無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第四十六話:帝国の薔薇は紅く咲く

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将軍ゲルハルトは、己の天幕の中で、生涯最大の屈辱と恐怖を味わっていた。目の前に立つのは、武装した兵士ではない。華奢な体つきの、獣人の少女ただ一人。だが、その少女から放たれる威圧感は、彼がこれまで対峙してきたどんな猛将のものよりも重く、冷たかった。

「き、貴様ごときに、この私が……!」
ゲルハルトは虚勢を張り、大剣を抜き放った。だが、その切っ先は恐怖で微かに震えている。彼の感情ウィンドウは、「恐怖:99」「屈辱:90」という惨めな数値で真っ赤に染まっていた。

リリアは、ゆっくりと間合いを詰める。その動きには、一切の無駄がない。獲物を追い詰める、手練れの狩人そのものだった。
ゲルハルトは、耐えきれずに雄叫びを上げて斬りかかった。だが、その大振りの一撃は、リリアに掠りもしない。銀色の閃光が走り、ゲルハルトの手にした大剣が、甲高い音を立てて弾き飛ばされた。

武器を失ったゲルハルトは、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
リリアは、その喉元に、冷たいショートソードの切っ先を突きつけた。勝負は、一瞬で決した。

その絶望的な光景を、アッシュは物見櫓の頂上から、全て見通していた。
敵の総大将は、完全に無力化された。あとは、この事実を戦場全体に知らしめ、敵の戦意を根こそぎ奪い去るだけだ。

アッシュは、傍らに控えていた伝令兵に、最後の指示を与えた。
「セレスティア殿に伝えろ。『薔薇が咲く時が来た』と」

伝令は、アッシュの言葉を携え、村で最も高い教会の尖塔へと駆け上がっていった。
尖塔の頂上では、セレスティア・フォン・ヴァーミリオンが、一人静かにその時を待っていた。彼女の足元には、巨大な魔法陣が淡い光を放っている。彼女は、この戦いが始まってからずっと、ここで魔力を練り上げ、最高の状態で魔法を放つための準備を続けていたのだ。

「……遅いわよ、あの悪魔」
セレスティアは、眼下で繰り広げられる激戦を見下ろし、焦りを押し殺していた。味方の兵士たちが、次々と傷つき、倒れていく。その光景は、彼女の正義感を苛んでいた。

そこへ、アッシュからの伝令が駆け込んできた。
「セレスティア様!アッシュ様より伝言!『薔薇が咲く時が来た』と!」

その言葉を聞いた瞬間、セレスティアの翡翠色の瞳に、鋭い光が宿った。迷いは、もうない。
「ようやくね……!」

彼女は、尖塔の縁に立ち、両手を夜空へと掲げた。その唇が、古の言葉を紡ぎ始める。
「――炎の王よ、古の契約に従い、我が呼び声に応えよ!天を焦がす憤怒の息吹、地を熔かす煉獄の涙!その御身の欠片を、今この地に顕現させん!」

彼女の詠唱と共に、足元の魔法陣が眩いばかりの光を放ち始めた。大気中のマナが、渦を巻いて彼女の元へと収束していく。その膨大な魔力は、ヴァイス trastornosの村全体を揺るがすほどの圧力を伴っていた。

市街戦の最中にいた、敵も味方も、その異常な魔力の奔流に気づき、空を見上げた。
「な、何だ、あれは!?」
「空が……燃えている……!」

教会の尖塔を中心に、夜空が真昼のように赤く染まっていく。その中心で、セレスティアはまるで炎の女神のように、紅蓮の光に包まれていた。

「喰らい尽くせ!――【インペリアル・フレア】!!」

彼女が、その名を叫んだ瞬間。
凝縮された魔力が解放され、巨大な火球となって敵軍のど真ん中へと降り注いだ。
それは、もはや魔法というよりは、天変地異に近かった。

轟音。
灼熱の爆風が、戦場を薙ぎ払う。
村の中心部で密集していたグランツ兵の部隊が、一瞬にして炎の渦に飲み込まれた。鎧は熔け、盾は蒸発し、兵士たちは悲鳴を上げる暇もなく、その存在を抹消されていく。

地面はガラスのように熔解し、家々は爆風で木っ端微塵に吹き飛んだ。
その一撃は、戦場そのものを地図から消し去るほどの、絶大な破壊力を持っていた。

アッシュは、その光景を物見櫓から冷静に見ていた。彼は、事前にブロックに命じ、魔法が着弾するエリアの家々を空にし、可燃物を全て撤去させていた。味方の被害を最小限に抑えるための、周到な準備だった。

炎の嵐が過ぎ去った後。
そこに残されたのは、巨大なクレーターと、黒く焼け焦げた大地だけだった。先ほどまでそこにいたはずの、数百人のグラン-ツ兵は、影も形も残っていなかった。

生き残ったグランツ兵たちは、目の前で起きた超常現象に、完全に戦意を喪失した。
「ば、化け物だ……」
「悪魔の仕業だ……」
「もう戦えるか!」

彼らの感情は、「恐怖:100」「絶望:100」。武器を捨て、恐慌状態に陥り、我先にと逃げ惑い始めた。もはや、軍隊としての統制は完全に崩壊していた。

アッシュは、この瞬間を待っていた。
彼は、最後の狼煙に火をつけた。それは、全軍突撃を命じる、勝利の狼煙だった。

「時は来た!敵を一人残らず、この地から叩き出せ!」
ガイウスの号令が、ヴァイス trastornos全土に響き渡る。
潜んでいた義勇兵たちが、一斉に鬨の声を上げ、逃げ惑うグランツ兵に襲いかかった。

それは、もはや戦いではなかった。一方的な、狩りだった。
士気を失い、混乱した敵兵は、ヴァイス trastornoの地の利を知り尽くした義勇兵たちの格好の餌食となった。

帝国の薔薇が放った紅蓮の炎は、この絶望的な戦いに、あまりにも鮮やかで、そして残酷な終止符を打った。セレスティアは、自らの魔法が生み出した破壊の爪痕を、尖塔の上から静かに見下ろしていた。その表情に、勝利の喜びはなかった。ただ、自らの力が持つ、恐るべき現実を再認識したかのような、静かな覚悟があるだけだった。
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