ゴブリンだって進化したい！～最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

第38話 知略の勝利

俺の言葉は、ガロンにとって到底信じがたいものだったのだろう。彼はしばらくの間、血塗れの顔を上げたまま、呆然と俺を見つめていた。

「……国を、築くだと？」

ガロンが、かすれた声で呟いた。
「貴様のような、ゴブリン崩れの魔物が……？ 我々オークと、手を組んで？」
「そうだ」俺は、きっぱりと頷いた。「種族など、関係ない。俺が求めているのは、力と、技術と、そして未来を見据えることのできる仲間だ。お前には、その全てがある」

俺は、彼の前に片膝をついた。それは、敗者に対する勝者の態度ではなかった。対等な相手に対する、交渉の姿勢だった。

「考えてみろ、ガロン。お前たちの憎しみの根源は、人間だ。だが、お前たちは、その憎しみに囚われるあまり、俺たちという『見えざる脅威』に対応できなかった。川を汚染され、部下を一人ずつ狩られ、そして本拠地に潜入されるまで、有効な手を何一つ打てなかった。なぜだか分かるか？」

俺は、ガロンの答えを待たずに続けた。

「お前たちの戦い方は、あまりにも正直すぎるからだ。力と力の、正面からのぶつかり合い。それしか知らない。だが、本当の戦いとは、そういうものじゃない。情報戦、心理戦、兵站の破壊……戦は、武器を交える前に、既に始まっているんだ」

俺が語っているのは、前世の、特に日本の戦国時代などで語り継がれてきた、謀略の数々。それを、この世界の常識に当てはめて、分かりやすく説明していた。

「俺は、お前たちが持たない『知恵』を持っている。そして、お前たちは、俺が持たない『力』と『技術』を持っている。この二つが組み合わされば、どうなると思う？」

俺の言葉は、ガロンの心に深く、そして重く突き刺さっていた。彼は、今日の戦いでそれを痛感したはずだ。自分たちの誇る武力が、俺の練り上げた知略の前に、いとも容易く無力化されていく様を。

「人間への復讐を果たしたいのなら、それもいいだろう。だが、同じやり方で挑んでも、また同じ結果になるだけだ。人間は、お前たちが思うより、遥かに狡猾で、組織的だ。彼らを打ち破るには、彼らを上回る知略と、組織力が必要不可欠だ」

俺は、彼に選択肢を提示した。
「このまま、俺に殺されるか。あるいは、過去の憎しみを乗り越え、俺と共に、人間さえも恐れる新たな力を手に入れるか。選ぶのは、お前だ」

俺の言葉は、単なる説得ではなかった。それは、彼の価値観そのものを破壊し、新たな未来を提示する、究極のプレゼンテーションだった。

ガロンは、長く、長く沈黙していた。その顔には、苦悩と、葛藤と、そして、これまで彼が一度も抱いたことのないであろう、未知の可能性への戸惑いが浮かんでいた。

その時だった。
部屋の外から、俺の部下であるゴブリンたちが、数人のオークを縛り上げて連れてきた。彼らは、砦の中で最後まで抵抗していた者たちだろう。

「ボス、抵抗勢力の鎮圧、完了しました」
狩り部隊のリーダーが、俺に報告する。

縛り上げられたオークの一人が、片膝をついているガロンの姿を見て、絶叫した。
「ガロン様！ なぜ、そのような虫ケラに膝を！ あなたは、我らの英雄ではなかったのですか！」

その言葉は、ガロンの心を抉る、最も残酷な刃だった。
英雄。その言葉の重みが、今の彼には痛いほど分かっただろう。英雄であるためには、勝ち続けなければならない。そして、彼は今日、完全に敗北したのだ。

ガロンは、ゆっくりと顔を上げた。
そして、その視線は、俺ではなく、彼を非難する部下へと向けられた。

「……黙れ」

その声は、静かだった。だが、そこには、王としての絶対的な威厳が宿っていた。

「俺は、負けた。この男の知略の前に、完膚なきまでに。そして、理解した。憎しみだけでは、何も守れんということを」

ガロンは、ふらつきながらも、杖代わりにしていた大剣の柄を頼りに立ち上がった。そして、信じられないものを見るような目で彼を見つめる部下たちと、俺を交互に見比べた。

彼の目に、もう迷いはなかった。

「ゴブ、と言ったか」

彼は、初めて俺の名を、敬意を込めて呼んだ。

「俺は、お前の器の大きさに賭けてみることにした。このガロン、生涯の忠誠を、お前に誓おう。この命、好きに使うがいい」

そう言うと、彼はその巨大な身体を折り曲げ、俺の前に、深く、深く頭を垂れた。それは、敗者の降伏ではない。真の王を見出した、騎士の臣従の礼だった。

その光景に、彼の部下だったオークたちも、俺のゴ_ブリンたちも、皆、言葉を失って立ち尽くしていた。

オーク最強の戦士が、俺の軍門に降った瞬間。
それは、俺の知略が、オークの武力を完全に凌駕した、紛れもない勝利の証だった。

俺は、静かに頷いた。
「その忠誠、確かに受け取った。ガロン、お前は今日から、俺の右腕だ」

こうして、俺の軍勢に、最も頼もしい仲間の一人が加わった。
彼の力と、オークたちの技術。それらを手に入れた俺の組織は、もはや森の一勢力ではない。世界に名乗りを上げる、新たな王国の礎を築き始めたのだ。