ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第39話:ダンジョンマスターを討て

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救出作-戦は最終段階へと移行した。
俺はカイルとセレスティーナを両翼に、そして救助した生徒の中からまだ戦える者を数名選抜し、即席の部隊を編成した。ルナとリリアーナは、負傷者の護衛と共に拠点に残る。
「ルナ、リリアーナ。後は頼んだぞ」
「ええ。貴方こそ、無茶はしないで」
「アレン様……!どうか、ご無事で……!」
仲間たちの激励を背に、俺たちはダンジョン最深部、中央の大空洞へと向かった。

道中、魔物の抵抗はさらに激しさを増した。だが、俺の的確な指示と、カイル、セレスティーティーナという二枚看板の圧倒的な戦闘力の前では、烏合の衆に過ぎなかった。
「カイル、右翼のゴブリンメイジを潰せ!セレスティーナ、前方のミノタウロスを足止めだ!」
「応!」
「任せて!」
俺たちは完璧な連携で魔物の群れを突破していく。俺の指揮下に加わった他の生徒たちも、その見事な戦いぶりに士気を高め、自らの役割を的確にこなしていた。
いつの間にか、俺たちは一つの軍隊のように、機能していた。

やがて、俺たちの目の前に、巨大な鍾乳洞が姿を現した。中央の大空洞だ。
その広大な空間の中央には、禍々しい紫色の光を放つ、巨大な魔法陣が描かれていた。そして、その魔法陣を守るように、最後の孤立グループである生徒たちが、必死の防戦を繰り広げている。
彼らの敵は、一体の魔物だった。
だが、その魔物から放たれる威圧感は、今まで遭遇したどの魔物とも比較にならない。
黒いローブを纏った、人型の影。その顔は深いフードに隠れて見えないが、両手には不気味な輝きを放つ鎌を握っている。
「……ダンジョンマスターか」
俺は静かに呟いた。
ダンジョンの主。この異常事態を引き起こした、全ての元凶。闇の教団の術者に違いない。

「皆、助けに来たぞ!」
カイルが叫び、俺たちは一斉に空洞へと突入した。
最後のグループを救出し、ダンジョンマスターとの間に割って入る。
「き、君たちは……!アレン様!」
絶望の淵にいた生徒たちが、俺たちの姿を見て安堵の声を上げた。
俺は彼らを後方へと下がらせ、ダンジョンマスターと対峙した。

「……ほう。ここまでたどり着いたか、小僧ども」
ダンジョンマスターが、初めて声を発した。それは、男とも女ともつかない、歪んだ声だった。
「貴様らのせいで、我らの実験は台無しだ。だが、良いだろう。ここで貴様らを始末し、我が偉大なる主への手土産にしてくれる」
その言葉と共に、ダンジョンマスターの周囲から、おぞましい魔力が溢れ出す。
空気が重く、冷たくなる。肌がピリピリと痺れるような、邪悪な魔力だ。
「こいつ……!強い……!」
カイルが、思わず後ずさる。セレスティーナも、緊張で剣を握る手に力が入っている。

「怖気付くな!相手は一人だ!」
俺は仲間たちを鼓舞した。
「セレスティーナ、前衛!カイル、援護!他の者は、距離を取って魔法で牽制しろ!」
俺の号令一下、戦闘が開始された。
セレスティーナが、閃光のように駆け出し、ダンジョンマスターに斬りかかる。彼女の鋭い剣撃を、相手は手にした大鎌で軽々といなしていく。甲高い金属音が、空洞に響き渡った。
カイルも、その隙を突いて側面から攻撃を仕掛けるが、ダンジョンマスターはローブを翻し、幻影のようにその攻撃を躱す。
強い。
個々の戦闘能力では、セレスティーナやカイルにも匹敵する、あるいはそれ以上かもしれない。

「無駄だ、無駄だ!貴様らの動きなど、お見通しよ!」
ダンジョンマスターは、高笑いを上げながら、俺たちを翻弄する。
さらに、彼が描いた魔法陣が輝き、次々と新たな魔物を召喚し始めた。戦況は、徐々に俺たちにとって不利になっていく。
「くそっ……!キリがない!」
カイルが、焦りの声を上げた。

だが、俺は冷静だった。
俺は、この状況すらも、読んでいた。
原作ゲームにおいて、このダンジョンマスターには、一つの『隠しギミック』が存在した。
俺は、戦闘の喧騒から一歩離れ、空洞の壁を注意深く観察していた。そして、ある一点で、ごく微かな魔力の流れが不自然に歪んでいる場所を発見した。
そこだ。

「ルナ!聞こえるか!」
俺は、拠点に残したルナへと、最後の通信を送った。
「……聞こえています、アレン。状況は?」
「最終局面だ。一つ、頼みがある。この座標に、君の最大火力の攻撃魔法を、一点集中で撃ち込んでくれ」
俺は、魔力で壁の座標をルナに送った。
「……?壁に?何の意味が……」
「いいから、やれ!信じろ!」
俺の切羽詰まった声に、ルナは一瞬だけ黙り込んだ。そして、静かに、しかし力強く答えた。
「……了解しました。貴方を、信じます」

直後。
ダンジョンの天井が、轟音と共に崩落した。
ルナが放った戦略級の貫通魔法『レーザーランス』が、分厚い岩盤を穿ち、俺が指定した座標へと正確に着弾したのだ。
壁が砕け散り、その奥から現れたのは、一つの巨大な魔石だった。それは、このダンジョン全体の魔力を制御している、心臓部。制御コアだ。
「な、何ぃ!?なぜ、コアの場所が……!?」
ダンジョンマスターが、初めて狼狽の声を上げた。
制御コアが破壊されたことで、彼が展開していた魔法陣は輝きを失い、召喚された魔物たちは霧のように消え去っていく。

「今だ!総員、攻撃をダンジョンマスターに集中させろ!」
俺は、最大の勝機を逃さなかった。
俺の号令に、仲間たちが一斉に動く。
動揺し、体勢を崩したダンジョンマスターに、セレスティーナの渾身の一撃が叩き込まれる。カイルの剣が、そのローブを切り裂いた。そして、後方から放たれた生徒たちの魔法が、その身を打ち据えた。

「ぐ……お、のれ……小僧……!」
集中砲火を浴びたダンジョンマスターは、膝をつき、怨嗟の声を漏らした。
そして、彼は最後の力を振り絞り、自らの体を黒い霧へと変えた。
「覚えておれ……。我ら闇の教団は、必ずや……」
その言葉を残し、黒い霧は洞窟の闇へと溶けるように消えていった。逃げられたか。
だが、もうダンジョンを制御する力は残っていないだろう。

ダンジョンマスターが消え去ると、洞窟を覆っていた禍々しい魔力は嘘のように晴れ、構造変化も完全に停止した。
天井の崩落した穴からは、外の青空が覗いている。
脱出口が、できた。

「……やった」
誰かが、ぽつりと呟いた。
それを皮切りに、空洞は歓喜の雄叫びに包まれた。
生徒たちは抱き合い、涙を流し、生還を喜び合った。
俺は、その中心で、静かに安堵のため息をついていた。
犠牲者は、一人も出なかった。
俺の、完全勝利だ。
だが、その代償として、俺の『神がかり的な指揮官』という評判は、もはや学園内で揺るぎないものとなってしまっただろう。
平穏な老後が、また一つ、遠のいた。
俺は、仲間たちの歓声を聞きながら、再び忍び寄ってきた胃の痛みに、静かに顔を歪めるだけだった。
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