ゴブリンだって進化したい!~最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

夏見ナイ

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第86話 魔王軍との対峙

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俺がいつからそこにいたのか、ザラキエルにも分からなかっただろう。
ガロンに戦場の後処理を任せた俺は、胸騒ぎを覚えて一人だけ転移の巻物を使ってグラーヘイムに帰還していたのだ。そしてリリアが何者かと対峙している気配を察知し、影に潜んで様子を窺っていた。

リリアの、あの気高く力強い宣言。
その全てを俺は聞いていた。
胸の奥が熱くなった。俺が守ろうとしていた存在に、逆に俺の心が守られていた。彼女の信頼はどんな武器よりも、どんなスキルよりも俺の力になった。

だからこそ許せなかった。
彼女のその美しい魂を、甘言で弄び利用しようとした目の前の男が。

「……これは驚いた。まさかあの戦場からもう戻ってきていたとは。我が『千里眼』をもってしてもあなたの気配は全く読めなかった。お見事です、ゴブリンロード」

ザラキエルはゆっくりと振り返った。その顔にはもはや余裕の笑みはない。代わりに未知の強敵と対峙する純粋な緊張と、そして歓喜の色が浮かんでいた。

「自己紹介がまだでしたな。私はザラキエル。偉大なる魔王ゴルザリオン様に仕える四天王の一人」

魔王軍。四天王。
その単語が俺の頭の中で冷たく反響した。
やはりただの魔物ではない。この世界における二大勢力の一つ。その幹部がなぜここに。

「お前たちの目的は何だ?」
俺は低い声で問い詰めた。その声には【魔王の覇気】が色濃く乗っていた。周囲の空気がビリビリと震える。

だが、ザラキエルはその覇気の前に怯む素振りさえ見せなかった。
「目的、ですか。当初の目的は、この森に生まれた新たな『王』の品定め。ですが今、目的が変わりました」

彼の瞳が俺を値踏みするように、舐めるように見つめた。
「ゴブ、と言いましたか。あなたという存在は、我が主の『玩具』とするにはあまりにも惜しい。あまりにも魅力的だ」

ザラキエルは優雅に一礼した。
「――単刀直入に提案しましょう。我々と手を組みませんか?」

その言葉は、先ほど彼がリリアに投げかけたものと同じだった。

「あなたとあなたの率いるこの国は素晴らしい。だが、あまりにも脆い。今あなた方が戦っている人間どもはまだ前座に過ぎません。アークライト王国は大陸でも有数の軍事大国。彼らが本気になれば、今のあなた方の戦力ではいずれ押し潰されるでしょう」

「だが我々魔王軍と手を組めば話は別です。我々の軍事力とあなたの知略、そしてこの国の生産力。その三つが合わされば人間どもを大陸から一掃することなど造作もない。そして新たな世界の暁には、あなたにこの大陸の半分を支配する権利を我が主はお約束されるでしょう」

それは破格の提案だった。
小国の王に過ぎない俺を、魔王に次ぐNo.2として迎え入れる、と。

「どうです? 悪い話ではないでしょう。あなたも人間を憎んでいるはずだ。我々と目的は同じ。ならば手を取り合うのが最も合理的な選択というものでは?」

ザラキエルは自信に満ちていた。
彼は俺の本質を冷徹な合理主義者だと見抜いている。だからこそ、この提案を俺が断るはずがないと確信していた。

だが、彼はまだ俺のことを何も分かっていなかった。

俺はゆっくりと首を横に振った。

「……断る」

そのあまりにもあっさりとした拒絶に、今度こそザラキエルの顔に純粋な驚愕の色が浮かんだ。
「……なぜです? この提案を断る理由がどこにあるというのですか」

「理由か。それも単純なことだ」
俺は一歩前に出た。そして俺の背後で不安げに俺を見つめるリリアを、背中で庇うようにその前に立った。

「俺は誰の下にもつかん」

俺の声は静かだった。だが、そこには何ものにも揺るがされない、王としての絶対的な意志が込められていた。

「魔王だろうと人間だろうと神だろうと、俺の上に立つ者は誰もいない。俺の国の道は俺が決める。俺の仲間たちの運命も俺が決める。お前たちに指図される謂れは何一つない」

前世で俺は常に誰かに使われるだけの歯車だった。
理不尽な命令にただ従うだけの存在。

だが今は違う。
俺は王だ。
たとえそれがどんなに茨の道であろうと、俺は俺自身の意志でこの国を導いていく。
誰にも決してその主導権は渡さない。

俺の揺るぎない決意。
それを目の当たりにし、ザラキエルは全てを悟ったようだった。

彼は諦めたように小さくため息をついた。
「……そうか。残念だ。実に残念だよ、ゴブ。君とは良い友になれると思ったのだがな」

彼の口調は、まるで旧知の友人に語り掛けるかのようだった。
そして彼は不敵な笑みを、その美しい顔に浮かべた。

「だが、これでいい。そうでなくては面白くない」

「君という存在はもはや人間と魔王軍のどちらにも属さない、危険な『第三勢力』だ。我が主も君への対応を改めることになるだろう。次に会う時は友人としてではなく……」

ザラキエルの身体がゆっくりと影の中へと沈んでいく。

「――敵として、だ」

その言葉を残し、彼の姿は完全に闇の中へと消え去った。

後に残されたのは不気味なほどの静寂と、そして俺の心に刻み込まれた新たな敵の存在。

魔王軍。
彼らは人間とはまた質の違う、恐るべき脅威となるだろう。

「ゴブ様……」
リリアが心配そうに俺の袖を掴んだ。

俺は彼女に向き直り、その頭を優しく撫でた。
「……よく頑張ったな。お前のおかげで俺は、俺の進むべき道が間違っていなかったと確信できた」

俺の言葉に、リリアは安堵の涙を静かに流した。

人間と魔王軍。
二つの巨大な勢力に同時に目をつけられてしまった。
状況は最悪だ。

だが俺の心は不思議と晴れやかだった。
敵が強大であればあるほど、燃えてくる。

「さて、と」
俺は夜空を見上げた。
「まずは目の前の鬱陶しい銀色の蝿を叩き落とすことから始めるとするか」

俺の次なる一手は既に決まっていた。
受けて立つだけでは終わらない。
こちらから仕掛けるのだ。
この森の王の本当の恐ろしさを、あの白銀の騎士団に骨の髄まで教えてやるために。
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