下たちに向かって言った。
「全員、持ち場に戻れ。この子を驚かせるな」
俺の命令に、ゴブリンたちは少し不満そうな顔をしながらも、素直に従った。彼らは王の命令には逆らわない。だが、その背中からは「なぜ我々が、あんなチビのエルフに気を使わなければならないのか」という心の声が聞こえてくるようだった。
広場に残ったのは、俺とリリア、そしてエルフの子供の三人だけになった。
「名前は?」
俺が尋ねると、子供はびくりと肩を震わせたが、リリアに促され、か細い声で答えた。
「……ルゥ」
「そうか、ルゥ。俺はゴブ。ここの王だ」
俺はできるだけ威圧感を与えないように、ゆっくりと膝をつき、子供と目線の高さを合わせた。ホブゴブリンの俺が見下ろす形では、恐怖心を煽るだけだと判断したからだ。
「なぜ、あんな場所に一人でいた?」
「……みんな、人間に殺されちゃったから。僕だけ、お母さんが神殿の地下に隠してくれて……ずっと、一人で……」
ルゥは、途切れ途切れに語り始めた。襲撃の日のこと、燃え盛る炎と仲間たちの悲鳴、そして、暗い地下で息を殺し、瓦礫の隙間から食料を探して生き延びてきた日々。その過酷な現実は、彼の年齢にはあまりにも重すぎるものだった。
その話を聞きながら、リリアは再び目に涙を浮かべていた。彼女もまた、同じ悲劇の生き残りなのだ。
俺は黙って、ルゥの話を聞いていた。そして、彼が話し終えるのを待って、静かに告げた。
「そうか。辛かったな。だが、もう一人じゃない」
その言葉に、ルゥはハッとしたように顔を上げた。
「これからは、俺たちがいる。ここは安全だ。腹が減ることもない。誰もお前を傷つけたりしない。俺が、それを保証する」
俺の言葉には、嘘も偽りもなかった。それは、王としての、そしてこの群れの仲間に対する、絶対的な約束だった。
ルゥは、俺の目をじっと見つめていた。その小さな瞳の中で、恐怖と、安堵と、そしてまだ拭いきれない疑念が、複雑に揺れ動いている。
その時、リリアが口を開いた。
「ルゥ。この方は、本当に信頼できる方よ。私を、あの人間たちから救ってくれた。そして、私にこの場所を与えてくれた。ゴブリンだから、というだけで判断しては駄目」
リリアは、ルゥに語り掛けるように、そして俺にも聞かせるように言った。
「私は最初、ゴブ様を恐れていました。でも、彼は違った。彼は、仲間を守るためなら、どんな危険も厭わない。たとえ相手が人間であっても、彼の仲間を脅かすなら、容赦なく戦う。その姿は、私が知るどんなエルフの戦士よりも、ずっと気高く見えました」
彼女の言葉は、俺にとって予想外のものだった。俺はただ、自分の生存と、組織の利益のために行動してきただけだ。気高いなどと思ったことは一度もない。
だが、彼女の言葉は、ルゥの心を動かすには十分だったようだ。子供の目から、警戒の色が少しずつ薄れていく。
「それにね」とリリアは続けた。「この群れを見て。確かに、彼らはゴブリンよ。でも、私が知っているゴブリンとは違う。ここには、秩序がある。弱い者が虐げられることもない。戦えない者にも、ちゃんと役割が与えられている。こんな群れ、ゴブ様がいなければ絶対にありえなかったわ」
彼女は、俺が築き上げてきたものを、正確に理解してくれていた。その事実が、俺の胸を静かに熱くした。
「本当に……?」
ルゥが、おそるおそる尋ねる。
「ええ、本当よ。だから、安心して。あなたはもう、独りじゃないの」
リリアの優しい言葉に、ずっと張り詰めていたルゥの心の糸が、ついに切れた。彼の大きな瞳から、大粒の涙がとめどなく溢れ出した。それは、恐怖の涙ではなく、安堵と、長い孤独からの解放を喜ぶ涙だった。
その夜、俺は資材管理係に命じて、リリアとルゥのために、洞窟の中でも特に快適で安全な一角を用意させた。新しい毛皮と、栄養のある食事。それは、俺が彼らを正式に「仲間」として受け入れた証だった。
俺のその処遇に、一部のゴブリンから不満の声が上がらないでもなかった。なぜ、新参者の、しかも異種族であるエルフを、ここまで優遇するのか、と。
俺は、不満を漏らしたゴブリンたちを集め、静かに言った。
「リリアは、俺たちの仲間を癒す力を持っている。ルゥは、まだ子供だ。だが、いずれ成長し、俺たちの力になるだろう。この群れでは、働きに応じて相応の対価が与えられる。それが、俺の決めたルールだ。お前たちも、彼ら以上の働きを見せれば、それ相応の待遇を約束しよう。不満があるなら、力で示せ」
俺の言葉に、ゴブリンたちは何も言い返せなかった。実力主義。それは、彼らが最も理解しやすい理屈だった。
こうして、俺の群れに、初めてゴブリン以外の「仲間」が加わった。リリアとルゥ。二人のエルフの存在は、暴力と生存だけが全てだったこの組織に、文化や多様性という、新たな風を吹き込むことになる。
そして、リリアが俺に与えてくれる知識は、俺の【弱肉強食】スキルを、単なる捕食と吸収の能力から、戦略的な学習と成長のツールへと昇華させていく、重要な鍵となるのだった。
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