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第21話 異文化コミュニケーション
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戦いが終わった森の廃墟は、死の匂いと血の匂いに満ちていた。俺たちは手早く戦場を片付け、洞窟への帰路についた。ゴブリンたちは戦利品の重さに顔をしかめながらも、その足取りには確かな勝利の熱が宿っている。
俺の隣を、リリアが歩いていた。彼女は気を失ったエルフの子供をしっかりと抱きかかえている。俺たちが人間を殺し、略奪する様を間近で見たはずなのに、彼女の横顔に以前のような恐怖の色はなかった。ただ、何かを決意したような、静かな光がその瞳に宿っている。
洞窟に帰還すると、残留部隊が俺たちの無事と、山のような戦利品を見て歓声を上げた。だが、リリアが抱えるエルフの子供の姿を認めると、その歓声は困惑のざわめきへと変わった。
「ボス……コノ子供ハ?」
「保護した。リリア、この子の手当てを頼む」
俺は周囲のゴボリンたちの視線を制し、リリアに場所を空けるよう命じた。資材管理係が慌てて清潔な毛皮と水を用意する。リリアは礼を言うと、子供をそっと毛皮の上に寝かせ、その傷の具合を確かめ始めた。
俺は少し離れた場所から、彼女の手際を観察していた。子供の身体には、逃亡生活で負ったであろう無数の切り傷や打撲の跡がある。リリアは濡れた布で優しく汚れを拭うと、その小さな傷口の一つにそっと手をかざした。
「聖なる光よ、その御手にて傷つきし者を癒したまえ」
凛とした声で紡がれる祈りの言葉。すると、彼女の手のひらから柔らかな光が溢れ出し、子供の傷を包み込んだ。光が消えた後、そこにあったはずの傷は跡形もなく消え去っていた。
俺は、その光景に静かな衝撃を受けていた。
治癒魔法。俺にとっては、単に「傷を治す便利なスキル」という認識だった。だが、彼女が行っているのは、もっと神聖で、複雑な儀式のように見えた。
俺の【弱肉強食】は、スキルという「結果」だけを奪う。だが、彼女が持つのは、結果に至るまでの「過程」と「理論」。知識に裏打ちされた、本物の技術だ。
リリアは数時間にわたり、子供の身体中の傷を一つ一つ丁寧に癒していった。その額には汗が滲み、顔色は徐々に青ざめていく。MPを消耗しているのだ。それでも彼女は治療をやめなかった。
やがて子供の呼吸が穏やかになり、安らかな寝息を立て始めたのを確認すると、リリアは大きく息をつき、その場に座り込んだ。
「ご苦労だった」
俺が声をかけると、リリアははっと顔を上げた。
「ゴブ様……。いえ、当然のことです」
「少し休め。お前がいなければ、この子も、そして前の戦いで負傷した俺の部下たちも助からなかっただろう。お前の力は、この群れにとって必要不可欠だ」
俺の率直な言葉に、リリアは少し驚いたように目を見開いた。そして、はにかむようにはにかんだ。
「お役に立てているのなら、嬉しいです」
俺は彼女の隣に腰を下ろした。そして、ずっと気になっていたことを尋ねることにした。
「リリア。お前の知っていることを教えて欲しい。この世界のことを」
俺は冒険者たちから断片的に得た情報を元に、人間たちの国家や、冒険者ギルド、そして魔法の体系について質問を重ねた。
リリアは少し戸惑いながらも、自分の知る限りの知識を語ってくれた。
この大陸には、アークライト王国をはじめとする複数の人間国家が存在すること。冒険者ギルドは、それらの国家に属さない、実力主義の傭兵組織であること。そして、人間と魔族が長きにわたって世界の覇権を争い続けていること。
「魔法にも、いくつか種類があるのです」と彼女は言った。
