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第87話 第三の道
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ザラキエルが去った後、俺はリリアに彼とのやり取りの全てを話すよう求めた。彼女の言葉から、魔王軍が俺たちの国の本質――多種族共存という彼らの思想とは相容れない秩序――を正確に理解した上で勧誘に来たことが分かった。
「奴らは危険だ」
俺は作戦室に戻り、待機していたガロンに告げた。「人間のように力で正面からねじ伏せようとはしない。もっと狡猾に、内部から人の心の隙を突いてくる。今後は都の警備をさらに強化しろ。特にリリアやルゥ、長老衆といった幹部たちの周辺には『黒曜の爪』を常に配置させろ」
「はっ! 直ちに!」
ガロンは新たな脅威の出現に顔を引き締めた。
魔王軍という遠い未来の嵐。
そして、白銀騎士団という目の前の豪雨。
俺たちの国は、二つの巨大な気圧の狭間でその存亡を賭けた航海に乗り出そうとしていた。
俺はガロンに戦場の後処理を任せ、一人で王城の最上階へと向かった。
バルコニーから、戦火の煙が未だ立ち上る東の森を見つめる。
アラン・フォン・ヴァイス。あの男は強い。今の俺が、一対一で戦って勝てる相手ではない。ガロンの命懸けの介入がなければ俺は死んでいただろう。
だが、戦争は一対一の決闘ではない。
そして俺は騎士のように正々堂々と戦うつもりなど毛頭なかった。
俺は漆黒の翼を広げた。
そして誰にも告げることなく、一人で夜の闇へと飛び立った。
目指すは東。人間の前線基地。
受けて立つだけではジリ貧になる。
ならばこちらから仕掛ける。それも敵が全く予測していない、最も効果的な方法で。
俺は高高度を音もなく滑空し、あっという間に前線基地の上空へと到達した。
基地の中は騒然としていた。俺たちとの戦闘で傷ついた兵士たちが次々と担ぎ込まれ、治療を受けている。アランの姿もその中にあった。彼は部下たちに指示を出しながら、険しい表情で森の方向を睨みつけている。
彼らはまだ知らない。
自分たちの頭上に死神が舞い降りていることを。
俺は静かに息を吸い込んだ。
そして、イグニールから受け継いだ最強の力を解放する。
「――竜の息吹(ドラゴニック・ブレス)」
俺の口から放たれたのは炎ではない。
極限まで凝縮された純粋な魔力の奔流。
夜の闇を切り裂く一筋の蒼白い閃光が、基地の中央、指揮所と思われる最も大きな天幕に向かって降り注いだ。
着弾の瞬間、音はなかった。
ただ閃光が全てを飲み込み、そして全てを消滅させた。
天幕も、その中にいたであろう人間たちも、そしてその下の地面さえも。全てが分子レベルまで分解され、光の中に消えていった。
遅れて、凄まじい轟音が響き渡った。
ドゴオオオオオオオオオオオン!
基地全体が地震のように揺れる。
爆心地からは衝撃波が同心円状に広がり、周囲の天幕や柵を紙切れのように吹き飛ばしていく。
基地は一瞬にして地獄の様相を呈した。
「な、なんだ!? 何が起きた!」
「空だ! 空から何かが……!」
兵士たちがパニックに陥り、右往左往する。
その混乱の渦の中心で、アランだけがいち早く空を見上げ、俺の存在に気づいていた。
彼の蒼い瞳が驚愕に見開かれる。
「……飛竜……? いや、違う……! あの姿は……!」
俺は彼に向かって不敵に笑いかけた。
そしてもう一度、息を吸い込む。
二発目の【竜の息吹】。
今度の目標は、彼らが備蓄していたであろう食料庫と武器庫だ。
再び蒼白い閃光が基地を薙ぎ払う。
巨大な爆発が連鎖的に発生した。
食料は灰となり、武器は溶け落ち、基地の機能は完全に麻痺した。
俺はそれを見届けるとゆっくりと旋回し、グラーヘイムへの帰路についた。
殲滅はしない。
それは俺の目的ではないからだ。
俺の目的は、彼らに絶対的な力の差を見せつけ、戦うことそのものが無意味であると骨の髄まで理解させること。
そして、彼らが拠って立つ「正義」という名の傲慢を完膚なきまでに叩き潰すこと。
俺がザラキエルの誘いを断った理由。
それは俺が選ぶ道が、人間にも魔王軍にも属さない『第三の道』だからだ。
我々は誰の下にもつかない。
我々は誰の理屈にも従わない。
我々の道は我々で決める。
そのための、これは宣戦布告だった。
人間へも、そしておそらくはこの光景をどこかで見ているであろう魔王軍へも。
この森に新たな王が生まれた。
そしてその王は、お前たちの常識が一切通用しない相手である、と。
翌朝。
壊滅した前線基地で、アランは呆然と立ち尽くしていた。
彼の騎士団は半壊した。それも敵の姿さえほとんど見ることなく。
彼の誇りも自信も、昨夜の蒼い閃光によって跡形もなく消し飛んでいた。
「……あれは、一体……」
彼の脳裏に、夜空に浮かぶ漆黒の翼を持つ魔王の姿が焼き付いて離れなかった。
それは彼がこれまで信じてきたどんな伝説の魔物とも違う、神話の領域に属する絶対的な存在。
彼は初めて、自分たちが戦いを挑んでいる相手の本当の恐ろしさを理解した。
