ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第20話:騎士団の注目株

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俺の評判は、もはや王都で知らぬ者はいないというレベルにまで達していた。
『若き賢者』『恐るべき策略家』。そんな大袈裟な二つ名が、俺の意思とは無関係に一人歩きしている。その結果、俺の婚約者であるセレスティーナ王女は、ご満悦を通り越して、もはや誇らしげに胸を張って王城を闊歩するようになっていた。
そして、その過剰なまでの自慢の気持ちは、新たな厄介事を俺の元へと運んできた。

「アレン。今日は付き合ってもらうわよ」
ある晴れた日の午後、王都屋敷に押しかけてきたセレスティーナは、有無を言わさぬ口調でそう宣言した。彼女が着ているのは、いつもの華やかなドレスではなく、動きやすい軽装の訓練服だった。
「……どちらへ、でございますか?」
俺の嫌な予感は、だいたい当たる。
「決まっているでしょう。王宮騎士団の訓練場よ。貴方が私の婚約者として、相応しい武勇を備えているかどうか。皆の前で証明してもらわなければならないわ」
その青い瞳は「断るという選択肢はないわよ」と、雄弁に語っていた。
まただ。また、彼女の「見極めてあげる」シリーズだ。
俺はもはや抵抗する気力もなく、ため息を一つついて、彼女の後に続くしかなかった。

王宮騎士団の訓練場は、熱気と汗、そして鋼の匂いに満ちていた。
屈強な騎士たちが、木剣を打ち合わせ、槍を突き出し、鬨の声を上げている。その鍛え上げられた肉体と、洗練された動きは、クラインフェルト領の兵士たちとは明らかにレベルが違った。
そんな猛者たちの集団に、セレスティーナに手を引かれる形で俺が現れたのだから、注目を集めないはずがない。
騎士たちの訓練が、ぴたりと止まった。
好奇、侮り、そして「王女殿下のお気に入り」に対するわずかな敵意。様々な感情が入り混じった視線が、俺の全身に突き刺さる。
胃が、重くなった。

「団長!少し時間をいただくわ!」
セレスティーナが大声で呼びかけると、訓練場の隅で腕を組んで訓練を見守っていた、一際体格のいい男がこちらに歩いてきた。
鋼のような筋肉に、顔にはいくつもの古い傷跡。その眼光は、歴戦の強者だけが持つ鋭さがあった。彼こそ、王宮騎士団長にして、セレスティーナの剣の師でもある、ライナス将軍その人だった。
「姫様。して、そちらの御仁が、噂の」
ライナス団長は、値踏みするような目で俺を上から下まで眺めた。
「いかにも、賢者殿といったご様子。悪いが、ここは戦場だ。書斎のインクの匂いは、少々場違いですな」
あからさまな挑発。彼は俺の頭脳は認めつつも、その武勇については全く評価していない。むしろ、軽んじている。
セレスティーナがカッとなって何か言い返そうとするのを、俺は手で制した。

「ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。ライナス団長」
俺は静かに、完璧な騎士の礼をした。
ここで感情的になれば、相手の思う壺だ。
ライナス団長は、俺の落ち着き払った態度に、ほう、とわずかに眉を上げた。
「……よろしい。では、姫様のご期待に応え、俺が直々に、お相手をいたそう。もちろん、模擬戦だ。木剣でな」
その言葉に、周囲の騎士たちがどよめいた。
団長自らが、十三歳の子供を相手にする。それは、手合わせというより、公開処刑に近い。誰もが、俺が数秒で打ちのめされる姿を想像しただろう。

俺とライナス団長は、訓練場の中央で向かい合った。
ずしりとした木剣の重みが、心地よい。三年間、毎日毎日、血の滲むような努力を重ねてきた。その成果を、ここで試す時が来た。
本当は、全くやりたくないのだが。

「始め!」
合図と共に、ライナス団長の姿が消えた。
いや、消えたように見えた。常人なら目で追えないほどの、爆発的な踏み込み。歴戦の猛者ならではの、最短距離を突く一撃が、俺の頭上めがけて振り下ろされる。
だが、俺の目には、その軌道がはっきりと見えていた。
俺は半歩だけ後ろに下がり、最小限の動きでその一撃を紙一重で躱す。そして、がら空きになった彼の胴体へ、カウンターの突きを繰り出した。

「なっ!?」
ライナス団長は驚愕の声を上げ、咄嗟に木剣を引いて俺の突きを防御した。キン、と木と木がぶつかる甲高い音が響く。
重い。彼の防御は、岩のように重かった。
だが、俺はすぐに次の攻撃に移る。下段から斬り上げ、彼の体勢を崩し、続けざまに嵐のような連撃を叩き込んだ。
カン、カン、カン!
訓練場に、木剣の打ち合う音だけが響き渡る。
周囲の騎士たちは、信じられないものを見るような目で、俺たちの戦いを見守っていた。
まさか、あのライナス団長が、子供相手に防戦一方になっている。その事実が、彼らの常識を破壊していた。

「小僧……!貴様、何者だ!」
ライナス団長が、歯噛みしながら叫ぶ。
彼の剣は、力と速さを極めた王道のものだ。だが、俺の剣は違う。俺は、徹底的に彼の癖と、鎧の隙間、そして人間としての重心のブレを突き続けた。力で敵わないなら、技と戦術で上回ればいい。
それは、生き延びるために俺が編み出した、俺だけの剣だった。

そして、数十合打ち合った後、ついにその瞬間は訪れた。
俺は彼の渾身の一撃を、わざと浅く受けて後ろに大きく吹き飛ばされた。彼は勝機と見て、追撃のために一瞬だけ体勢を前のめりにする。
その、コンマ数秒の隙を、俺は見逃さなかった。
着地と同時に地面を蹴り、彼の死角に回り込む。そして、完全に無防備になった彼の首筋に、俺の木剣の切っ先を、寸分違わずぴたりと突きつけた。

訓練場が、水を打ったように静まり返った。
勝負は、決した。

「……参った」
長い沈黙の後、ライナス団長が、絞り出すように言った。
彼はゆっくりと木剣を下ろし、俺に向かって深く頭を下げた。
「アレン・フォン・クラインフェルト卿。いや、アレン殿。俺の不明を、許されよ。貴殿は、まぎれもない本物の強者だ」
その言葉を皮切りに、周囲の騎士たちから、地鳴りのような歓声と拍手が沸き起こった。
侮りは、もはやどこにもない。そこにあるのは、強者に対する純粋な尊敬と畏怖だけだった。

「……ふふん。どう?私が見込んだ男よ。すごいでしょ」
セレスティーティーナが、満面の笑みで俺の隣にやってきて、自慢げに胸を張っている。
やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。
俺は、またしても、全く望んでいない形で、自らの評価を極限まで高めてしまった。
『若き賢者』で『恐るべき策略家』で、おまけに『王国最強の騎士団長と互角以上に渡り合う剣の達人』。
もはや、俺の肩書は満漢全席状態だ。
平穏な老後という名の質素な定食は、一体どこにあるというのか。
俺は万雷の拍手の中、ただ一人、天を仰いで静かに胃の痛みに耐えるだけだった。
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