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第20話 リーダーの捕食
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森の静寂に、戦士の荒い息遣いだけが響いていた。仲間を全て失い、武器さえ手放した彼は、もはやただの獲物だった。その瞳からは戦意が消え失せ、絶望の色だけが浮かんでいる。
だが、俺は油断しなかった。追い詰められた獣が、最後に牙を剥くことがある。俺はゆっくりと間合いを詰めながら、彼の全身の動きに意識を集中させていた。
「なぜだ……」
戦士が、絞り出すように呟いた。
「なぜ、ホブゴブリンがここまで……。お前は、一体何者なんだ?」
その問いに、答える義理はない。俺は無言のまま、棍棒を握る手に力を込めた。
「頼む……命だけは……」
彼が命乞いの言葉を続けようとした、その瞬間。戦士の瞳に、一瞬だけ鋭い光が宿った。彼は地面に落ちていた戦斧に向かって、最後の力を振り絞るように飛びついた。
やはりな。
俺は彼の動きを完全に読んでいた。戦士が戦斧の柄に手をかけた、まさにその刹那。俺は【突進】スキルを発動させた。
ホブゴブリンの筋力とグレートボアの突進力が合わさった一撃。それはもはや、凶器と化した砲弾だった。
「がっ……!?」
俺の肩が、戦士の鳩尾にめり込む。凄まじい衝撃に、彼の巨体はくの字に折れ曲がり、カエルの潰れたような悲鳴を上げた。戦斧は再び手から滑り落ち、彼は数メートル後方の木の幹に叩きつけられた。
「……ぐ……ふ……」
戦士は、血の泡を吹きながら、ずるずるとその場に崩れ落ちる。肋骨は砕け、内臓は破裂しているだろう。もはや、虫の息だった。
俺はゆっくりと彼に近づき、その顔を見下ろした。彼の瞳には、もはや憎悪も恐怖もなかった。ただ、純粋な疑問だけが浮かんでいる。
「お前は……ただの……魔物では……ない……」
それが、彼の最期の言葉だった。
俺はしばし黙祷を捧げるように立ち尽くしていたが、やがてその亡骸に向かって手を伸ばした。
俺の群れに多大な被害をもたらした、この男。彼の強さの根源である「戦技」と、彼が放っていた魔法【火魔法】。それを、俺は欲していた。
俺は彼の兜を外し、その首筋に牙を立てた。
【ユニークスキル『弱肉強食』が発動しました】
【人間(剣士Lv25)の捕食に成功】
【スキル『剣術 Lv1』『火魔法 Lv1』を獲得しました】
【膨大な経験値を獲得しました。レベルが6にアップしました】
脳内に、膨大な情報が流れ込んでくる。それは、この男が生涯をかけて培ってきた剣の技術。振り方、受け方、足捌き。そして、基本的な火魔法の理論と行使方法。それらが、まるで自分が元から知っていたかのように、俺の知識として定着していく。
これが、人間を食った効果。
魔物からは得られない、体系化された「技術」と「知識」。
俺は近くに落ちていた戦士の剣を拾い上げた。ゴブリンの棍棒とは違う、ずっしりとした鋼鉄の重み。俺は見様見真似で、流れ込んできた知識の通りに剣を振るってみる。
その動きは、まだぎこちない。だが、棍棒を振り回すのとは全く違う、洗練された剣の軌跡がそこにはあった。
次に、火魔法を試す。
「ファイア・ボール」
俺が詠唱すると、手のひらにバスケットボール大の火の玉が出現した。魔術師が放った炎の蛇に比べれば、あまりにも小さく、頼りない。だが、これは間違いなく、俺自身の力で生み出した魔法だった。
俺はそれを近くの枯れ木に向かって放つ。火球は緩やかな放物線を描いて着弾し、ボッと音を立てて木を燃え上がらせた。威力は大したことはない。だが、俺は確かな手応えを感じていた。捕食によるスキル獲得は、学習というプロセスを完全に無視して、結果だけを俺に与えてくれる。これほど効率的な成長方法が、他にあるだろうか。
「ボス……」
生き残ったゴブリンたちが、恐る恐る俺に近づいてきた。彼らは、俺が人間の死体を喰らい、そして魔法を使うという一連の光景を、畏怖と混乱の目で見つめている。彼らの王が、また一つ未知の領域へと踏み込んだことを、その原始的な本能で感じ取っているのだ。
俺は剣を鞘に納め、彼らに向き直った。
「終わった。戦利品を回収しろ。使えるものは全て持ち帰る。死体は、森の獣たちのために残しておけ」
俺の命令に、ゴブリンたちははっと我に返り、素早く動き出した。彼らは冒険者たちの亡骸から、剣や鎧、そして背負っていた袋などを手際よく回収していく。これらの金属製の武具は、今の俺たちの戦力を大きく向上させる、貴重な資源だ。
