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第39話 器の大きさ
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ガロンが俺に膝を折った。その衝撃的な光景は、砦に残っていた全てのオークと、勝利に沸いていた俺のゴブリンたちに、絶対的な静寂をもたらした。
彼らの英雄、不敗の戦士長が、ゴブリン崩れのホブゴブリンに頭を垂れている。その事実を、すぐには誰も受け入れられなかった。
「ガロン様! 正気ですか!」
「我々の誇りはどうなるのです! 人間への復讐は!」
ガロンの元部下たちが、悲痛な声を上げる。彼らにとって、ガロンは精神的支柱そのものだった。その支柱が折れた今、彼らは自分たちが何を信じ、何のために戦えばいいのか分からなくなっていた。
ガロンは、ゆっくりと立ち上がると、彼らに向かって静かに、しかし力強く言った。
「俺は正気だ。お前たちこそ、目を覚ませ。俺たちは負けたのだ。このお方の、圧倒的な知略の前に」
彼は、俺のことを「このお方」と呼んだ。その一言に、彼の覚悟のほどが知れた。
「俺たちの憎しみは、我々の目を曇らせていた。人間という一つの敵しか見えなくさせ、足元で静かに育っていた真の脅威を見過ごさせた。その結果が、このザマだ。砦は焼かれ、多くの仲間が死んだ。これが、俺の導いた結果だ」
ガロンの言葉は、自責の念に満ちていた。だが、それはただの後悔ではない。敗北を真摯に受け止め、次へと進もうとする、指導者の言葉だった。
「このお方は、俺たちに新たな道を示してくださった。憎しみの連鎖を断ち切り、我々の力と技術を、未来のために使う道を。俺は、その道に賭ける。お前たちも、俺と共に来るか? それとも、ここで無意味な誇りのために、犬死にするか?」
ガロンは、選択を部下たちに委ねた。
オークたちは、互いに顔を見合わせ、苦悩の表情を浮かべていた。長年信じてきた価値観が、今、目の前で崩れ去ろうとしているのだ。
俺は、そのやり取りを黙って見守っていた。これは、俺が口を出すべき問題ではない。彼ら自身が、自分たちの未来を決めなければならない。
俺がここでガロンの意見を支持すれば、それはただの「勝者の命令」になってしまう。それでは、真の忠誠は得られない。
俺は、彼らに時間を与えることにした。
そして、俺が今すべきことは、彼らの心を力で縛り付けることではない。俺という王が、彼らの英雄であるガロンさえも受け入れるほどの、「器の大きさ」を示すことだ。
俺は、ガロンに向き直った。
「ガロン。まず、お前の部下たちの怪我の手当てをさせろ。戦いは終わったのだ。これ以上の流血は、俺も望まない」
俺の言葉に、ガロンは驚いたように目を見開いた。
「……よろしいのですか? 彼らは、つい先ほどまで、あなたに刃を向けていた者たちです」
「構わん。彼らもまた、お前の仲間であると同時に、今日から俺の仲間になるかもしれん者たちだ。それに、俺の仲間も多くが傷ついている。助け合いに、敵も味方もないだろう」
俺は、砦の外で待機させていたリリアとルゥを、角笛で呼び寄せた。
すぐに、二人のエルフが、ポーションや薬草を持って駆けつけてくる。
オークたちは、エルフの姿を見て、再び警戒心を露わにした。彼らにとって、エルフもまた、相容れない異種族の一つだったからだ。
だが、リリアは怯まなかった。彼女は、傷ついたオークの一人の前に進み出ると、優しく声をかけた。
「動かないでください。すぐに、楽になりますから」
彼女は、神聖魔法の祈りを捧げ、傷口を柔らかな光で包み込んだ。みるみるうちに傷が塞がっていく光景に、オークは信じられないという顔で目を見開いている。
その光景は、武器を交えるよりも、どんな言葉よりも、雄弁に俺たちの「あり方」をオークたちに伝えていた。
俺たちは、ただの破壊者ではない。
俺たちは、ただの略奪者でもない。
種族の垣根を越え、傷ついた者には手を差し伸べ、そして、一つの大きな目的のために協力する、新たな共同体。
ガロンは、その全てを、静かに見つめていた。そして、彼の瞳に、深い感銘の色が浮かぶのを、俺は見逃さなかった。
彼は、俺という存在を、改めて見極めようとしていたのだろう。
このホブゴブリンは、本当に信頼に値する王なのか。その器は、自分たちオークという誇り高き種族を受け入れられるほどに、大きいのか。
俺は、彼の無言の問いに、行動で答えた。
俺は、戦いで亡くなったゴブリンとオークの亡骸を、分け隔てなく一箇所に集めるよう指示した。
「彼らは、最後まで戦士として生きた。敵味方の区別なく、丁重に弔う」
俺の命令に、ゴブリンたちも、オークたちも、戸惑いながらも従った。そして、敵であったはずの相手の亡骸を共に運び、埋葬する中で、彼らの間にあった憎しみや敵意が、少しずつ溶けていくのを感じた。
俺は、彼らの誇りを奪うつもりはない。
俺は、彼らの憎しみを否定するつもりもない。
ただ、それらを全て飲み込んだ上で、さらに大きな未来を示す。
それこそが、王たる者の「器の大きさ」なのだと、俺は信じていた。
