デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第四十七話 調律師の手袋

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「呪いだと……? 一体、誰が、何のために……」

セドリックは、ノアの言葉に愕然としながらも、その事実を受け入れざるを得なかった。自分の身に起きている異常は、ただの不調では説明がつかない。彼の才能を妬み、その輝きを闇に葬ろうとする者の、明確な悪意。

「犯人を探すのは後だ。まずは、君が再びピアノを弾けるようになることが先決だ」

ノアは冷静に告げた。その落ち着いた態度が、混乱するセドリックの心を静かに鎮めていく。

「……君を信じよう。どうすればいい? 何でもする」

セドリックは、縋るような目でノアを見た。絶望の淵で差し伸べられた、唯一の希望の糸だった。

「呪いを解くことは、おそらく難しい。相手は相当な手練れです。ですが、その呪いを無力化し、君の才能を正常に発揮させるための道具なら、作ることができます」

ノアは、セドリックの指先を注意深く観察した。そこから流れ出る魔力が、鍵盤に触れる寸前で、不自然に乱れているのが分かる。

「この呪いは、君の指から放たれる魔力の波長を微妙に乱し、正しい音階からずらすことで不協和音を生み出している。ならば、必要なのはその乱れた波長を強制的に調律し、正しい音へと導く『フィルター』の役割を果たすものです」
「フィルター……」
「ええ。君の指を覆う、薄い手袋を作りましょう。その手袋が、呪いの影響を遮断し、君の魔力を浄化して鍵盤へと伝えるのです」

その具体的な提案に、セドリックと侯爵夫人の顔に、わずかな希望の色が戻った。

「製作にあたり、一つだけ素材としてお借りしたいものがあります。君が、音楽家として最も輝いていた時の思い出が宿る品を」

ノアの言葉に、セドリックはしばらく考え込んだ後、部屋の奥にある書棚から、一冊の使い古された楽譜を取り出してきた。

「これは、僕が初めてコンクールで優勝した時に弾いた曲の楽譜だ。何度も何度も練習して、もうボロボロだけど……これ以上に大切なものはない」

その楽譜には、彼の汗と涙、そして何より音楽への純粋な愛情が染み込んでいた。ノアはそれを受け取ると、力強く頷いた。

「必ず、君の力になってくれます」

アストライア侯爵家の客間の一つが、急遽、ノアのための臨時工房として提供された。運び込まれた錬成道具と、主を失ったかのように静まり返っているグランドピアノが、奇妙な対比を描いている。

ノアは、最高級の絹糸と、魔力伝導率の高い銀の糸、そしてセドリックの楽譜の最後のページを慎重に切り取ったものを、作業台の上に置いた。

「【呪物錬成】」

彼の全神経が、指先に集中する。今回は、ハンマーを振るうような荒々しい作業ではない。糸を一本一本編み上げ、そこに呪いを、願いを、そして記憶を編み込んでいく、極めて繊細な錬成だ。

工房の外では、ルナが侯爵夫人と談笑しながらも、貴族社会の情報を巧みに引き出していた。クロエは、屋敷の庭で素振りをしながら、不審な気配がないか警戒を怠らない。エリオは、ノアの錬成を邪魔しないように、離れた場所で魔力の流れを安定させる補助魔法を展開していた。仲間たちが、それぞれのやり方でノアを支えている。

数時間後。ノアの手によって、一組の純白の手袋が完成した。それは、信じられないほど薄く、そして軽く、手の甲には楽譜の五線譜を模したような、美しい黒い紋様が刺繍されていた。

ノアは完成した手袋を手に、セドリックの元へと向かった。

「『調律師の手袋』です。これを着けて、弾いてみてください」
「……」

セドリックは、ゴクリと喉を鳴らし、震える手でその手袋を受け取った。絹の滑らかな感触が、彼の指に吸い付くようだ。彼は意を決し、ピアノの前に座ると、ゆっくりと鍵盤に指を置いた。

ポロロン……

響いたのは、水晶が砕けるような、澄み切った和音だった。不協和音の欠片もない、完璧な調和。

「あ……ああ……!」

セドリックの瞳から、涙が溢れ落ちた。彼は夢中で鍵盤を叩く。指が、覚えている。音が、応えてくれる。失われたはずの輝きが、彼の指先から次々と生まれ出て、部屋を満たしていく。

「素晴らしい……! セドリックの音が、戻ってきた……!」

侯爵夫人も、感極まって涙を流していた。

一曲弾き終えたセドリックは、呆然と自分の手を見つめていた。そして、ノアに向き直り、深く、深く頭を下げた。

「ありがとう……。本当に、ありがとう……」
「まだ、礼を言うのは早いですよ」

ノアは、静かに告げた。

「この手袋には、代償があります。これを着けている間、あなたは楽譜に書かれた音を、一音たりとも間違えることなく完璧に演奏できる。ですが、その代わり……あなた自身の感情を音に乗せることや、アドリブを加えることは一切できなくなります。ただ、完璧なだけの、心のない演奏しかできなくなる」

その言葉に、セドリッックははっとした顔になった。

「これは、あくまで君が呪いを克服し、自信を取り戻すための補助輪です。いつか、この手袋を外し、君自身の力で、君だけの音楽を取り戻す日が来ることを、僕は信じています」

ノアの真摯な瞳に、セドリックは力強く頷いた。

その夜、アストライア侯爵家で開かれた小さな演奏会で、セドリックは完璧な演奏を披露し、招待された貴族たちを驚かせた。【ノアの箱舟】の名声は、王都の社交界に確かな一石を投じる。

演奏会の片隅で、一人の初老の宮廷音楽家が、苦虫を噛み潰したような顔でセドリックの演奏を聞いていた。彼の名は、子爵アントニオ。セドリックの才能を最も妬んでいた、ライバルの一人だった。彼の指には、かすかな魔力の残滓が、黒いシミのようにこびりついていた。
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