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第88話 空からの奇襲
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アラン・フォン・ヴァイスからの報告書は、アークライト王国の王都に空前の衝撃をもたらした。
『――前線基地、壊滅。死傷者、半数以上。原因、不明。夜間、空より飛来せし漆黒の翼を持つ魔王の、神の如き一撃によるものと推測。我が白銀騎士団の誇る方陣も聖剣の力も、その前には意味をなさず。繰り返す。我々はもはやオークの軍団と戦っているのではない。我々は、神話と戦っている』
そのあまりにも現実離れした報告に、王城の会議室は水を打ったように静まり返った。
ある者はアランが恐怖のあまり正気を失ったのだと囁いた。
またある者は、魔王軍がついに本格的な侵攻を開始したのではないかと顔を青ざめさせた。
だが、国王アークライト三世だけは冷静だった。
彼はアランという男の性格を誰よりも理解していた。あの誇り高く冷静沈着な騎士団長が、ありもしない幻を報告してくるはずがない。
報告書に書かれていることは全て事実なのだ、と。
「……皆に問う」
国王は重々しく口を開いた。
「我々はどうすべきか。このまま白銀騎士団の残存兵力を撤退させ、国境を固めるべきか。あるいは……」
「増援を送るべきです!」
若手の将軍が即座に叫んだ。「アラン卿は疲弊しておられるのです! 王国中の兵力を結集し彼の元へ送り、かの邪悪なる魔王を今度こそ討伐すべきです!」
「馬鹿を申すな!」老宰相がそれを一喝した。「敵は空を飛ぶのだぞ! しかも基地を一撃で壊滅させるほどの力を持つ、と。いたずらに兵を送り込めば被害が拡大するだけではないか! まずはアラン卿を帰還させ、正確な情報を……」
議論は紛糾した。
王国は建国以来初めて経験する未知の脅威を前に、完全にその方針を見失っていた。
一方、その頃。
俺はグラーヘイムの玉座で、静かに次の手を考えていた。
前線基地への奇襲は絶大な効果を上げた。
人間の軍隊は一時的に完全にその機能を停止している。斥候からの報告によれば、彼らは撤退も増援の要請もせず、ただ壊滅した基地で呆然と時を過ごしているだけだという。
俺の『竜の息吹』は、彼らの戦力だけでなくその心までも完全に砕いたのだ。
だが、このまま放置しておけば彼らもいずれ我に返るだろう。
王都から新たな命令が下り増援が送られてくるか、あるいはより強固な防衛線を築いて撤退していくか。
どちらに転んでも、俺にとっては好ましくない。
俺が望むのは、彼らがこの森から完全に、そして自らの意志で手を引くことだ。
そのためには、もう一押し必要だった。
彼らの心を再起不能なまでに、完全に折るための最後の一撃が。
俺は再び竜翼軍団(ドラグーン)を招集した。
俺の前にひれ伏す二十体のワイバーンたち。彼らの目には、新たな王への絶対的な忠誠が宿っている。
「これより人間への第二波攻撃を開始する」
俺の宣言に、ワイバーンたちがグルルと低い喉鳴りで応えた。
「だが今回の目的は破壊ではない。威嚇だ。彼らに我々の本当の恐ろしさを見せつけ、戦うことそのものが愚かな行為であると骨の髄まで思い知らせてやれ」
俺は漆黒の翼を広げ、空へと舞い上がった。
俺の後に続くように、二十体のワイバーンたちが次々と大空へと飛び立っていく。
その光景は圧巻だった。
漆黒のゴブリンロードを頂点に、二十の竜翼が空を覆い尽くす。
それはもはやただの魔物の軍団ではない。
一つの意志の下に統率された、空の無敵艦隊。
俺たちは編隊を組み、ゆっくりと、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら人間の前線基地へと向かった。
壊滅した基地で後処理にあたっていた白銀騎士団の兵士たちが、最初にその異変に気づいた。
地響きのような羽音。
そして、太陽を覆い隠す巨大な影の群れ。
「……な……なんだ、あれは……!?」
「……竜……竜の群れだ……!」
兵士たちの顔が絶望に染まる。
彼らの脳裏に、数日前の悪夢が蘇った。
そして、その竜の群れの先頭を飛ぶ一際巨大な漆黒の翼を持つ魔王の姿を認め、彼らは完全に戦意を喪失した。