そしてこの戦争が、もはやアークライト王国一国で対処できるレベルを遥かに超えていることをも。
彼は震える手で王都への報告書を書き始めた。
『我々は、神話と戦っている』と。
「奴らは危険だ」
俺は作戦室に戻り、待機していたガロンに告げた。「人間のように力で正面からねじ伏せようとはしない。もっと狡猾に、内部から人の心の隙を突いてくる。今後は都の警備をさらに強化しろ。特にリリアやルゥ、長老衆といった幹部たちの周辺には『黒曜の爪』を常に配置させろ」
「はっ! 直ちに!」
ガロンは新たな脅威の出現に顔を引き締めた。
魔王軍という遠い未来の嵐。
そして、白銀騎士団という目の前の豪雨。
俺たちの国は、二つの巨大な気圧の狭間でその存亡を賭けた航海に乗り出そうとしていた。
俺はガロンに戦場の後処理を任せ、一人で王城の最上階へと向かった。
バルコニーから、戦火の煙が未だ立ち上る東の森を見つめる。
アラン・フォン・ヴァイス。あの男は強い。今の俺が、一対一で戦って勝てる相手ではない。ガロンの命懸けの介入がなければ俺は死んでいただろう。
だが、戦争は一対一の決闘ではない。
そして俺は騎士のように正々堂々と戦うつもりなど毛頭なかった。
俺は漆黒の翼を広げた。
そして誰にも告げることなく、一人で夜の闇へと飛び立った。
目指すは東。人間の前線基地。
受けて立つだけではジリ貧になる。
ならばこちらから仕掛ける。それも敵が全く予測していない、最も効果的な方法で。
俺は高高度を音もなく滑空し、あっという間に前線基地の上空へと到達した。
基地の中は騒然としていた。俺たちとの戦闘で傷ついた兵士たちが次々と担ぎ込まれ、治療を受けている。アランの姿もその中にあった。彼は部下たちに指示を出しながら、険しい表情で森の方向を睨みつけている。
彼らはまだ知らない。
自分たちの頭上に死神が舞い降りていることを。
俺は静かに息を吸い込んだ。
そして、イグニールから受け継いだ最強の力を解放する。
「――竜の息吹(ドラゴニック・ブレス)」
俺の口から放たれたのは炎ではない。
極限まで凝縮された純粋な魔力の奔流。
夜の闇を切り裂く一筋の蒼白い閃光が、基地の中央、指揮所と思われる最も大きな天幕に向かって降り注いだ。
着弾の瞬間、音はなかった。
ただ閃光が全てを飲み込み、そして全てを消滅させた。
天幕も、その中にいたであろう人間たちも、そしてその下の地面さえも。全てが分子レベルまで分解され、光の中に消えていった。
遅れて、凄まじい轟音が響き渡った。
ドゴオオオオオオオオオオオン!
基地全体が地震のように揺れる。
爆心地からは衝撃波が同心円状に広がり、周囲の天幕や柵を紙切れのように吹き飛ばしていく。
基地は一瞬にして地獄の様相を呈した。
「な、なんだ!? 何が起きた!」
「空だ! 空から何かが……!」
兵士たちがパニックに陥り、右往左往する。
その混乱の渦の中心で、アランだけがいち早く空を見上げ、俺の存在に気づいていた。
彼の蒼い瞳が驚愕に見開かれる。
「……飛竜……? いや、違う……! あの姿は……!」
俺は彼に向かって不敵に笑いかけた。
そしてもう一度、息を吸い込む。
二発目の【竜の息吹】。
今度の目標は、彼らが備蓄していたであろう食料庫と武器庫だ。
再び蒼白い閃光が基地を薙ぎ払う。
巨大な爆発が連鎖的に発生した。
食料は灰となり、武器は溶け落ち、基地の機能は完全に麻痺した。
俺はそれを見届けるとゆっくりと旋回し、グラーヘイムへの帰路についた。
殲滅はしない。
それは俺の目的ではないからだ。
俺の目的は、彼らに絶対的な力の差を見せつけ、戦うことそのものが無意味であると骨の髄まで理解させること。
そして、彼らが拠って立つ「正義」という名の傲慢を完膚なきまでに叩き潰すこと。
俺がザラキエルの誘いを断った理由。
それは俺が選ぶ道が、人間にも魔王軍にも属さない『第三の道』だからだ。
我々は誰の下にもつかない。
我々は誰の理屈にも従わない。
我々の道は我々で決める。
そのための、これは宣戦布告だった。
人間へも、そしておそらくはこの光景をどこかで見ているであろう魔王軍へも。
この森に新たな王が生まれた。
そしてその王は、お前たちの常識が一切通用しない相手である、と。
翌朝。
壊滅した前線基地で、アランは呆然と立ち尽くしていた。
彼の騎士団は半壊した。それも敵の姿さえほとんど見ることなく。
彼の誇りも自信も、昨夜の蒼い閃光によって跡形もなく消し飛んでいた。
「……あれは、一体……」
彼の脳裏に、夜空に浮かぶ漆黒の翼を持つ魔王の姿が焼き付いて離れなかった。
それは彼がこれまで信じてきたどんな伝説の魔物とも違う、神話の領域に属する絶対的な存在。
彼は初めて、自分たちが戦いを挑んでいる相手の本当の恐ろしさを理解した。
そしてこの戦争が、もはやアークライト王国一国で対処できるレベルを遥かに超えていることをも。
彼は震える手で王都への報告書を書き始めた。
『我々は、神話と戦っている』と。
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