後片付けを部下に任せ、俺はリリアたちが隠れていた神殿の廃墟へと向かった。
茂みの陰で、リリアはエルフの子供を固く抱きしめていた。子供は気を失っているようだった。リリアは、俺の姿を認めると、安堵と恐怖が入り混じった複雑な表情を浮かべた。
「……終わったのですか?」
「ああ。もう安全だ」
俺の言葉に、リリアは張り詰めていた糸が切れたように、その場に座り込んだ。彼女の瞳が、先ほどまで戦場だった場所と、俺の姿とを交互に見つめている。その視線には、仲間を殺された戦士が俺に向けたものと同じ、問いかけるような色があった。
「あなたは……一体……」
「俺はゴブ。この群れの王だ。そして、お前たちの仲間だ。それ以上でも、それ以下でもない」
俺は淡々と告げた。彼女が何に怯えているのかは分かっている。俺が躊躇なく人間を殺し、そしてその亡骸を喰らったこと。それは、彼女の倫理観からすれば、到底受け入れがたい蛮行だったのだろう。
「俺は、仲間を守るためなら何でもする。手段は選ばない。たとえそれが、どれだけ非道な行いだとしてもだ」
俺はリリアの前に膝をつき、その揺れる瞳を真っ直ぐに見つめた。
「今日、俺が躊躇していれば、死んでいたのは俺たちの方だった。お前も、その子供も、奴らの欲望の餌食になっていただろう。俺は、その未来を許容できない。だから、喰らった。強くなるために。二度と仲間を失わないために」
俺の言葉に、リリアはハッとしたように目を見開いた。そして、腕の中の子供の顔を見つめ、静かに涙を流した。それは、恐怖の涙ではなかった。
「……ありがとうございます。ゴブ様。あなたがいなければ、私たちは……」
彼女は涙を拭うと、決意を秘めた顔で俺を見上げた。
「私は、あなたのやり方を否定しません。この森で生きるということは、そういうことなのですね。綺麗事だけでは、何も守れない……」
彼女は、俺の覚悟を理解してくれたようだった。俺たちの間に、また一つ、新たな絆が結ばれた気がした。
俺は立ち上がり、回収された戦利品の山を一瞥した。上質な剣、硬い鎧、そして冒険者たちが持っていたポーションや保存食。これらは、俺たちの組織を次のステージへと引き上げるための、大きな礎となるだろう。
手に入れた力は大きい。だが、それは同時に、俺たちがこの世界の大きな流れに、否応なく巻き込まれていく狼煙でもあるのかもしれない。
俺は夜の森の闇を見つめながら、静かにそう思った。人間との本格的な衝突。それは、俺が考えていたよりも、ずっと早く訪れることになるだろう。
だが、俺は油断しなかった。追い詰められた獣が、最後に牙を剥くことがある。俺はゆっくりと間合いを詰めながら、彼の全身の動きに意識を集中させていた。
「なぜだ……」
戦士が、絞り出すように呟いた。
「なぜ、ホブゴブリンがここまで……。お前は、一体何者なんだ?」
その問いに、答える義理はない。俺は無言のまま、棍棒を握る手に力を込めた。
「頼む……命だけは……」
彼が命乞いの言葉を続けようとした、その瞬間。戦士の瞳に、一瞬だけ鋭い光が宿った。彼は地面に落ちていた戦斧に向かって、最後の力を振り絞るように飛びついた。
やはりな。
俺は彼の動きを完全に読んでいた。戦士が戦斧の柄に手をかけた、まさにその刹那。俺は【突進】スキルを発動させた。
ホブゴブリンの筋力とグレートボアの突進力が合わさった一撃。それはもはや、凶器と化した砲弾だった。
「がっ……!?」
俺の肩が、戦士の鳩尾にめり込む。凄まじい衝撃に、彼の巨体はくの字に折れ曲がり、カエルの潰れたような悲鳴を上げた。戦斧は再び手から滑り落ち、彼は数メートル後方の木の幹に叩きつけられた。
「……ぐ……ふ……」
戦士は、血の泡を吹きながら、ずるずるとその場に崩れ落ちる。肋骨は砕け、内臓は破裂しているだろう。もはや、虫の息だった。
俺はゆっくりと彼に近づき、その顔を見下ろした。彼の瞳には、もはや憎悪も恐怖もなかった。ただ、純粋な疑問だけが浮かんでいる。
「お前は……ただの……魔物では……ない……」
それが、彼の最期の言葉だった。
俺はしばし黙祷を捧げるように立ち尽くしていたが、やがてその亡骸に向かって手を伸ばした。
俺の群れに多大な被害をもたらした、この男。彼の強さの根源である「戦技」と、彼が放っていた魔法【火魔法】。それを、俺は欲していた。
俺は彼の兜を外し、その首筋に牙を立てた。
【ユニークスキル『弱肉強食』が発動しました】
【人間(剣士Lv25)の捕食に成功】