あれだ。
我々の基地を一夜にして壊滅させた、あの悪夢の化身。
あれが一体ではなく、軍団を率いて再びやってきたのだ、と。
アラン・フォン・ヴァイスもまた、城壁の上からその光景をただ呆然と見上げていた。
彼の騎士としての全ての常識と経験が、目の前の光景を理解することを拒絶していた。
魔物が統率の取れた編隊を組んで空を飛ぶ。
そんなこと、ありえるはずがない。
あれは悪夢だ。
だが俺は、彼が悪夢から覚めることを許さなかった。
俺は基地の遥か上空で全軍に停止を命じた。
そして俺と、俺の左右に控える二体のワイバーンが同時にブレスのチャージを開始する。
俺の口元には蒼白い魔力の光が。
ワイバーンたちの口元には灼熱の炎の光が。
三つの太陽が空に出現したかのような絶望的な光景。
その光は、地上にいる全ての人間たちに絶対的な死を予感させた。
「……もう、終わりだ……」
騎士の一人がその場に膝から崩れ落ちた。
彼の目から光が消えていた。
もう誰も抵抗しようとはしなかった。
剣を抜く者も、盾を構える者も一人もいない。
彼らはただ、天から下される絶対的な死の裁きを待つだけだった。
俺は彼らの心が完全に折れたのを確認した。
そして俺はチャージした【竜の息吹】を空に向かって放った。
ワイバーンたちもまた俺に倣い、そのブレスを基地ではなく誰もいない森の方向へと吐き出した。
三条の破壊の光線が空を駆け巡り、遥か彼方の山の頂を吹き飛ばした。
そのあまりにも規格外の破壊力。
そして、その一撃が自分たちへの「警告」でしかないという紛れもない事実。
白銀騎士団の兵士たちは、もはや絶望さえも通り越し虚無に包まれていた。
自分たちは一体、何と戦おうとしていたのか。
神か。
悪魔か。
あるいは、それ以上の何かか。
俺は恐怖に震える人間たちを最後に見下ろした。
そして静かに竜翼軍団を率いてその場を後にした。
もう言葉はいらない。
俺たちの圧倒的な力。
そして、無用な殺戮は好まないという俺たちの「意志」。
その二つを彼らは骨の髄まで理解したはずだ。
この日を境に、アークライト王国において『緑の災厄』は『森の魔王』として神話的な恐怖の対象となった。
そして白銀騎士団長アラン・フォン・ヴァイスは、生涯で初めての「敗北」をその魂に深く刻み込むことになったのである。
『――前線基地、壊滅。死傷者、半数以上。原因、不明。夜間、空より飛来せし漆黒の翼を持つ魔王の、神の如き一撃によるものと推測。我が白銀騎士団の誇る方陣も聖剣の力も、その前には意味をなさず。繰り返す。我々はもはやオークの軍団と戦っているのではない。我々は、神話と戦っている』
そのあまりにも現実離れした報告に、王城の会議室は水を打ったように静まり返った。
ある者はアランが恐怖のあまり正気を失ったのだと囁いた。
またある者は、魔王軍がついに本格的な侵攻を開始したのではないかと顔を青ざめさせた。
だが、国王アークライト三世だけは冷静だった。
彼はアランという男の性格を誰よりも理解していた。あの誇り高く冷静沈着な騎士団長が、ありもしない幻を報告してくるはずがない。
報告書に書かれていることは全て事実なのだ、と。
「……皆に問う」
国王は重々しく口を開いた。
「我々はどうすべきか。このまま白銀騎士団の残存兵力を撤退させ、国境を固めるべきか。あるいは……」
「増援を送るべきです!」
若手の将軍が即座に叫んだ。「アラン卿は疲弊しておられるのです! 王国中の兵力を結集し彼の元へ送り、かの邪悪なる魔王を今度こそ討伐すべきです!」
「馬鹿を申すな!」老宰相がそれを一喝した。「敵は空を飛ぶのだぞ! しかも基地を一撃で壊滅させるほどの力を持つ、と。いたずらに兵を送り込めば被害が拡大するだけではないか! まずはアラン卿を帰還させ、正確な情報を……」
議論は紛糾した。
王国は建国以来初めて経験する未知の脅威を前に、完全にその方針を見失っていた。
一方、その頃。
俺はグラーヘイムの玉座で、静かに次の手を考えていた。
前線基地への奇襲は絶大な効果を上げた。
人間の軍隊は一時的に完全にその機能を停止している。斥候からの報告によれば、彼らは撤退も増援の要請もせず、ただ壊滅した基地で呆然と時を過ごしているだけだという。