夕日が、半壊したガロッシュ砦を赤く染めていた。
その光景は、一つの時代の終わりと、新たな時代の始まりを、静かに告げているようだった。
彼らの英雄、不敗の戦士長が、ゴブリン崩れのホブゴブリンに頭を垂れている。その事実を、すぐには誰も受け入れられなかった。
「ガロン様! 正気ですか!」
「我々の誇りはどうなるのです! 人間への復讐は!」
ガロンの元部下たちが、悲痛な声を上げる。彼らにとって、ガロンは精神的支柱そのものだった。その支柱が折れた今、彼らは自分たちが何を信じ、何のために戦えばいいのか分からなくなっていた。
ガロンは、ゆっくりと立ち上がると、彼らに向かって静かに、しかし力強く言った。
「俺は正気だ。お前たちこそ、目を覚ませ。俺たちは負けたのだ。このお方の、圧倒的な知略の前に」
彼は、俺のことを「このお方」と呼んだ。その一言に、彼の覚悟のほどが知れた。
「俺たちの憎しみは、我々の目を曇らせていた。人間という一つの敵しか見えなくさせ、足元で静かに育っていた真の脅威を見過ごさせた。その結果が、このザマだ。砦は焼かれ、多くの仲間が死んだ。これが、俺の導いた結果だ」
ガロンの言葉は、自責の念に満ちていた。だが、それはただの後悔ではない。敗北を真摯に受け止め、次へと進もうとする、指導者の言葉だった。
「このお方は、俺たちに新たな道を示してくださった。憎しみの連鎖を断ち切り、我々の力と技術を、未来のために使う道を。俺は、その道に賭ける。お前たちも、俺と共に来るか? それとも、ここで無意味な誇りのために、犬死にするか?」
ガロンは、選択を部下たちに委ねた。
オークたちは、互いに顔を見合わせ、苦悩の表情を浮かべていた。長年信じてきた価値観が、今、目の前で崩れ去ろうとしているのだ。
俺は、そのやり取りを黙って見守っていた。これは、俺が口を出すべき問題ではない。彼ら自身が、自分たちの未来を決めなければならない。
俺がここでガロンの意見を支持すれば、それはただの「勝者の命令」になってしまう。それでは、真の忠誠は得られない。
俺は、彼らに時間を与えることにした。
そして、俺が今すべきことは、彼らの心を力で縛り付けることではない。俺という王が、彼らの英雄であるガロンさえも受け入れるほどの、「器の大きさ」を示すことだ。
俺は、ガロンに向き直った。
「ガロン。まず、お前の部下たちの怪我の手当てをさせろ。戦いは終わったのだ。これ以上の流血は、俺も望まない」
俺の言葉に、ガロンは驚いたように目を見開いた。
「……よろしいのですか? 彼らは、つい先ほどまで、あなたに刃を向けていた者たちです」
「構わん。彼らもまた、お前の仲間であると同時に、今日から俺の仲間になるかもしれん者たちだ。それに、俺の仲間も多くが傷ついている。助け合いに、敵も味方もないだろう」
俺は、砦の外で待機させていたリリアとルゥを、角笛で呼び寄せた。
すぐに、二人のエルフが、ポーションや薬草を持って駆けつけてくる。
オークたちは、エルフの姿を見て、再び警戒心を露わにした。彼らにとって、エルフもまた、相容れない異種族の一つだったからだ。
だが、リリアは怯まなかった。彼女は、傷ついたオークの一人の前に進み出ると、優しく声をかけた。
「動かないでください。すぐに、楽になりますから」
彼女は、神聖魔法の祈りを捧げ、傷口を柔らかな光で包み込んだ。みるみるうちに傷が塞がっていく光景に、オークは信じられないという顔で目を見開いている。
その光景は、武器を交えるよりも、どんな言葉よりも、雄弁に俺たちの「あり方」をオークたちに伝えていた。
俺たちは、ただの破壊者ではない。
俺たちは、ただの略奪者でもない。
種族の垣根を越え、傷ついた者には手を差し伸べ、そして、一つの大きな目的のために協力する、新たな共同体。
ガロンは、その全てを、静かに見つめていた。そして、彼の瞳に、深い感銘の色が浮かぶのを、俺は見逃さなかった。
彼は、俺という存在を、改めて見極めようとしていたのだろう。
このホブゴブリンは、本当に信頼に値する王なのか。その器は、自分たちオークという誇り高き種族を受け入れられるほどに、大きいのか。
俺は、彼の無言の問いに、行動で答えた。
俺は、戦いで亡くなったゴブリンとオークの亡骸を、分け隔てなく一箇所に集めるよう指示した。
「彼らは、最後まで戦士として生きた。敵味方の区別なく、丁重に弔う」
俺の命令に、ゴブリンたちも、オークたちも、戸惑いながらも従った。そして、敵であったはずの相手の亡骸を共に運び、埋葬する中で、彼らの間にあった憎しみや敵意が、少しずつ溶けていくのを感じた。
俺は、彼らの誇りを奪うつもりはない。
俺は、彼らの憎しみを否定するつもりもない。
ただ、それらを全て飲み込んだ上で、さらに大きな未来を示す。
それこそが、王たる者の「器の大きさ」なのだと、俺は信じていた。
夕日が、半壊したガロッシュ砦を赤く染めていた。
その光景は、一つの時代の終わりと、新たな時代の始まりを、静かに告げているようだった。
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