「私が使うのは、神々への祈りを通じて奇跡を起こす『神聖魔法』。森の精霊たちの力を借りる『精霊魔法』。そして、あの冒険者が使っていたような、世界の理に干渉して炎や水を生み出す『元素魔法』。それぞれ、全く異なる理論で成り立っています」
彼女の話は、俺にとって目から鱗が落ちるような情報ばかりだった。俺がスキルとして手に入れた【火魔法】は、元素魔法の初歩の初歩に過ぎないこと。そして、彼女の【治癒魔法】が、誰にでも使えるものではなく、「神聖魔法」という特殊な素養を必要とする、極めて貴重な力であることを、俺はこの時初めて正確に理解した。
「ゴブ様がスキルとして得られる力は、とても強力です。ですが、それは魔法という広大な学問の、ほんの一部分を切り取ったものに過ぎません。理論を理解すれば、応用範囲は無限に広がります」
その言葉は、俺の頭を殴られたような衝撃を与えた。
そうだ。俺は、スキルを得ることにばかり固執していた。だが、本当に重要なのは、そのスキルをどう理解し、どう応用するかだ。【溶解液】で罠を作ったように、知識と知恵こそが、スキルの真価を何倍にも引き上げるのだ。
そして、そのための知識を、リリアは持っている。
俺は、リリアという存在の価値を、完全に見誤っていた。
彼女は、ただのヒーラーではない。この世界のルールを俺に教えてくれる、最高の教師であり、俺の組織がこれから発展していく上で、絶対に欠かすことのできない参謀となりうる存在だ。
「……礼を言う、リリア。お前の知識は、どんな武器よりも強力だ」
「そ、そんな……」
「いや、本当だ。これからも、俺に色々と教えてくれ。俺の知らない、この世界の全てを」
俺の真剣な申し出に、リリアは頬を染めながらも、力強く頷いた。
「はい。私の知ることであれば、何でも」
その時だった。
「……う……ん……」
毛皮の上で、エルフの子供が身じろぎをし、ゆっくりと目を開けた。子供は最初にリリアの姿を認め、ほっとしたような顔をしたが、次に俺の姿を見て、びくりと身体を強張らせた。
「……ゴブリン……」
怯えた小さな声が、洞窟の静寂に響いた。
異文化との本格的な接触。それは、新たな知識と共に、新たな課題を俺に突きつけていた。
俺の隣を、リリアが歩いていた。彼女は気を失ったエルフの子供をしっかりと抱きかかえている。俺たちが人間を殺し、略奪する様を間近で見たはずなのに、彼女の横顔に以前のような恐怖の色はなかった。ただ、何かを決意したような、静かな光がその瞳に宿っている。
洞窟に帰還すると、残留部隊が俺たちの無事と、山のような戦利品を見て歓声を上げた。だが、リリアが抱えるエルフの子供の姿を認めると、その歓声は困惑のざわめきへと変わった。
「ボス……コノ子供ハ?」
「保護した。リリア、この子の手当てを頼む」
俺は周囲のゴボリンたちの視線を制し、リリアに場所を空けるよう命じた。資材管理係が慌てて清潔な毛皮と水を用意する。リリアは礼を言うと、子供をそっと毛皮の上に寝かせ、その傷の具合を確かめ始めた。
俺は少し離れた場所から、彼女の手際を観察していた。子供の身体には、逃亡生活で負ったであろう無数の切り傷や打撲の跡がある。リリアは濡れた布で優しく汚れを拭うと、その小さな傷口の一つにそっと手をかざした。
「聖なる光よ、その御手にて傷つきし者を癒したまえ」
凛とした声で紡がれる祈りの言葉。すると、彼女の手のひらから柔らかな光が溢れ出し、子供の傷を包み込んだ。光が消えた後、そこにあったはずの傷は跡形もなく消え去っていた。
俺は、その光景に静かな衝撃を受けていた。
治癒魔法。俺にとっては、単に「傷を治す便利なスキル」という認識だった。だが、彼女が行っているのは、もっと神聖で、複雑な儀式のように見えた。
俺の【弱肉強食】は、スキルという「結果」だけを奪う。だが、彼女が持つのは、結果に至るまでの「過程」と「理論」。知識に裏打ちされた、本物の技術だ。