俺の『竜の息吹』は、彼らの戦力だけでなくその心までも完全に砕いたのだ。
だが、このまま放置しておけば彼らもいずれ我に返るだろう。
王都から新たな命令が下り増援が送られてくるか、あるいはより強固な防衛線を築いて撤退していくか。
どちらに転んでも、俺にとっては好ましくない。
俺が望むのは、彼らがこの森から完全に、そして自らの意志で手を引くことだ。
そのためには、もう一押し必要だった。
彼らの心を再起不能なまでに、完全に折るための最後の一撃が。
俺は再び竜翼軍団(ドラグーン)を招集した。
俺の前にひれ伏す二十体のワイバーンたち。彼らの目には、新たな王への絶対的な忠誠が宿っている。
「これより人間への第二波攻撃を開始する」
俺の宣言に、ワイバーンたちがグルルと低い喉鳴りで応えた。
「だが今回の目的は破壊ではない。威嚇だ。彼らに我々の本当の恐ろしさを見せつけ、戦うことそのものが愚かな行為であると骨の髄まで思い知らせてやれ」
俺は漆黒の翼を広げ、空へと舞い上がった。
俺の後に続くように、二十体のワイバーンたちが次々と大空へと飛び立っていく。
その光景は圧巻だった。
漆黒のゴブリンロードを頂点に、二十の竜翼が空を覆い尽くす。
それはもはやただの魔物の軍団ではない。
一つの意志の下に統率された、空の無敵艦隊。
俺たちは編隊を組み、ゆっくりと、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら人間の前線基地へと向かった。
壊滅した基地で後処理にあたっていた白銀騎士団の兵士たちが、最初にその異変に気づいた。
地響きのような羽音。
そして、太陽を覆い隠す巨大な影の群れ。
「……な……なんだ、あれは……!?」
「……竜……竜の群れだ……!」
兵士たちの顔が絶望に染まる。
彼らの脳裏に、数日前の悪夢が蘇った。
そして、その竜の群れの先頭を飛ぶ一際巨大な漆黒の翼を持つ魔王の姿を認め、彼らは完全に戦意を喪失した。
あれだ。
我々の基地を一夜にして壊滅させた、あの悪夢の化身。
あれが一体ではなく、軍団を率いて再びやってきたのだ、と。
アラン・フォン・ヴァイスもまた、城壁の上からその光景をただ呆然と見上げていた。
彼の騎士としての全ての常識と経験が、目の前の光景を理解することを拒絶していた。
魔物が統率の取れた編隊を組んで空を飛ぶ。
そんなこと、ありえるはずがない。
あれは悪夢だ。
だが俺は、彼が悪夢から覚めることを許さなかった。
俺は基地の遥か上空で全軍に停止を命じた。
そして俺と、俺の左右に控える二体のワイバーンが同時にブレスのチャージを開始する。
俺の口元には蒼白い魔力の光が。
ワイバーンたちの口元には灼熱の炎の光が。
三つの太陽が空に出現したかのような絶望的な光景。
その光は、地上にいる全ての人間たちに絶対的な死を予感させた。
「……もう、終わりだ……」
騎士の一人がその場に膝から崩れ落ちた。
彼の目から光が消えていた。
もう誰も抵抗しようとはしなかった。
剣を抜く者も、盾を構える者も一人もいない。
彼らはただ、天から下される絶対的な死の裁きを待つだけだった。
俺は彼らの心が完全に折れたのを確認した。
そして俺はチャージした【竜の息吹】を空に向かって放った。
ワイバーンたちもまた俺に倣い、そのブレスを基地ではなく誰もいない森の方向へと吐き出した。
三条の破壊の光線が空を駆け巡り、遥か彼方の山の頂を吹き飛ばした。
そのあまりにも規格外の破壊力。
そして、その一撃が自分たちへの「警告」でしかないという紛れもない事実。
白銀騎士団の兵士たちは、もはや絶望さえも通り越し虚無に包まれていた。
自分たちは一体、何と戦おうとしていたのか。
神か。
悪魔か。
あるいは、それ以上の何かか。
俺は恐怖に震える人間たちを最後に見下ろした。
そして静かに竜翼軍団を率いてその場を後にした。
もう言葉はいらない。
俺たちの圧倒的な力。
そして、無用な殺戮は好まないという俺たちの「意志」。
その二つを彼らは骨の髄まで理解したはずだ。
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