【スキル『剣術 Lv1』『火魔法 Lv1』を獲得しました】
【膨大な経験値を獲得しました。レベルが6にアップしました】
脳内に、膨大な情報が流れ込んでくる。それは、この男が生涯をかけて培ってきた剣の技術。振り方、受け方、足捌き。そして、基本的な火魔法の理論と行使方法。それらが、まるで自分が元から知っていたかのように、俺の知識として定着していく。
これが、人間を食った効果。
魔物からは得られない、体系化された「技術」と「知識」。
俺は近くに落ちていた戦士の剣を拾い上げた。ゴブリンの棍棒とは違う、ずっしりとした鋼鉄の重み。俺は見様見真似で、流れ込んできた知識の通りに剣を振るってみる。
その動きは、まだぎこちない。だが、棍棒を振り回すのとは全く違う、洗練された剣の軌跡がそこにはあった。
次に、火魔法を試す。
「ファイア・ボール」
俺が詠唱すると、手のひらにバスケットボール大の火の玉が出現した。魔術師が放った炎の蛇に比べれば、あまりにも小さく、頼りない。だが、これは間違いなく、俺自身の力で生み出した魔法だった。
俺はそれを近くの枯れ木に向かって放つ。火球は緩やかな放物線を描いて着弾し、ボッと音を立てて木を燃え上がらせた。威力は大したことはない。だが、俺は確かな手応えを感じていた。捕食によるスキル獲得は、学習というプロセスを完全に無視して、結果だけを俺に与えてくれる。これほど効率的な成長方法が、他にあるだろうか。
「ボス……」
生き残ったゴブリンたちが、恐る恐る俺に近づいてきた。彼らは、俺が人間の死体を喰らい、そして魔法を使うという一連の光景を、畏怖と混乱の目で見つめている。彼らの王が、また一つ未知の領域へと踏み込んだことを、その原始的な本能で感じ取っているのだ。
俺は剣を鞘に納め、彼らに向き直った。
「終わった。戦利品を回収しろ。使えるものは全て持ち帰る。死体は、森の獣たちのために残しておけ」
俺の命令に、ゴブリンたちははっと我に返り、素早く動き出した。彼らは冒険者たちの亡骸から、剣や鎧、そして背負っていた袋などを手際よく回収していく。これらの金属製の武具は、今の俺たちの戦力を大きく向上させる、貴重な資源だ。
後片付けを部下に任せ、俺はリリアたちが隠れていた神殿の廃墟へと向かった。
茂みの陰で、リリアはエルフの子供を固く抱きしめていた。子供は気を失っているようだった。リリアは、俺の姿を認めると、安堵と恐怖が入り混じった複雑な表情を浮かべた。
「……終わったのですか?」
「ああ。もう安全だ」
俺の言葉に、リリアは張り詰めていた糸が切れたように、その場に座り込んだ。彼女の瞳が、先ほどまで戦場だった場所と、俺の姿とを交互に見つめている。その視線には、仲間を殺された戦士が俺に向けたものと同じ、問いかけるような色があった。
「あなたは……一体……」
「俺はゴブ。この群れの王だ。そして、お前たちの仲間だ。それ以上でも、それ以下でもない」
俺は淡々と告げた。彼女が何に怯えているのかは分かっている。俺が躊躇なく人間を殺し、そしてその亡骸を喰らったこと。それは、彼女の倫理観からすれば、到底受け入れがたい蛮行だったのだろう。
「俺は、仲間を守るためなら何でもする。手段は選ばない。たとえそれが、どれだけ非道な行いだとしてもだ」
俺はリリアの前に膝をつき、その揺れる瞳を真っ直ぐに見つめた。
「今日、俺が躊躇していれば、死んでいたのは俺たちの方だった。お前も、その子供も、奴らの欲望の餌食になっていただろう。俺は、その未来を許容できない。だから、喰らった。強くなるために。二度と仲間を失わないために」
俺の言葉に、リリアはハッとしたように目を見開いた。そして、腕の中の子供の顔を見つめ、静かに涙を流した。それは、恐怖の涙ではなかった。
「……ありがとうございます。ゴブ様。あなたがいなければ、私たちは……」
彼女は涙を拭うと、決意を秘めた顔で俺を見上げた。
「私は、あなたのやり方を否定しません。この森で生きるということは、そういうことなのですね。綺麗事だけでは、何も守れない……」
彼女は、俺の覚悟を理解してくれたようだった。俺たちの間に、また一つ、新たな絆が結ばれた気がした。
俺は立ち上がり、回収された戦利品の山を一瞥した。上質な剣、硬い鎧、そして冒険者たちが持っていたポーションや保存食。これらは、俺たちの組織を次のステージへと引き上げるための、大きな礎となるだろう。
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