ゴブリンだって進化したい!~最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

夏見ナイ

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第89話 空の脅威

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俺たちが放った三条のブレス。
それは直接的な被害こそ与えなかったものの、白銀騎士団の兵士たちの心に物理的な破壊よりも遥かに深刻な傷跡を残した。

圧倒的な力の差。
そして、その力をあえて使わなかった敵の王の底知れぬ意図。

彼らはもはや自分たちが何と戦っているのか理解できなかった。
戦意は完全に崩壊していた。
ある者はその場にへたり込んで虚空を見つめ、またある者は故郷の家族の名を呼び静かに涙を流していた。

その絶望と虚無に満ちた光景の中心で、アラン・フォン・ヴァイスだけが一人、空を睨み続けていた。
彼の顔には恐怖はなかった。
代わりに、騎士としての、そして一人の人間としての全ての誇りを砕かれたことに対する深い、深い屈辱の色が浮かんでいた。

「……これが王の戦い方か」

彼は吐き捨てるように呟いた。
殲滅ではない。威嚇。
相手の戦意を完膚なきまでに叩き折り、戦うことそのものを無意味だと思わせる。
それは彼がこれまで信じてきた騎士道精神とは全く相容れない、あまりにも冷徹で合理的な戦術だった。

彼は理解した。
自分たちが戦っている相手は、ただの強力な魔物などではない。
自分たち人間とは全く異なる価値観と戦術思想を持つ、高度な知性体。
そしてその王は、自分たちのはるか上を行く本物の『王』なのだ、と。

「……撤退する」

アランは、その屈辱的な言葉を絞り出すように部下たちに命じた。
「全軍、撤退準備。これ以上の戦闘は無意味だ。我々は帰還する」

彼の命令に異を唱える者は一人もいなかった。
いや、もはやそんな気力さえ誰にも残っていなかった。

白銀騎士団は、その千年の歴史の中で初めて敵に背を向けて敗走を始めた。
その足取りは重く、惨めだった。

だが俺は、まだ彼らを解放するつもりはなかった。
この戦争の最後の仕上げが、まだ残っていたからだ。

彼らが壊滅した基地から撤退し、王国への帰路につこうとしていたその時だった。

空から再び、あの地響きのような羽音が聞こえてきた。
騎士たちが悲鳴のような声を上げて空を見上げる。

そこには再び、漆黒の翼を持つ魔王と二十の竜翼が空を覆い尽くさんばかりに展開していた。

「……ま、まだ来るのか……!」
「もうやめてくれ……!」

騎士たちの心は今度こそ完全に折れた。
彼らは武器を捨て、その場にひれ伏し、ただ死の訪れを待った。

アランもまた、聖剣デュランダルの柄を握りしめたまま天を仰いだ。
(……ここまでか。だが騎士として、最後まで……)

彼が最後の抵抗を覚悟した、その時。

空の魔王は彼らの頭上をゆっくりと通過していくだけだった。
攻撃の意思はないようだった。

だが、その魔王の背後から一体、また一体とワイバーンたちが何かを地上へと投下し始めた。

「……!?」

アランはそれが爆弾か、あるいは魔法の類かと咄嗟に身構えた。
だが地面に落ちたそれは、爆発しなかった。

それはオークたちが使う粗雑な麻袋だった。
袋は衝撃で破れ、中から大量のものが転がり出る。

それは薬草だった。
火傷に効く上質な薬草。
そしていくつかの袋の中には、リリアが作ったであろう質の良いヒー-リングポーションまで入っていた。

「…………な……」

アランは目の前で起きていることが全く理解できなかった。
敵が自分たちの傷を癒すための医薬品を恵んでくれている?

空の魔王がゆっくりと彼らの上空で停止した。
そしてその声がテレパシーのように、騎士団全員の脳内に直接響き渡った。

『――持ち帰れ』

その声は冷たく、威厳に満ちていた。
だがその奥に、不思議な響きがあった。それは慈悲でも憐れみでもない。
王が敗者に与える最後の「情け」のようなもの。

『そしてお前たちの王に伝えろ。二度と我々の森を侵すな、と。次にこの境界を越えた時、情けはない。一人残らず灰にする』

それが森の王からの最後通牒だった。

『これは警告だ。そして我々からのささやかな『贈り物』だ。戦わずとも道はある。お前たちの王がそれを理解できるだけの賢王であることを祈っている』

その言葉を最後に、魔王は竜翼軍団を率いて森の奥深くへと静かに姿を消していった。

後に残されたのは夥しい数の医薬品と、そして完全に思考を停止させた白銀騎士団の兵士たちだけだった。

アランは地面に落ちたポーションの一つを震える手で拾い上げた。
彼は完全に理解した。

あの王の真の恐ろしさを。

力だけではない。
知略だけでもない。

彼はアメとムチを完璧に使いこなしているのだ。
圧倒的な力で恐怖を植え付け心を砕き、そして最後に僅かな情けを与えることで相手に絶対的な格の違いを思い知らせる。

これはもはや戦争ではない。
まるで出来の悪い子供を諭すかのような、絶対的な上位者による「調教」だった。

アラン・フォン・ヴァイスは、その場で静かに膝をついた。
それは騎士としての完全な敗北を認めた瞬間だった。

この日、アークライト王国最強の騎士団は、一人の死者も出すことなく(最初の戦闘での死者は除く)、しかしその魂を完全に殺されたのである。
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