リリアは数時間にわたり、子供の身体中の傷を一つ一つ丁寧に癒していった。その額には汗が滲み、顔色は徐々に青ざめていく。MPを消耗しているのだ。それでも彼女は治療をやめなかった。
やがて子供の呼吸が穏やかになり、安らかな寝息を立て始めたのを確認すると、リリアは大きく息をつき、その場に座り込んだ。
「ご苦労だった」
俺が声をかけると、リリアははっと顔を上げた。
「ゴブ様……。いえ、当然のことです」
「少し休め。お前がいなければ、この子も、そして前の戦いで負傷した俺の部下たちも助からなかっただろう。お前の力は、この群れにとって必要不可欠だ」
俺の率直な言葉に、リリアは少し驚いたように目を見開いた。そして、はにかむようにはにかんだ。
「お役に立てているのなら、嬉しいです」
俺は彼女の隣に腰を下ろした。そして、ずっと気になっていたことを尋ねることにした。
「リリア。お前の知っていることを教えて欲しい。この世界のことを」
俺は冒険者たちから断片的に得た情報を元に、人間たちの国家や、冒険者ギルド、そして魔法の体系について質問を重ねた。
リリアは少し戸惑いながらも、自分の知る限りの知識を語ってくれた。
この大陸には、アークライト王国をはじめとする複数の人間国家が存在すること。冒険者ギルドは、それらの国家に属さない、実力主義の傭兵組織であること。そして、人間と魔族が長きにわたって世界の覇権を争い続けていること。
「魔法にも、いくつか種類があるのです」と彼女は言った。
「私が使うのは、神々への祈りを通じて奇跡を起こす『神聖魔法』。森の精霊たちの力を借りる『精霊魔法』。そして、あの冒険者が使っていたような、世界の理に干渉して炎や水を生み出す『元素魔法』。それぞれ、全く異なる理論で成り立っています」
彼女の話は、俺にとって目から鱗が落ちるような情報ばかりだった。俺がスキルとして手に入れた【火魔法】は、元素魔法の初歩の初歩に過ぎないこと。そして、彼女の【治癒魔法】が、誰にでも使えるものではなく、「神聖魔法」という特殊な素養を必要とする、極めて貴重な力であることを、俺はこの時初めて正確に理解した。
「ゴブ様がスキルとして得られる力は、とても強力です。ですが、それは魔法という広大な学問の、ほんの一部分を切り取ったものに過ぎません。理論を理解すれば、応用範囲は無限に広がります」
その言葉は、俺の頭を殴られたような衝撃を与えた。
そうだ。俺は、スキルを得ることにばかり固執していた。だが、本当に重要なのは、そのスキルをどう理解し、どう応用するかだ。【溶解液】で罠を作ったように、知識と知恵こそが、スキルの真価を何倍にも引き上げるのだ。
そして、そのための知識を、リリアは持っている。
俺は、リリアという存在の価値を、完全に見誤っていた。
彼女は、ただのヒーラーではない。この世界のルールを俺に教えてくれる、最高の教師であり、俺の組織がこれから発展していく上で、絶対に欠かすことのできない参謀となりうる存在だ。
「……礼を言う、リリア。お前の知識は、どんな武器よりも強力だ」
「そ、そんな……」
「いや、本当だ。これからも、俺に色々と教えてくれ。俺の知らない、この世界の全てを」
俺の真剣な申し出に、リリアは頬を染めながらも、力強く頷いた。
「はい。私の知ることであれば、何でも」
その時だった。
「……う……ん……」
毛皮の上で、エルフの子供が身じろぎをし、ゆっくりと目を開けた。子供は最初にリリアの姿を認め、ほっとしたような顔をしたが、次に俺の姿を見て、びくりと身体を強張らせた。
「……ゴブリン……」
怯えた小さな声が、洞窟の静寂に響いた。
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